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・ちょいグロ
・微クロクラ
流星街、地図にも載らぬ存在しない街。でも確かに実在している街だった。人や物が無秩序に捨てられていくこの場所では法律は通用しない。そんな環境は裏社会で生きる者たちにとって絶好の隠れ家となった。その結果、組織同士の抗争、殺人鬼の徘徊など、生活は脅かされ、数多の死者を出した。けれど流星街は存在しない街で、政府はこれらの行為を黙認した。
そんな過酷な生活の中でも、人々は必死に生きようとした。私もその一人であった。私にはもう父と母はいない。父は殺され、母は病死した。でも私は1人ではなかった。家族がいたのだ。血の繋がりなんて些細な事で、私たちはそれ以上の見えない鎖で繋がっている。だから両親が居なくとも寂しくなかった。
生活はお世辞でも良いものとは言えなかったけれど、皆と生活出来るだけで充分だった。
そうやって何年も何年も、私たちが大人になっても笑顔で生きていけると思っていた。しかし永遠なんてものは存在しない。幸福はやがて終わるもの。私たちの世界は残酷で無情な、1人の子どもの死により音を立てて崩れることになった。
「サラサ、クラピカ、君たちはここでお留守番だよ。分かった?」
「やだ!わたしもクロロといくんだ!!」
今日もクラピカとサラサはお留守番と言われてしまった。クロロはクラピカより5つ上の心穏やかな男の子で、サラサはクラピカの3つ上の活発な女の子だ。この場には居ないけれど、まだ多くの家族がいる。そんな彼らはまだ幼いクラピカを危険な物で溢れるガラクタの山の中に立ち入らせる事を許してはくれなかった。そこで、クラピカのお目付け役に選ばれたのがサラサだった。けれど、そんな事情など知らないクラピカは仲間外れにされたと思い込み我儘を言う。その様子をクロロは困ったように見つめた。
「きのうも!そのまえも!わたしはずっとおるふばんをしていたではないか!!なんでいかせてくれないんだ!!」
「あ、危ないからだよ!」
「そんなのわたしがいってみないとわからないではないか!!もうしらない!!」
連れて行って貰えないことが悲しくてクロロに背を向け走り出した。後ろではクロロの慌てた声とそれを宥め面倒を見ると約束するサラサの声が聞こえる。
(ヒドいではないか…わたしだってみなのためになにかしたいのに…!)
今は誰にも会いたくなくて、見つからない場所を探して無我夢中で走った。途中でサラサの呼び声が聞こえるか立ち止まってなんかあげない。
(仲間外れにするアイツらが悪いんだッ。)
けれどまだ5つを過ぎたばかりの幼いクラピカの足では、移動する距離に限度がある。すぐに体力は底を尽き蹲るようにして立ち止まった。
「ぐずッ…ひっぐ…」
「はぁ…追いついた!…泣いてるの?」
サラサは蹲るクラピカの背中を撫でるように優しく擦る。
「みんな意地悪してる訳じゃないよ。みんなクラピカのこと大好きだもん。」
「じゃあなんで…」
「うーん。クラピカは私や皆が怪我したら嫌だでしょ?」
「…やだ。」
「それと一緒なんだよ!」
「…うん。」
全てには納得してはいないけれど、そう考えると荒れていた心が落ち着きを取り戻し始めた。そうすると、クロロに我儘を言ったことが無性に気になり始めてしまった。クラピカは元来、聞き分けの良い子供であった。たまたま、今日は日頃の鬱憤が溜まり、それが爆発してしまっただけで。滅多に言わない我儘とその様子を困ったように見つめていたクロロの目を思い出し気分が落ち込んだ。
「クロロはおこってないだろうか。…ワガママをいってこまらせてしまった。」
「怒ってないんじゃない?クロロは気にしてないと思うよ。」
「でも…。」
サラサの言葉を信じきれないクラピカは、また琥珀色の大きな双眸に水の膜を張る。
「もうっ!泣いちゃダメ!!…ごめんなさいの気持ちにお花あげようよ!」
「…おはなをか?」
「そう、お花!きっとクロロも喜ぶよ!」
「…わかったッ!でもなにがいいだろうか。」
サラサの案に先程までの落ち込みようはなりを潜め、代わりにキラキラとした楽しそうな表情を浮かべていた。
「やっぱり笑ってなきゃだよね!よーし、私について来て!!いい所知ってるんだ!!」
サラサはとびっきりの笑顔をクラピカに向けるとその腕を掴んで、とっておきの場所へと案内する。
「サラサ、まって!はやい…!」
走り疲れていたクラピカは息も絶え絶えになりながら必死に足を動かした。10分ほど走っただろうか、至る所にゴミが散乱していた街並みの中に小さな緑がそこには広がっていた。降る雨さえ濁り、踏み荒らされるこの街で、小さな花達は懸命に咲いている。それがなんだか自分たちのように思えて知らず息を呑んでいた。
「ねっ!ここ、すごいでしょ!」
サラサは自慢するかのように胸を張りクラピカに視線を向けた。
「うんッ!とってもキレイだ!」
クラピカは嬉しそうにしゃがみこむと、目の前に咲いた花を一輪、壊れ物を扱うかのように優しく撫でる。
「お花は一輪だけ!いい?」
「分かった。」
本当は皆に渡してあげたいけれど、人数分の花を何本も摘んでしまったら、この場所に咲く花は数えるだけになってしまうだろう。それはとても寂しいなとクラピカは幼いなりに考え、肯定の言葉を返したのだった。
十人十色とはよく言ったもので、これは花にも当てはまることだった。例えば、同じ種類の花をとってみても、大きさが違えば、色の濃度が異なる。一輪一輪がそれぞれの花を描いていた。2人は何時間もクロロに渡す一輪の花を吟味した。漸く、クロロに渡す花を決めた頃には日は傾き始め、空を赤く染めあげていた。
「やば!そろそろみんなの所に帰らないと!」
「そうだな、速く帰ろう!」
クラピカの腕の中には、クロロに渡す黄色い花が揺れている。クロロの見た目とは程遠い色だけれど黄色が良かった。彼は人一倍優しい子だからその温かさを象徴した色で、彼の好きな子と同じ色だったからだ。あとは、自分の色と同じだったからとほんの少しだけ思ったことは自分一人だけの秘密である。
行きとは違い2人は並んで夕日の下を歩く。急がずとも暗くなる前には帰れるだろう。ふとサラサの方を見たクラピカは驚きの声をあげた。
「あれ?サラサ、髪留めが無くなってるよ。」
その声につられてサラサは自身の髪の毛を触ると慌てた声を出した。
「ホントだ…お花の所で落としてきたのかな。…クラピカ、1人で帰れる?」
「いやだ。サラサと一緒に帰る。」
間髪入れずに答えたクラピカに若干苦笑いのサラサは数秒思案するように顔を伏せ、その後に顔を上げた。
「じゃあ、ここの影で待ってて!!すぐ戻ってくるから!!」
クラピカの足でまたあそこに戻れば、確実に日が落ちることは明白だった。あまり遅くなりすぎると皆に怒りれる。それだけは避けたかった。クラピカ自身も自分の足では早く歩けない事を理解している為、大変不服だけれど渋々了承した。
「行ってくるねー!」
そうサラサは告げると元来た道を駆けていく。
1人残されたクラピカは、もう誰も使っていない古びた建物の影に腰を下ろすと手で動物の形を作っていく。まだ父と母が生きていた頃、幼いクラピカと一緒に遊んだ手遊びだ。もう記憶は曖昧で、所々が霞みがかっているけれど、とても大切な思い出だった。兎、犬、猫、蟹、他にもレパートリーは沢山ある。その中でも1番お気に入りなのが鳥だ。母が死ぬ前、こんな言葉を残してくれた。
「人は死んだら鳥になる」
死んだ魂は鳥になって宙へと上っていく。けれどもしかしたら、その鳥は身近にいるかもしれない。母が、父が、傍で見守ってくれているかもしれない。だから鳥が一番のお気に入りなのだ。
しばらく遊んでいたけれど、次第に瞼が重くなっていく感覚がした。一日中動いていたのだから当然だ。必死に睡魔に抗おうとするクラピカだが、人間の生理的欲求に勝てるはずもない。サラサが帰ってくるまで。そう自身に言い訳をして、冷たい剥き出しのコンクリートに横になる。きっとすぐに帰ってくる、そう思って。
目を覚ますと、辺りは暗くなっていた。街頭一つ存在しない街の中はまさに闇の中といった感じで、自身の足先を確認することさえままならない。クラピカはまだ帰ってこないサラサが心配になった。待っててと言われたものの、もうこんな時間だ。探しに行っても怒られはしないだろう。先に帰っていてもサラサは怒らないだろうが、それはクラピカが許せないので却下だ。一歩ずつ慎重に花が咲く場所へと足を進める。途中で怖くなって何度も止まりかけたが、自分を奮い立たせて必死に足を動かした。
歩き始めて随分と時間が経過し始めた頃、ようやく花が咲く場所付近に到着した。すると、目的の方向で何やら数人の男が笑っている声が聞こえた。大人たちは危ない、そう皆から口を酸っぱくして教わっていたクラピカは、途端に縫い付けられたように足が動かなくなった。
引き返そうと動かない足に鞭を打って動かそうと一歩踏みしめた時、くぐもった声が聞こえることに気付いた。それは今探している少女に似た声だたった。小さく目を見開くいたクラピカは引き返そうとしていた体を逆方向に回転させると、その場所へと移動した。
幸いにも丁度良い場所に低木が茂っている。
小柄なクラピカ一人ぐらい簡単に隠れられる低木に身を潜めた。葉の間から顔を覗かせたクラピカはその光景に絶句した。
火が燃えるその中でサラサは大勢の男たちに囲まれ暴力に晒されていた。服は敗れ、髪はボサボサ。顔や体には血と大量のあざで埋めつくされ、もはや原型を留めていなかった。小さく胸が上下している為、生きている事は確かだった。悲惨な状況にクラピカは動けないでいた。顔面は蒼白で息も荒く目には涙を貯めていたクラピカは、絶望といった表情でただその光景を見ていることしか出来ない。ふと、サラサがこちらを見た。きっと彼女はクラピカが来たことに気づいたのだろう。動く力も残っていないのに首を動かし、そして音の出ない口を少し動かした。
「こっちに来ちゃダメ。バイバイ」
確かにそう言っていたのだ。まだ8つの子どもが晒される暴力はあまりにも理不尽で残酷だった。けれども、自分よりも幼い子どもに生きることを望んだ。
サラサの細い首に男は、どこから持ってきたのか分からない斧を標準を合わせるかのように当てた。これから起こることはきっと今よりも残酷なはずだ。けれどクラピカはそれを見続けることしか出来なかった。男が大きく腕を振りかぶる。肉が抉れ、骨を砕く音と刃が地面に刺さる音が聞こえた。もう、サラサの胸は動かない。クラピカの目からはもう涙が出てこない。それぐらい現実からかけ離れた常軌を逸した出来事だった。受け止めきれない現実を前にクラピカはただ呆然と座り込むしか無かった。
それから何時間たっただろうか。サラサの体は更に小さくなっていた。頭部は勿論、四肢は全て胴体から切り離され、黒い袋に入れられていた。男たちは悪魔の所業の後とは思えないほどにこやかに楽しそうに談笑している。全てが袋に収まりにきると男たちは火を消し、何事も無かったかのように姿を消した。
後に残されたのは、大量の血痕と踏み荒らされた花の残骸、そしてサラサが入った黒い袋。
クラピカはフラフラとした足取りで、袋に近ずいて腰を落とした。ただ呆然と袋を見つめた。
空はクラピカの内情を表すかのように分厚い雲で覆われている。そして激しい雷雨をもたらした。雨に濡れ体温を奪われた体を温める気にもなれない。何をするでもなく、その場に座り込んでいた。夜は明けているががクラピカの時間は止まったままだった。
誰かがクラピカとそしてサラサの名前を呼んでいる事に気がついた。けれど、気がついたからと言って、返事をする気にもなれなかった。声は次第に近づいてきた。
「クラピカ!?」
クロロだった。急いでクラピカの傍に駆け寄ってきた彼はクラピカの前にある黒い袋を目を向けた。
「クラピカ、大丈夫?…ねぇ、サラサは。」
何も言わずにただ袋を見つめるクラピカを見て、クロロは徐ろに袋に手を伸ばした。そして、中を確認して声を失った。
「…なんで。」
そう呟かれた声は雨の音で掻き消された。
「大勢の男たちがサラサを…」
ことの顛末をクロロに告げようとして、それはクロロによって遮れらる事となった。小さく震えるクラピカの体をクロロ強く抱きしめた。そこで漸く、クラピカは泣くことが出来た。
「ごめんね、もっと早く俺が来てれば…!」
冷えた体を温めるように更に力を込める。
「わたしはッ…なにもできなかったッ!サラサは苦しそうだったのにッ…。」
大声で泣いていたクラピカの声は次第に寝息へと変わっていった。しかし表情は曇ったままで、時折閉じられた瞳からは涙が滲んでいた。幼い少女が背負ってしまった重みはあまりにも辛く悲しいものだった。クロロは自身の涙を乱暴に拭って、その代わりにクラピカの涙を優しく拭った。雨はまだ止みそうになかった。
クラピカが目を覚ました場所は、雨の凌げる建物内であった。辺りを見回すと、クロロが座っているのが目に入った。横にはあの袋も置いてある。
「…おはよう。あれからまだそんなに時間は経ってないよ。…早くサラサを皆の所へ帰らせてあげよう。」
クロロの言葉にクラピカは黙って頷く。帰り道は誰も一言も発さなかった。話す気力などとうに失われていた。クロロの腕の中には重くずっしりとした黒い袋が一つ。数時間前までのあの楽しい光景など嘘のように時間が経過していく。
いつも集まるあの場所に、 皆は揃っていた。怒った声を出す者、安堵し笑顔を見せる者、涙を流す者。三者三様の反応をする。しかし、クラピカとクロロの影の落ちた顔と不在のサラサ。そして抱えられた黒い袋。それに気が付いて一様に言葉を噤んだ。静寂を破った者は誰だっただろうか。
「…なぁ。何があったんだよ。」
意図せず強ばった声。一同はそれに続く言葉を待ったが、返答する声は聞こえない。代わりに、2人の様子は更に曇り今にも死んでしまいそうなそんな顔になっていた。
詳しい状況は推察できないけれど、恐らく袋の中身がサラサである事を何となく皆は理解した。そこでウボォーギンは、いつもの声とは似ても似つかない声で、皆の言葉を代弁するかのように小さく呟いた。
「サラサ…なんだろ、それは。」
沈黙は肯定の証。ウボォーギンは静かに近ずき、袋に手を伸ばしたのだが、中身を確認する事は出来なかった。クロロが袋の前に立ち塞がったからである。
「どいてくれ。」
呟かれた言葉に首を横に振った。見せられなかった、明るかった彼女のこんなに悲惨な姿なんて。なおも手を伸ばそうとするウボォーギンにクラピカはしがみついた。そこで漸くこれ以上は無理だと判断したウボォーギンは伸ばしていた手を下ろした。
「…分かった。」
静かに様子を伺っていた者たちは、皆が顔を俯かせる。脳裏によぎるのは、サラサの屈託のない笑み。それがもう手の届かない場所へと言ってしまったのだ。損失感は計り知れない。
「俺とクラピカでサラサを埋めてくるよ。」
そう言い残し、クロロは袋を抱えクラピカに目配せをし森の奥へと入る。その背中を追いかけるようにクラピカも森の奥へと足を踏み入れた。