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痛み。重さ。冷たさ。
乱歩はそのすべてを、もう感じていなかった。
目の前にあるのはただ――光。
ぼんやりとした淡い光。どこか遠く、懐かしいような温もり。
それが、耳元で聞こえる名前と重なる。
「乱歩……しっかりしろ、乱歩……!」
遠くから響いてくる声。その声が確かに、自分を引き戻していた。
闇に呑まれかけた意識が、微かに現実へと戻っていく。
「ポオ……君……来たんだな……」
かすれた声が、震えながら空気に溶けていった。
「当然だ。君を迎えに行かない理由なんて、あるわけがない。」
ポオの腕に抱かれながら、乱歩は薄く笑う。
それは、血に濡れた唇を歪めるほどの痛みを伴っていたが、確かに“生きている”証だった。
その頃、扉の外――
その場に現れたのは、真の黒幕だった。
ポオをあえて泳がせ、乱歩を囮にして、彼の異能を極限まで引き出そうとしていた。
「なるほど……やはり君の力は、危険すぎる。」
黒ずくめの男が、淡々と語る。
「彼が死にかけた今、ようやく君は“覚醒”した。君の異能は、完全に他者の精神に介入できる。 つまり――」
「精神ごと、殺せる異能。」
ポオの眼が鋭く細められる。
確かに、さっきまでの彼は“力を恐れていた”。
だが今は違う。乱歩を失いかけた今、この力は、
「守るための力」に変わった。
「お前に使う価値はない。」
そう言い放ったポオは、空気を引き裂きながら異能を放つ。
黒幕の男は防御する間もなく、意識が引き剥がされていく。
精神の奥底に強制的に入り込み、彼の“恐怖”を抉り出す。
「見るがいい。お前が奪おうとした痛みを、今度は“お前が”喰らえ。」
刹那、世界が反転する。
男は自身の記憶に閉じ込められ、言葉を発することもできない。
静寂。
ただ、ポオと乱歩だけが、その場に残される。
しばらくして――
夜が明け始めていた。
雪が静かに舞い落ちる廃ビルの屋上で、乱歩は膝にブランケットをかけて座っていた。
その隣に、いつものように静かにポオが立っていた。
「ポオ君。」
「うん。」
「助けに来てくれて、ありがとう。」
ポオは何も言わない。
ただ、ゆっくりと乱歩の隣に腰を下ろした。
肩が触れるほどの距離。けれど、確かに心はもっと近かった。
「僕さ、あの時ちょっとだけ……諦めかけてた。」
「……そうか。」
「でも……最後に思ったんだ。ポオ君が“絶対に来る”って。」
ポオはふっと目を細めた。
「それは、君が信じてくれたから。僕はその信頼に、必死で応えただけだ。」
「それだけ?」
「――いや。」
ポオは、少しだけ乱歩に体を傾け、静かに言った。
「それだけじゃ、もう済まないんだ。」
乱歩が目を見開く。その瞳に、微かな色が差し込む。
「君を守りたい。生きていてほしい。傍にいてほしい。」
言葉にしなくても、すでにお互いが知っていた想い。
でも、言葉にしたことで、それは“戻れない道”へと変わる。
乱歩は、少しだけ頬を赤らめて、笑った。
「うん。僕もだよ。」
ポオは何も言わず、乱歩の肩にそっと手を伸ばす。
空は白く染まり、冷たい風が二人の頬を撫でていた。
どれほど深く沈んでも、
どれほど傷ついても、
二人ならまた、どこまでも行ける。