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レオンの忠告──いや、脅しのような言葉が頭から離れん。ワイの果樹園が狙われとる。
リンゴとマンゴーを栽培し、稼ぐようになった今、”半殺し”能力だけでは心許ない。多少のトラブルなら拳一つで解決できるけど、もしも大規模な襲撃を受けたら、流石に俺一人では守り切れんかもしれん。あの傲岸不遜なレオンがわざわざ警告してくるぐらいや、相当やばい連中が嗅ぎつけとる可能性もある。
背筋がじわりと冷える。周囲を見渡すが、いつもと変わらん風景が広がるばかりや。青々とした葉が揺れ、果実の甘い香りが風に乗って漂う。けど、その穏やかさすら今は不気味に思えた。
どこかに気配はないか。誰かに見られとるんやないか──そんなことを考えながら、ワイは無意識に拳を握りしめていた。
なら、やることは決まっている。
「……ケイナ、壁を作るで」
「へ?」
傍らで枝を束ねていたケイナが、手を止めてこちらを見る。栗色の瞳が大きく瞬いた。
「ナージェさん、壁を作るの?」
「そうや。この果樹園を要塞化する」
ケイナは戸惑った表情を浮かべた。
今まで柵程度しか設けてこなかったのは、それで十分やったからや。それに、開放的な作りにしとる方が、作業効率が圧倒的にいい。けど、それじゃ防御力が足りん。万が一、盗賊やごろつきが攻めてきたら、今のままでは一瞬で突破されてまう。
「でも、そんな壁を作る材料や職人は……」
「ワイらでやるしかないんや。ちょっとずつでも壁を作っていけば、防衛力は確実にあがるはずや」
風が、果樹園の境界線をゆるやかに撫でるように吹き抜けていく。目の前に広がるのは、広々とした土地や。枝葉のざわめきが、まるで大地が囁いとるみたいやった。陽の光を浴びたリンゴが、赤々と輝きながら枝に実っとる。まるで燃えるような色や。
ワイの果樹園や。ワイが、この手で育て上げた場所や。
最初はほんまに、枯れ果てた土地やった。食うに困ったワイですら買えた土地やから、当然やわな。雑草ばかり生えとる痩せた土。水はけが悪く、根を張ることすらままならん。雨が降ればぬかるみ、乾けばひび割れる、どうしようもない土地やった。
それでも、ワイの【ンゴ】スキルがあれば話は別や。スキルの力でリンゴはあっという間に急成長。わずか数日で枝を伸ばし、蕾をつけ、花が咲き、そして実を結んだ。最初の収穫のときは、ほんまに泣きそうになったもんや。自分の手で育てたリンゴを、初めて市場に並べたときの誇らしさ。客が一口かじって「うまい」と笑ったときの喜び。あれは、何ものにも代えがたいもんやった。
だからこそ、奪われるわけにはいかん。
柵だけでは足りん。これからのためにも、もっと頑丈な壁を築かんとあかん。敵の侵入を許さない、強固な防御を。
「……ナージェさん?」
低く呼びかける声に、ワイははっとして顔を上げた。ケイナや。眉を寄せ、じっとワイを見つめとる。何かを言いたげに、けど言葉を選んどるような、そんな表情やった。
やがて、彼女は小さく息を吐いた。
「……わかった。私も全力で手伝うよ」
その一言で、迷いは吹き飛んだ。
すぐに作業に取り掛かる。まずは地面を均し、杭を打つ。果樹園の境界線を改めて確認しながら、必要な資材をかき集める。木材を削り、一本一本の先端を尖らせる。そうして、壁の基礎を作っていく。
作業は単純やが、決して楽ではなかった。杭は重い。素手では持ち上げるだけでも骨が折れるほどの重量や。一本打ち込むたびに、腕が軋み、汗が滲む。手に巻いた布越しにも、木屑がまとわりついてくる。土埃が舞い、喉に絡みつき、息をするだけで苦しなる。
日差しは容赦なかった。
空はどこまでも青く、雲ひとつない。焼けるような陽光が、じりじりと肌を焦がす。吹き抜ける風は、涼しさよりも乾いた熱を運んでくるばかり。
杭を打ち込むたびに、腕が痺れる。土を掘るたびに、指先がひび割れる。汗が額を伝い、目に入り、視界が霞む。唇が渇いてひび割れ、水を飲んでもすぐに喉が渇く。
「……これ、思ったより大変だね」
ケイナが息を整えながら呟いた。彼女もまた、汗だくやった。額に貼りついた髪をかき上げ、ひとつ息を吐く。
「せやな……」
ワイも額の汗を拭いながら、ふぅと息をつく。腕を軽く振って、こわばりをほぐす。ケイナの頬には、汗が伝って流れ落ちとる。ワイも、もうシャツが肌に張りついて気持ち悪いくらいやった。
水筒を取り出し、一口飲む。ぬるなっとるが、それでも水は水や。乾いた喉を潤して、残りをケイナに手渡す。
「飲め」
「うん……ありがとう」
ケイナは遠慮なく水を口に運んだ。喉が動くのを見ながら、ワイも息を整える。
しばらくの休憩を挟み、また手を動かし始める。杭を打ち、土を固め、一本一本、壁を作っていく。果てしない作業や。でも、少しずつ、確実に、形になっていく。
「ふぅ……」
ケイナが息を吐きながら、杭の一つを軽く叩いた。
「いい感じだね。まだ先は長いけど、できたところは頑丈だよ」
彼女がコンコン、と手のひらで叩くと、鈍い音が返ってくる。響きからして、そこそこ硬い。木材と石の組み合わせは悪くない。これなら、ちょっとやそっとの衝撃では崩れへんやろう。
ワイは腕を組みながら、出来上がった一部をじっくり見つめた。
「せやな。でも、もっと固くせなあかん。あとで固めるんも二度手間やし、最初からできるだけ堅固に――ん?」
その瞬間、ビビーンときた。
決して嫌な予感やない。
これは……