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夕暮れ時の御堂筋は、都会の真ん中でもこの時間になるとネオンとイルミネーションの海と変化して、美しいと日本でも有数の観光名所である
宝石の様に煌びやかな表通りはビルの光が交錯し、逆に裏通りのひしめきあっている提灯街は、世界各地からグルメな観光客人を引き寄せる
行き交う人々のざわめきが、この街を生き生きとさせている
六車線を挟んだ御堂筋の両側には、数々の一流ブランドショップが並ぶ、派手な装飾のショーウィンドウが次々と光を弾き、シャネルのモノクロームな看板やルイ・ヴィトンの華やかなディスプレイが通りに高級な彩りを添えている
その中でもひときわ観光客の目を奪う、『ティファニー難波本店ビル』は、闇夜に閃光を放って宇宙船の様に浮かんでいる
世界的に誰もが知る有名な店内は、豪華なシャンデリアの光が蜘蛛の巣の様に輝き、店内一面のティファニーブルーのアクセントが異次元の空間を織りなしていた
一歩店に足を踏み入れると、ショーケースに並ぶ宝石が放つ輝きと、ちらほらと幸せそうなカップルの客がショーウィンドウを覗き込む姿が目に入る
空気はほのかに高級な香水の香りが漂い、店員の丁寧な挨拶が柔らかく響く
訪れる者を特別な世界へと誘うこの空間は、外の喧騒とは違って、まるで時間がゆっくりと流れる別次元の楽園のようだった
ジンは今はダークグレーのジャケットをキチンと着込み、鬼上司らしい鋭い眼差しを少し和らげて辺りを見回す、桜は初めて入る高級ブランド店にドキドキが止まらない
ヒソッ「あ・・・あの!社長!ティファニーだなんて! こんな高級な所!私・・・偽装のための指輪なら心斎橋にある¥1000均一のアクセサリー屋さんで充分で―」
「―ジン 」
「え?」
「ジンと呼んでおくれ、愛しい人・・・」
信じられないぐらいの優しい目つきで彼が桜を見つめて来る、思わず桜はその場に硬直し、ポッと頬が熱くなった
ドキドキ・・・今・・・彼は私の事を何て呼んだ?
・:.。.・:.。.
「ようこそ、いらっしゃいませ!」
おそらく二人が店に入ってくる前から見ていたであろう、店の奥から美しい黒髪をお団子にした女性店員が、ティファニーブルーのユニフォームに身を包み、深々とお辞儀をした、それを見て桜は理解した
ああ・・・そっか、偽装の演技はここでもう始まっているのね・・・
少し気落ちした気分で戸惑っていると、ジンが店員に落ち着いた声で尋ねた
「予約はしてないんだが、こちらの僕の婚約者に似合う上質なリングはあるかな?」
キザと言える自分の言葉に内心ジンはおかしくなったが、かまうものかと続けた
「お美しいお嬢様にご婚約指輪ですね、かしこまりました、差し支えなければ、ご予算のご希望を賜りますが・・・」
ジンがスマートにポケットからスマホを取り出して電卓アプリを開き、数字を叩いた
「これぐらいかな?・・・」
その数字を見た美しいマネキンの様な店員の右眉がピクリと動いた
「・・・どうぞごゆるりと吟味なされて下さいますように・・・二階のプライベートブースにご案内いたします、こちらでございます」
「うん」
店員の笑顔のギアと声のトーンが一段上がった、彼女の誘導の元、黄金で出来た店内中央の螺旋階段を上る、続いてジンが階段を上がろうとする・・・そこで入口に呆然としている桜に振り返った
「桜!」
ジンはまっすぐ桜を見ながら手を差し出している、店員はワイヤレスイヤホンで誰かに慌ただしく指示を飛ばしている
とまどいながらも桜はジンの手を取り、まるでシンデレラの様に、一歩、一歩・・・黄金の螺旋階段を上った
二人は真っ青なティファニーブルーに彩られた「プライベートブース」へ案内された
吹き抜けの二階からは一階の店舗が隅々まで見下ろせる、桜の胸は初めての体験に終始胸が騒がしく高鳴っている、生まれて初めての高級ブランド店にこんな形で入るなんて思いもよらなかった
VIP対応の二階は天井から吊り下げられているシャンデリアでさらに眩しく、あきらかに一階の一般売り場とは違う、ここは特別な客が出入りする空間だ、彼はいったい、いくらの金額を提示したのだろう?
贅沢に不慣れな桜は、豪華な店内の内装を楽しむどころか、今では圧倒されてビクついていた
通販サイト「SHEIN」で買ったペラペラの生地のスーツを着た自分が場違いに感じられてしかたがなかった、自分はセレブでもなんでもない、こんなもてなしを受けるなんていいのだろうか
ジンは、そんな桜を横目で見ながら、革張りのソファーに優雅に座り、ウェイターが運んできたシャンパンを手に取った
カチン・・・「偽装に乾杯」
二人はグラスを突き合わせた、ジンは一気にクイッと飲んだけど、桜はモジモジとグラスをいじっている、グラスの脚の部分にさえティファニーのクリスタルが輝いている、落として割ったりしたら大変だ
「しゃちょ・・いえ、ジ・・・ジンさん・・・いくら偽装とはいえ・・・やりすぎではないでしょうか?」
しばらく考えてジンが口を開いた
「普段の僕は富をひけらかすのは好きじゃないんだが・・・」
まっすぐ桜を見つめて続ける
「君はこれから僕の妻として大株主や入国管理局と渡り合ってもらうことになる、周りの人間は僕が君に最高のモノを与えていると期待する、そんな君に僕が安物の指輪をはめさせているとしたらそれこそ、偽装を疑われるのではないか?」
そう言われると、たしかにそうかもしれない・・・
桜はまだ彼の「妻」であるということが、どういうことかよくわからない、彼は長い脚を組みなおして言った
「やるなら僕は本気でいくよ」
やがて足音をしのばせて真っ黒のスーツを着た「バイヤー篠崎」と名乗る人物が二人の前に現れた、二人の前に片膝をついて芝居がかった口調で言う
「パク様・・・この度はご婚約、まことにおめでとうございます」
目玉をひっきりなしに動かし、ワックスで艶々のソバージュのパーマ頭で、やけに愛想が良い、ジンからしたらまだまだ若造の男が二人を迎えた
「僕の婚約者に早急に指輪が必要なんだ、今日ここで決めるつもりだ、この可愛らしい人の相談にいろいろのってやって欲しい」
ドキドキしている桜の方をバイヤー篠崎が目玉を素早く動かし、一瞬で爪先から頭の先まで吟味した
「もちろんですとも!お美しいお嬢様にきっと気に入っていただけるものはそろえてございます」
バイヤーは言葉を選びながら、たちまちジンの意図を察知したように回転する目玉、その頬に愛想笑いを爆発させた
篠崎がパチンッと指をならすと、黒いベルベットの台座を持った二人の女性店員が、桜の両サイドを陣取り、次々と目の前に美しい指輪を桜の指にあてがい始めた
「まずは三パターンのティファニーのエンゲージリングのモデルをご紹介いたします・・・」
桜の左の女性店員が小鳥が鳴くような声で言う
「こちらは(ティファニー・ハーモニー)・・・4本爪でダイヤをセットされ、中央にむかってリングが絞られている形が指を美しく見せてくれる、最も一般的なエンゲージリングのモデルでございます」
いつのまに?と思うぐらい店員にさっと桜の左薬指に(ティファニー・ハーモニー)を装着される
わぁ~・・・「キレ~イ・・・」
桜は目が飛び出そうになった、その輝きは圧倒的で、桜の眼をクラクラさせた、とてもではないが自分の指とは思えないぐらい今は薬指が美しく、長くなった様に見えた
「続きまして!こちらは(ティファニーハーモニー・ウィズ・ダイヤ・バンドルリング)でございます。サイドにもダイヤがあしらわれている、どの角度から見ても煌めきが美しい、人気のデザインですよ」
右にいた店員からさっとハーモニーリングを抜かれ、素早くバンドルリングを桜の薬指に滑らせると、完璧に薬指にフィットする
途端に桜の心がきゅ~んとなった。空中に指輪をかざしてマジマジと見ると、天井のシャンデリアにダイヤが反射して、じっと眺めていると頭に花が咲いたようにうっとりしてしまう・・・ティファニーはその店舗の計算された照明でより宝石が美しく輝くと言われているが、今や桜もすっかりその宝石のマジックにかかってしまっている
そして指のサイズを計られた訳でもないのにさすがだ、目の前の足つき鏡に映る自分の手を見た桜は、一気に頬を染めた、眩しい!眩しすぎて目がチカチカする!
ポゥ~・・・「こっ・・・これも・・・すごい・・・バッ・・・バド?」
「バンドル・リングでございます」
店員がニッコリ笑う