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涙を流しつつ失神したウーヴェを残し地下室からリビングに戻った二人だったが、ウーヴェを好きなだけ嬲り左足も砕いたことにかなりの満足感を得ていた。
「……満足したか、ルーチェ?」
「ああ。あの顔、最高だったな」
二度のレンチでの殴打の後お前が足を蹴ったときのあいつの顔は最高だったと肩を揺らしながらタバコに火を付けたジルベルトは、お前はどうだと問いかけて同じ類いの笑みを見せつけられる。
「あぁ。最高だった。キャンキャン鳴いてる犬みたいだったな」
だがその犬に比べれば遙かにイイ声で鳴いていたため思わず尻尾を掴んで突っ込みたくなったと肩を揺らすと、悪趣味だなとジルベルトが己の事を棚に上げて呆れた様に肩を竦める。
「ロスラーも随分と気持ち良い悲鳴を聞かせてくれたが、あいつは本当に最高だな」
いくらでも痛め付けて悲鳴を上げさせたくなると笑うルクレツィオにジルベルトも頷くが、あいつの口に突っ込んだが楽しくなかったと告げるとルクレツィオの表情が一変する。
「ルーチェ、あいつに突っ込んだのか?」
「口を試してみただけだ」
「どうして黙っていたんだ。言ってくれれば俺も一緒に突っ込んだのに」
いや、それよりもあいつにさせるぐらいなら俺が相手をしたのにと、本当に悔しいのか親指の爪を噛みながら悔しそうに吐き捨てるルクレツィオの横に座ったジルベルトは、気持ちよかったが楽しくなかったと答え恨みがましい目で睨まれて肩を竦める。
「お前と……あいつとなら、気持ちよくて楽しかったのかな」
「ルーチェ?」
ホモは嫌いだ、絶滅してしまえと常々広言していたジルベルトの変心のようなそれにルクレツィオが驚きに目を瞠ってしまうが、一体どうしたんだと恐る恐る問いかける。
「……お前を抱いていれば何かが変わっていたのかな」
「ルーチェ……?」
ジルベルトの淡い後悔が籠もった述懐にルクレツィオの目が更に見開かれるが本当にどうしたと頬に手を宛がいながらそっと問いかけると、ジルベルトの目が真っ直ぐに見つめて来る。
「ルーチェ、ジル、何があった、教えてくれ」
お前に後悔は似つかわしくない、いつでも太陽のように光り輝いているのが相応しいと微かに震える手でジルベルトの両頬を挟んだルクレツィオだが、もしもお前と寝ていればと繰り返した後、背中に手を回されて抱きしめられる。
「……明日、客が来ればここを引き払う。準備をしないとな」
「あ、ああ」
客にウーヴェを引き渡した後地下室にクスリで廃人にした男を捨て、マリオとトーニオと一緒にここを離れよう、フィレンツェやローマに戻るのは少し危険かも知れないから東欧にでも行こうとルクレツィオの耳に囁いたジルベルトは、背中を同じ強さで抱かれて無意識に安堵の溜息を零すが、こうして今己の背中を抱いているのがリオンであればと考え、ドイツに来る前にルクレツィオの思いに応えていればずっとずっと胸の奥で秘めていたこの思いを素直に伝えることが出来たのだろうかと自問し、それが出来ないことなどお前が一番分かっているだろうと自答されて微苦笑を浮かべる。
だからこそ己には出来ないことを容易く行い、成功させて幸せの最中にいたウーヴェが許せなかった。
子どものような笑顔を持つが心の奥底には決して満たされることのない思いを抱くリオンと、当たり前の顔で己とではなく一緒にいるウーヴェが許せなかった。
そのウーヴェがドイツでジルベルトが心血を注いで作り上げた組織を壊滅させる切っ掛けを作ったとなれば当然復讐を考え、命を奪うような生易しい復讐など絶対にしないと誓ったジルベルトは、ウーヴェの自尊心を砕くこととリオンとの思い出を抱えたままゲスでサディスティックな男に陵辱される苦痛の中で真綿で首を絞めるように苦痛を与えようと決めていたのだ。
それを実践し満足したジルベルトだが、昨日ビデオ通話で見たリオンの予想外の泣きそうな顔と、俺の総てとウーヴェに囁きかけた顔を思い出し、どうすることも出来ない溜息をつく。
「ルーチェ、疲れたのなら寝ればどうだ?」
「……まだ早いだろう」
子どもでもこんな時間に寝ないぞと苦笑すると宥めるように背中を撫でられて苦笑を深めたジルベルトだったが、己にとっては限りなく居心地の良い幼馴染みを受け入れることが出来ないことに呆れつつお前を抱けなくて悪いと告げると、ルクレツィオが息を飲んで動きを止めるが、お前の傍にいるときはお前の熱と光に抱かれているようなものだった、だから全然気にしていないと泣き笑いのような声で囁き、ジルベルトの肩に額を当てて顔を見られないように俯いてしまう。
「ルーチェ、どうして急にそんなことを言うんだ?」
「……何となく思っただけだ」
他に何の思いもないから気にするなと告げるがルクレツィオが納得出来るか出来ないか分からないと呟き、ジルベルトの身体に寄りかかるように前のめりになる。
「俺のルーチェは時々訳が分からない」
「はは。それは悪かったな」
「ふん。ジェラートで許してやる」
今回、こちらに来ることを決めた時には店で買ったジェラートしか食べられなかったが、あいつを引き渡してほとぼりが冷めたらフィレンツェに帰ってマンマのジェラートを食べようと笑うとジルベルトも同意するように頷く。
「そうだな」
あの厳しくも優しいマンマに会いに行きジェラートを食べて色々話をしよう、お前がジジイから受けていた苦痛から目を逸らしたくて同性愛者を嫌悪するようになった事を反省しようと告げるとルクレツィオの目が三度見開かれる。
「なんだ……もっと早く素直になれよ、ジル」
「……仕方が無いだろう?」
今これでも必死になっているんだと目元をうっすらと赤くしたジルベルトの頬にキスをしたルクレツィオは、マンマに報告をしてから抱いてやると笑うと、俺が抱くとジルベルトがすかさず返す。
俺だ、いや、俺が抱くとどちらもそれだけは譲れないと言い合う二人は程なくしてそのやり取りのおかしさに気付いて肩を揺らして笑い合うが、そんな楽しくも滑稽な空気を打ち破るようにキッチンにいたトーニオが蒼白な顔で携帯片手にリビングに駆け込んでくる。
「どうした?」
「……ローマとフィレンツェに強制捜査が入ったそうです」
「何だと!?」
トーニオの報告に二人が顔を見合わせた後内偵が入っていたのかと唇を噛むが、あちらの様子はどうだと問いかけ、黙って首を横に振られたことから本拠地やローマの拠点が完全に取り押さえられたことを知る。
「……どうする、ルーク」
「ここを見つけられるのも時間の問題だ。……明日の朝一番にここを出る」
フィレンツェの留守を預かる部下にドイツのこの家の住所や写真を見せていた事から、事情聴取の際に我が身の安全を図る取引で自白するかも知れなかった。
そうなればジルベルトの元の仲間達がここを嗅ぎ付けるのも時間の問題だった。
その危惧からルクレツィオが僅かに焦りつつジルベルトを見ると元同僚達が優秀な猟犬であることを熟知していて、その実力を過大気味に評価しているためルクレツィオの判断に従うと頷く。
その様子を見守っていたトーニオにマリオとともに逃走の準備をしておけと命じ、トーニオが慌ただしくマリオに逃げる事だけを伝えに行くが、その背中を見送ったルクレツィオが爪を苛立たしげに噛みながら舌打ちをする。
「ルーク?」
「ここで二人を始末しよう」
逃げるとなれば少人数の方が良い、トーニオとマリオは残念だがここで始末してしまおうと小さく繰り返すルクレツィオにジルベルトは何も言えなかったが、二人ともよく働いてくれたのにここでお別れは本当に辛いと嘆きつつナイフか拳銃かと問いかける。
「苦しめたくないからな、拳銃だな」
「分かった」
今までよく働いてくれたが逃げる際には足手纏いになるトーニオとマリオをどのタイミングで始末するかを話し合った二人は、逃げる準備に家中を駆け回る二人に今までとまったく変わらない態度で接し、周囲が寝静まった頃を見計らってこの家から出て行くがその前に少し休んでおけとも伝え、本当に今までよく働いてくれたと心の中で礼を言い、自分達二人だけで逃げ出す計算を脳内で繰り返すのだった。
フィレンツェとローマの拠点に現地の警察が強制捜査に入ったとの一報をヒンケルの部屋で受けたブライデマンは、部下にくれぐれも注意を怠るなと命じヒンケルやコニーらに報告をするが、それと時を同じくしてマクシミリアンとヴェルナーが興奮した顔で駆け寄ってくる。
「どうした?」
「ドクを発見しました!」
その言葉に室内にいた皆が一斉に立ち上がりどこにいたと二人に詰め寄る勢いで問いただすが、何軒かマークしていた家の一軒で、ベルトランに送られた写真から判明した車種とナンバープレートが同じ車が停まっていた事、周囲の聞き込みから若い夫婦が暮らしている家だが、先週末から旅行に行く代わりにイタリアから来る従兄弟達が泊まっていくので騒がしくしたら悪いと挨拶を残して出ていった事を知り遠くから家の様子を窺っていた二人は、地下室の鉄格子が填まった窓の中を双眼鏡で見たがビデオ通話やベルトランの写真に写っているケージと似通ったものがあり、しかも壁際の簡易ベッドらしきものにビデオ通話に出ていた男が寝ているのを発見したのだ。
その男が間違いなくウーヴェを陵辱していた男であると確認した二人はもう少し確証が欲しいと思いつつ張り込みを続けていたが、周囲がどっぷりと暗くなった頃、包帯を乱雑に巻かれた白い背中と白とも銀とも付かない髪が見え、その前に決して忘れる事のない元同僚の顔を見つけたと報告すると、ヒンケルとブライデマンが顔を見合わせる。
「……俺たちはジルに面が割れているのであの家に近付いて勘付かれれば逃げられるかもしれないな」
ヒンケルが可能ならば今からでも張り込んで時を見計らって突入したいと腕を組みブライデマンですらもジルベルトが顔を覚えているだろうと皆が溜息をつくが、ブライデマンがBKAに応援を要請する事を提案し皆の顔に複雑な色が浮かぶ。
「……確かに、それが一番なんだろうが……」
「リオンが忘れてくれと言ったのが引っかかるのか?」
コニーの躊躇いにブライデマンが嘲るでも呆れるでもなく問いかけると素直に頷いて肩を竦めるが、その気持ちも分かると頷きつつ腕を組んで生真面目な顔でコニーを見つめる。
「だが、俺のオーヴェを頼むとも言っていたぞ」
「……」
「言い方はあれだが誘拐事件の被害者を救出するだけだ。そうではないか?」
ブライデマンの一言に皆が驚きを隠さないで目を瞠るが、今まで幾度となく行ってきた救出をまた今回も行うだけだ、それが例えウーヴェであろうと一般市民であろうとも全力を出すだけだと思い出させて貰いそれぞれが腹を括る。
「……リオンには連絡をしますか」
「ああ」
それは約束したことだから後で連絡を入れようとヒンケルが頷き明日の朝一番で突入する事、それに間に合うようにBKAから人間を派遣してもらうが、あくまでも派遣されてくる刑事は救出の手助けをするだけだと一人一人の顔を見つめ、その表情から頼もしいものを感じ取るとブライデマンの腕を感謝の思いを込めて一つ叩く。
「明日、頼む」
「ああ」
明日の段取りを決めるのでコニーと一緒に部屋に来てくれとブライデマンに告げたヒンケルは、その場で携帯を取り出すとリオンに電話を掛け、お前の休職もたった一日だけのものになったなと笑うと、驚きながらもいつもの陽気な声が返ってくると思っていたが感情に震える声が、ただ一言、ありがとうございますと答えた為、ヒンケルも込み上げるものを堪えるように拳を握る。
「朝一番だ。間に合うように出勤しろ」
『Ja.』
リオンの休職が本人に告げた様にたった一日で済んだことは幸運だったと胸を撫で下ろしたヒンケルは、他の部下達にも明日の段取りをコニーに伝えておく、明日は何が何でもドクを救出しジルを逮捕するぞと部下に檄を飛ばすのだった。
ヒンケルからの電話を受けたリオンは携帯を握りしめて少しだけ呆然としてしまうが聞かされた言葉が脳内でリフレインし、明日ウーヴェを救出するのだと改めて気付くと同時に全身に血が一気に巡ったように熱くなる。
「どうした?」
リオンはその連絡をゲートルートのウーヴェ専用席で受けていたが、少し前に夜の稼ぎ時を過ぎて落ち着いた店にふらりと現れ、黙っていても用意してくれるチーズとビールを飲んでいたのだ。
電話を受けてからのリオンの様子が変化した事に目ざとく気付いたチーフが声を掛けるとリオンが弾かれたように肩を揺らすが、オーヴェが見つかった、明日朝一番に救出すると教えられて今度はチーフが飛び上がってしまう。
「オーナー! ウーヴェが、ウーヴェが……!」
店がどれほど忙しくなろうとも滅多に慌てることのないチーフが厨房を走り戻って来たベルトランの肩を掴んで揺さぶりながら感極まった声で告げると、チーフの驚愕がベルトランに伝播したようで大股にリオンのテーブルに近付いてくる。
「本当か!?」
「ああ。……ボス達が見つけてくれた」
やっと、やっと明日オーヴェに会えると目尻を赤く染めつつリオンが呟き己のそれから実感を得ているように掌を見つめるが、不意に握ったかと思うとテーブルに拳を押しつけて顔を伏せる。
「オーヴェ……!!」
その声に籠もる思いはベルトランやチーフらでも感じ取れるほどのもので、良かったという言葉しか伝えられずに唇を噛んだベルトランは、とにかく救出されたら電話をくれ、すぐに駆けつけるとも伝えてリオンの肩を撫でる。
「……ベルトラン、明日頑張れるようにさ、チーズのガレット食わせて欲しい」
「お!? おぉ、良いぞ。チーズだけで良いのか? 他にも食いたいものがあれば言え」
顔を上げたリオンの表情が数日前のものとはまったく違う今まで見ていたものに近かったことから食いたいものはなんだと問いかけると、チーズとチーズとチーズというお決まりの言葉が流れ出す。
「……チーフ、今あるチーズを出してやってくれ」
その間にお前が望んでいるチーズと卵とベーコンのガレットを作ってやるとベルトランが袖まくりをし、チーフが弾かれたようにベルトランの言葉を実行するために厨房内を再度走り、何事かと顔を見合わせた他のスタッフ達に理由を問われて明日ウーヴェが救出されることを教えられると客が上げる歓声よりも大きな声が厨房内で沸き起こる。
そして三十分もしないうちにリオンが座るテーブルはスタッフがそれぞれ差し出したチーズやビール、料理などで一杯になり、食べきれないものは持って帰ると宣言したリオンは、明日に備えて力を付けようとベルトランを筆頭にウーヴェだけではなく己の身をも案じてくれるスタッフに感謝の思いを胸の中で伝えるのだった。
明日の救出の成功を予感させるようにか、夜空には冬の星座がいつも以上に瞬いているのだった。