「それでは皆さん……
お疲れ様でした」
「「「お疲れ様ー!!」」」
所長であるリベラさんの合図で、全員に配られた
カップで乾杯が行われる。
ここは児童預り所の応接室だ。
無事に『コンサート』が終わり……
いったん楽団と子供たちとで打ち上げが行われ、
その後、子供たちと改めて内輪で祝おうと、
ここに集まったのである。
「プリンおかわりー!」
「『ガッコウ』でも食べたけど、コレうめー!!」
ご褒美として作っていたプリンは好評のようで、
胸を撫で下ろす。
もっとも、ノーマルなプリンそのままの
形ではなく―――
シュガーを混ぜて作られた生のメレンゲ、
そして各種フルーツ類で飾る。
いわゆる地球でのプリンアラモードを真似て、
見た目は豪華に進化していた。
「はいラッチ、あ~ん」
「ラッチも好きじゃのう、コレ」
「ピュ!」
黒髪の―――
セミロングとロングの2人の妻が、ドラゴンの
子供にプリンを食べさせる。
「レムにはこっちの方がいいかな」
「頑張りましたね、レム」
「……♪ ……♪」
その横で、夫婦ともにシルバーヘアー、かつ長さも
同じくらいの―――
パックさんとシャンタルさんが、小さなゴーレムに
魔力を分け与えていた。
白いブラウスのような上着に、赤のスカートの
衣装のそれは、少女を意識したもので……
それが球体の手の先端を振って喜びを表す。
「シンおじさんー!
プリンまだあるー!?」
「たくさん作ってきたからまだ大丈夫。
ラミア族の方はどうですか?」
子供の問いに答え、大人のラミア族にも
食べる事を促す。
「えっと……」
「それでは、お言葉に甘えまして」
結局、コンサートは―――
大人の部はハーヴァ・ミラントさん率いる楽団が、
児童の部は人間の子供、男女40人と、
ラミア族の少女8名、人の姿になった魔狼の少年
1名、ワイバーンの子供2体……
そしてラッチとレムの各種族混合で行われた。
午前と午後の部にそれぞれ別れ、大人は
5曲ずつ、計10曲を担当し、
児童組は2組に分かれて、それぞれ5曲ずつ
演奏する事となった。
ちなみにラッチやレムは演奏と言っても、
シンバルのような打楽器を―――
ワイバーンはシッポに鈴のような物を付けて
対応し……
客寄せパンダのような役割であった事は
否めないが、当の彼らは喜んでいるので
まあ良しとしよう。
結果としてコンサートは―――
大盛況のうちに幕を閉じた。
「魔狼族にも参加の機会を頂いて、
ありがとうございます」
ダークブラウンの、巻き毛の短髪をした
10才くらいの少年が、ペコリと頭を下げる。
彼は―――
人間の姿になり、ある程度その状態を
維持出来る魔狼だ。
「ジーク君もお疲れ様」
彼は比較的早く人間の姿に順応し、演奏にも
加わっていた。
ジークとは、魔狼=マジカルウルフという事で、
当初はマー君とかウルちゃんとか呼ばれていた
ようだが、
男の子だと判明したので、それっぽい、
男らしい名前にしようという事で、
施設の子供たちの間で決めたらしい。
当初は人間の中でやっていけるのかと不安でも
あったのだが……
「ジーク兄ちゃん、こっち!」
「あ! ジーク君はアタシたちと一緒に
食べるの!」
と、両側から挟むようにして、女子による争奪戦が
始まる。
ケイドさんの妻である、魔狼のリリィさんから
聞いた事があるのだが―――
人間の姿のイメージは、パートナーになる異性と、
大元は恐らくフェンリルであるルクレセント様に
よるもので―――
その価値観が反映されているのではないかという
事だった。
そりゃ確かにメスが化けるなら美女、
オスなら美男の方がいいわけで……
魔狼ライダーと夫婦になった、他のメスの
魔狼たちにも、それとなく妻であるメル・
アルテリーゼ経由で聞いてみたが、
『夫がいいと言ってくださるのでそれで』
と、問題視しない・もしくは満足しているようだ。
「そういえばさー、ティーダ君もいれば
獣人族も揃ったよね」
「まあそれは仕方なかろう。
今はルクレセントと共に、チエゴ国に
帰っているしのう」
「ピュ~」
メルとアルテリーゼの会話に―――
白というより透明に近いミドルショートの
髪をした、12・3才くらいの外見の少女が
残念そうに、
「あ~あ、わらわも出たかったなー」
「ははは……
まあ今回は練習する期間もありませんでしたし。
まだ機会はあると思いますから」
氷精霊様を、不機嫌な小さな子に対応するように
なだめる。
そこで腰までブロンドヘアーを伸ばした女性と、
眼鏡をかけた黒髪ミドルショートの女性が、
ワイバーンの子供たちにプリンを食べさせながら
振り向き、
「そういえばチエゴ国ですが、正式に
ティーダ君とルクレセント様の婚約を
発表したそうですよ」
「それと同時に、クワイ国を始めとして
周辺国から同盟の申し込みが殺到しているとか。
後で正式に、ウィンベル王国にも同盟要請が
来ると思われます」
サシャさんとジェレミエルさんからの話で
あれば、正確なものだろう。しかし……
チエゴ国とはつい最近この国と戦争したのだ。
そうそう簡単に同盟など出来るのだろうか?
しかし今、子供たちとのお祝いの場でそれを
指摘するのも野暮というものだろう。
その辺は後でジャンさんにでも聞くとするか。
こうして、楽しい時間はしばらく続き―――
その後、児童預かり所まで彼らを送った後、
ギルド支部へ向かう事にした。
「おう、シン。お疲れさん」
「子供たちは児童預かり所まで送り届け
ましたので……
あ、コレは新しく作ったプリンです」
支部長室ではなく、応接室に通されると……
あいさつと共に新作料理を渡す。
「え!? またシンさん何か作ったッスか?」
「ええ、今回の子供たちへのご褒美にと」
そこにはギルド長とレイド夫妻の他、
ギル夫妻もおり、
「来てます。これは甘い匂いがプンプンと」
「そろそろ夕食ですが―――
そんな事は言っちゃいられねえ!」
亜麻色の三つ編みをした少女と、ライトグリーンの
ショートヘアをした丸眼鏡の女性がプリンの箱に
一瞬で近寄る。
こうして再度プリンパーティーが始まり―――
コンサートの結果や、先ほどのサシャさんと
ジェレミエルさんの話も交え、情報共有を
行う事になった。
「そういや、俺は午前の部しか見れなかったが、
午後も無事に終わったんだな」
あっと言う間に自分のプリンを平らげた
白髪交じりのアラフィフの男が、結果を
聞いてくる。
冒険者ギルドの要職にある彼らは―――
全ての曲を聞く予定は取れず、午前・午後に
別れて演奏会に行ってくれたのだ。
彼とギル君・ルーチェさんは午前の部、
レイド君とミリアさんは午後の部で、
ギルド支部から直接『ガッコウ』へと向かい、
それが終わるとまたギルド支部へと直行したので
あった。
「お忙しい中、ありがとうございました」
「この子の晴れ舞台でもありましたから」
パック夫妻が深々と頭を下げ……
シャンタルさんの膝の上で、ゴーレムのレムが
嬉しそうに手をパタパタさせる。
「そういえば、レムちゃんは午前の部
だったのよねムグムグ」
ミリアさんがプリンを頬張りながら、
レムの方へ視線を向ける。
「ラッチは午後の部だったからね」
「我が子とレムは取り合いになっておった
からのう」
彼女の言葉に、2人の妻が返す。
ドラゴン・ゴーレムはそれぞれ一人しか
参加出来ず……
そのため午前・午後のどちらに出るかで
子供たちに対立が起きてしまった。
ちなみに魔狼のジーク君の方は、他の子供たちと
同様、5曲しか練習していなかったので―――
自動的にその組へと編入されたので混乱は
起きなかったのだが、
ラッチとレムはマスコット的な存在で、難しい
楽器の担当ではなく―――
シンバルのような打楽器で、どのタイミングで
打つかだけであり……
さらにそれを教えてもらうサポートもついていた。
それでどちらにも入る事が出来たため、取り合いに
なってしまったのだろう。
「でも反響はすごかったですよ。
お年寄りの中には、泣いている人も
いましたからね」
「神職の人が何人か、祈りを奉げていたのも
見ましたモグモグ」
ギル君とルーチェさんの話は―――
実際、楽団の人たちとの打ち上げでもそう
聞いたしな。
特にフ〇イナルファンタジーとゼ〇ダは、
そっち方面というか神曲揃いやでえ……
「例の『急進派』の、デイザンとジャーバ、
アホ伯爵サマ二人にも聞かせてやったんだろ?
あいつらも『浄化』されているといいけどな」
施設の責任者の言葉に全員が苦笑し、
「あ、それと―――
ティーダ君とルクレさんの婚約が、正式に
チエゴ国で発表されたらしいんですけど」
「フェンリルが自国陣営に加わるって話
だからなあ……
そりゃ国内外に示したいだろうよ」
一気にサイダーをあおって、ギルド長が答える。
「やっぱりジャンさんでも、フェンリル相手は
厳しいですか?」
やけに評価が高いので、気になって聞いてみると、
「俺だって人間だよ、バカ。
接近戦だけやってくれるのなら勝機もあるが、
相手は強力な雷魔法の使い手だ。
人間より基本性能が高く素早く動ける上、
それで遠距離戦を徹底されたら手も足も
出ねえって」
「で、でも……
遠距離なら投石だって」
全武器特化魔法の使い手である
ギルド長は、以前私が教えた投球フォームも、
当然習得していたが、
「アレかー。
初動までの動作が長いし目立つんだよな。
相手がまだ気付いていない内なら有効かも
知れないけどよ。
外したら死が確定しちまう。
そんな分の悪い賭けは出来ん。
もし気付いていなかったら、その間に
逃げ出すさ」
両腕を組みながら、彼は淡々と語る。
平然と手も足も出ないと言い、
逃げ出す事もいとわない。
実はこういう人間が一番厄介で強い。
自他の実力差を冷静に分析出来るからだ。
「そういえばチエゴ国って、ウィンベル王国にも
同盟要請出してきそうなんだっけ?」
「あの3人はもう敵意は無さそうだが、
大丈夫かのう」
「ピュー」
私の懸念を家族が代弁すると、話を持ってきた
サシャさんとジェレミエルさんが口を開く。
「えーとですね、その事なんですが」
「すんなり行くと見ています」
2人の意見に、ギル君夫妻が首を傾げ、
「いや、でも……」
「ナルガ辺境伯様たちはともかくとして、
国民感情的に」
レイド君夫妻も呼応するようにうなずくが、
「いえ、そのナルガ辺境伯様ですけど―――
捕虜になった際、この公都から料理や水路、
トイレ、お風呂などの技術を……
自分の領地まで持ち帰りましたよね?」
「それがチエゴ国全体に広まって、
ウィンベル王国に対する国民感情は、
かなり和らいでいるとの事です」
確かになあ……
一度便利さや美味しさを知ってしまったら、
もう元には戻れないだろう。
「それに、あのフェンリルはこちらにいる
ドラゴンと旧知の仲なんだろう?
下手に敵対すりゃフェンリルの機嫌を
損ねる事になるかも知れんし―――
逆に仲良くすりゃ戦力にドラゴン上乗せ、
さらに美味い物や技術革新が見込める。
国としちゃ、どちらを選択するかなんて
決まってるようなものだろうよ」
あの後、結婚式あったし……
今はワイバーンも戦力に加わっている。
さらなる料理や技術・文化もあちらに
伝わっている事だろう。
フェンリルという手札を最大限に使うのであれば、
むしろ関係強化一択か。
「なるほどッス! 結局は全部……」
「シンさんに収束していくって事なんですね」
「何で!?」
ジト目でこちらを見つめるレイド君と
ミリアさんに、抗議の声を上げるが―――
家族含め、それに共感してくれる人はいなかった。
その後、サシャさんとジェレミエルさん―――
本部組から王都の様子や近況などが伝えられ、
近々、同盟も含めて……
国家として何らかの告知がありそうだとの『噂』が
ある事を語られた。
実際は、冒険者ギルド本部長が王族で―――
それ経由の話だろうから噂ではないのだが、
ギル夫妻がいるのでぼかしているのだろう。
「後は―――
氷精霊様の言っていた妙な気配についてですが、
まだわからないそうです」
サシャさんとジェレミエルさんがそれを聞いて、
メモ帳のような書類に書き込んでいく。
「まあ雲をつかむようなお話ですしね」
「危険は無いと聞いておりますので―――
今のところは静観でいいでしょう」
話が一段落し、そろそろ夕食かと……
帰り支度がされ始めたところでジャンさんから
声をかけられた。
「そういや、シン―――
あの雪ウサギの『変異体』だが……
こっちに卸して本当に良かったのか?
公都にしちゃ大助かりだけどよ」
「王都まで運ぶ手間とかを考えますとね。
それに、公都でも今はお金持っている層が
多いですし」
ギルド長が言っているのは、この前仕留めてきた
大怪獣ウサギの事だ。
それまでにも、この冬だけで―――
ギガンティック・ムースやホワイト・バイソンを
狩ってきたが……
肉は公都とドーン伯爵様への献上用に、
それ以外の毛皮や角などは王都行きというのが
セオリーだった。
しかし今回の超巨大ウサギに関しては、
毛皮も公都内で消費する事を条件に、格安で
卸したのである。
「子供向けの防寒具や毛布をメインに、
作ってくれって言ってたッスよね」
「服とか帽子とか―――
チラホラと出回り始めたのを見ましたよ」
それを優先したのは、魔法がまだ上手く使えない
子供向けというのと、
お世辞にもこの世界の暖房や防寒が―――
レベルが高いとは言い難かったからである。
自分もここで冬を迎えるのは2回目となるが、
ここでの寒さ対策といえば、家の外なら厚着を、
中では熱い料理を食べ、お風呂に入り、
寝る時は薄っぺらい布団を何重にも重ねて被る。
それだけである。
暖炉のような器具があるか聞いてみたが、
似たような魔導具はあるものの、豪商や貴族階級が
屋敷に設置するものらしく、
(西側地区の我が家にもある)
一般の家庭では―――
とにかく暖かいものを着たりくるまったりする、
というのが普通のようだ。
「でも、王都に持っていけばそれこそ、
金貨ウン万になるって獲物なのに」
「それがシンさんなんですよね」
ギル君とルーチェさんが呆れるように称えてくれ、
「富裕層地区からは、絨毯が欲しいとか注文が
来てたんだけどねー」
「今回は遠慮してもらおうぞ」
「ピュ!」
メルとアルテリーゼ、ラッチも私の方針に
同意してくれる。
「まあおかげさんで、今年の冬はチビたちも
暖かく過ごせそうだ。
肉も補充されたし―――
一週間は困らないだろ」
そこでみんなが席から立ち上がり、身支度を
整えるが、ジャンさんが続けて
「あーシン、スマンがあともう一つ。
あの氷室に残っているワイバーン、
結局どうするんだ?
今は氷室もたくさん作られているから、
すぐにどうこうって事は無いんだが」
ドーン伯爵家と王家、レオニード侯爵家との
婚約祝いにも使われたものだが……
何だかんだで1匹が私所有で残っていた。
今や彼らとは友好関係にあり、
ワイバーン騎士隊も創設された今―――
さすがに食べる気にもならず、
この前の結婚式の際、公都まで来た女王に
その処遇を相談したところ……
『我らが群れの者でも無いようだし―――
聞けば、アルテリーゼ殿とその子まで狙った
愚か者との事、好きにしてくれて構わぬ』
とお墨付きは頂いている。
それでもやっぱり、食べる事も素材にする事も
抵抗がある、というのが本音だ。
「出来れば王都にでも売りたいんですけど……」
そこで立ち上がっていたサシャさんと
ジェレミエルさんが振り返って、
「無理だと思いますよー」
「王都はワイバーン騎士隊の話で持ち切りですし、
よほどの物好きでも買わないかと」
デスヨネー、と落胆して肩を落とす。
「ま、取り敢えず食べてから考えよー!
さすがにお腹減ってきたし」
「早く宿屋『クラン』に行こうぞ」
妻2人に促され、ドアへと向かう。
「じゃあ、私も」
「わたくしも……」
と、パック夫妻が続き、
「じゃあ俺もッス。
ミリアもそれでいいッスか?」
「そうね」
「んー、レイド兄とミリ姉もかー」
「じゃあわたしたちも」
他の夫婦2組も続く。
「なんだよ、場所変わるだけじゃねーか」
それを見てギルド長が苦笑いするが、
「では私どもはこれで」
「何かあったら児童預かり所まで」
そう言い残すと、王都のギルド本部から来た2人は
光の速さで消えた。
ホントあの人たちはブレないな……
そう思いながら、残りのみんなで同じ目的地へと
向かう事になった。
「……パックさんの屋敷が?」
「うん」
3日後―――
私は自宅である屋敷で、氷精霊様の訪問を
受けていた。
そもそも、彼女がこの公都へ来た理由は2つ。
1つは、同じ精霊仲間である水精霊様から
私の事を聞いて会いに来たのと、
もう1つは―――
自分の知っている気配が、この公都から北へ
向かったのを感じ取り……
その確認と調査のためだった。
「それがパックさんの―――
住居兼病院兼研究所から?」
「あそこにはシャンタルもいるし、古い物もある。
何があってもおかしくはないが。
しかし、全て鑑定済みで……
もう危険な物は無かったはずだがのう」
「ピュウ」
家族も首を傾げるが、確認するに越した事は
ないだろう。
その後、全員で向かう事もないだろうと
いう事で、妻2人は西側開拓地区の南にある
魚の養殖施設へ―――
私はラッチを連れて氷精霊様と一緒に
パック夫妻の屋敷へ行く事になった。
「おや、シンさん。
どこか具合でも?」
目的地に到着すると―――
病院でもあるので、冗談交じりにパックさんが
話しかけてきた。
「いえ、ええと……
用件があるのは氷精霊様の方で」
「そうなの」
ラッチをぬいぐるみのように大事そうに
抱きながら、少女が前へ歩み出る。
「氷精霊様が?
まあ、とにかく中へどうぞ」
シャンタルさんも続けて出てきて―――
ひとまず、応接室へ通された。
「精霊様が知っている気配、ですか?」
「大方のところは聞いておりますが……
この公都に妙な気配があったんですよね?
それで、ここに何か関係が」
ラッチは受付に預け―――
(ここでも人気者らしく、喜んで職員が
引き受けてくれた)
夫妻と一緒に応接室で向かい合って座り、
氷精霊様を中心に話し合う。
「しばらくは、この公都にいて―――
あちこち見て回っていたみたいなの」
「その気配が?」
精霊の感覚はよくわからないが……
話を聞くに、すぐに出て行ったというわけでは
ないようだ。
「意思がある存在なんですよね?」
「う~ん……
それが、ココに留まっていたとか?」
パックさんとシャンタルさんの質問に彼女は、
「ウン。意思はあるよ。
でもココに留まっていたわけじゃなくて……
むしろココは始まり、かな」
その答えに、2人は顔を見合わせる。
「んー、つまりね。
ここでその気配が生じて、しばらくは
この辺りをうろうろして―――
その後、北の方角に飛んでいったの」
なるほど、わからん。
でも、ここで気配が生じたという事は……
私はパック夫妻の方へ頭を上げて、
「鑑定結果って、全部出ているんですよね?」
「ええ」
「ウォルドさんはそう言ってました。
少なくとも、もう危険な物は無いと―――」
そこで3人とも、氷精霊様へ視線を集中する。
「それ、見せてもらえる?」
と、彼女の申し出により……
鑑定済みの物を保管している倉庫へ移動した。
「ほー、へー、ふーん」
「うむ? この子は?」
倉庫に入ると、そこには鑑定魔法の使い手である
ウォルドさんもいた。
パック夫妻が氷精霊様について説明する中―――
それに構わず、物珍しそうに彼女は周囲を見回す。
と思ったら、てってって、と軽やかな足取りで
ある方向へと向かい―――
『それ』を手に取った。
「あ、コレコレー」
それは―――
『封印』と『魔力吸収』が施されていた、
魔導具の小箱。
そして私がいろいろと無効化したため、
今は『無害な魔導具の箱』になっているはず。
(85話 はじめての ふういん参照)
「多分ねー、コレに入っていたはずなの」
いやでも、という事は……
『封印』されていたって事?
同じ考えに至ったのか、夫妻も困惑しつつ、
「知っている気配が―――
その箱に封印されていたと?」
「いったい何をして封印されたのですか?」
その質問に、彼女は両目を閉じ、
「そこまではわからないかなー。
知っているとは言っても、水のコみたいに
友達というほどでもないしー」
仲間ではないという事だろうか。
だが敵対関係というわけでもなさそうだし……
それに、封印されていたのだとしたら、それを
解放したところで恨まれる事はないだろう。
「でも何かおかしいんだよねー。
コレ、ちゃんと動いたのかな?
ヘンな魔法とか仕掛けれられてなかった?」
頭上にその小箱を両手で掲げるようにして、
彼女が質問する。
人間の中では一番高齢であろう男性が、
氷精霊様に近付き、
「恐らく開けたら、『魔力吸収』が作動するよう
作られていたと思うのじゃが。
しかし、不具合か何か知らんが―――
開けた時は何も起こらなかったのじゃよ」
「ふーん?」
う~ん……
ちょっとコレはマズイ事になっているのかも。
私の能力―――
無効化を知る者は限られている。
精霊に対し人間の秘密を守る意味があるかどうか
わからないが……
まだ事情がわからない存在に対しては、秘密に
しておくに越した事はない。
(そういえば―――
無効化させたままだったっけ)
この魔導具の箱は、魔力による爆発・呪い・
毒などを無効化したままになっている。
開けた時に発動するトラップであれば―――
すでにその意味は無いはず。
私は小声で、周囲に気付かれないようにつぶやく。
「(魔力による仕掛けは―――
この世界では
・・・・・
当たり前だ)」
……よし、これで少なくとも『無効化』は切れ、
『元通り』になっているはずだ。
『封印』も『魔力吸収』も、開いた時に発動する
トラップなら、もう終わった事。
危険な事は起こらないだろう……多分。
注意深く氷精霊様が持つ箱を見るが、これといった
変化はない。
これで一安心―――
と、胸をなでおろしていると、
「……?
『作動済みの魔導具の箱』?
何じゃこれは」
ウォルドさんが髪の無い頭をなでながら、
少女が持っている箱を凝視する。
「えっと……」
「それはどういう?」
パックさんとシャンタルさんはわかっている
だろうが、一応とぼけて聞き返す。
「いや、以前の鑑定結果では―――
『無害な魔導具の箱』だったのじゃが。
それが『作動済みの魔導具の箱』に
変わってしまっておる」
んー、つまり……
私がいろいろ無効化した後に開けたのと、
『魔力吸収』は私が対象だったからもともと
意味が無かったが―――
無効化を解除した事により、本来の仕掛けである
『封印』が解けると同時に『魔力吸収』が発動
したという結果に変わった……という事だろうか。
「すいませんけど―――
それ、何か変わったんですか?
これから何か起きるとか」
「それはない。
この魔導具の箱は、どちらにしろ
すでに無害―――
ただの箱に過ぎん」
すると夫妻はいったん顔を見合わせ、
「まあ、それならそれで―――
別にいいのでは」
「同じ意味みたいなものですよね?」
2人が安全を強調するように問うと、
ウォルドさんはうなずくも、
「それはそうなのじゃが……
いや、う~む、しかし―――
こんな事は一度も……」
ブツブツと考え込む老人とは別に、問題の箱を
両手で抱えた少女は私の方をジー……と見つめて
おり、視線を合わせないよう反らした。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!