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「……ケイナ。ワイは今、新たな力に目覚めたで」
ワイは腕を組み、遠くを見つめながら神妙に呟いた。
その言葉が落ちた瞬間、ケイナの動きが止まる。ちょうど木材を積もうとしていた彼女は、手のひらの上で板を不安定に揺らしながら、驚きに目を見開いた。
「えっ、まさか……?」
戸惑いと期待が入り混じった声。ワイの顔をまじまじと見つめるケイナの瞳には、ほんの少しの不安も滲んどる。まるで、奇跡の瞬間を目の当たりにする覚悟ができてへんような、そんな表情やった。
ワイはゆっくりと歩を進めた。目の前にそびえるのは、ついさっき、急ごしらえで作ったばかりの簡素な壁。木材と土を組み合わせ、最低限の防御にはなるようにしたつもりやが、まだまだ頼りない。強固なものとは到底言えへん。風が吹けば軋むし、拳で叩けば土埃が舞うような、そんな脆い壁やった。
ワイはその表面に静かに手を添えた。指先に伝わるのは、粗い木の質感と、乾いた土のざらつき。わずかに湿り気を帯びた土が、指の間にわずかにこぼれる。まだ乾ききってへんのやろう。ほんまにこいつが強固になるんやろか──そんな一抹の疑念がよぎるが、ワイはゆっくりと息を吸い込み、それを振り払うように呟いた。
「試してみたる」
空気が変わった。
ワイはそっと目を閉じ、意識を集中させる。自分の内側から湧き上がる力を感じ取るように。まるで、自分の中に眠る何かが目覚めるのを待つように。
──これは、ただの壁やない。これから要塞へと生まれ変わる”礎”や。
ワイは低く、しかし確かな声で言葉を紡ぐ。
「【堅固】」
その瞬間、ワイの手のひらから淡い光がじわりと広がった。まるで朝焼けのような柔らかな輝きが、壁の表面を優しく包み込む。光の筋が壁を這い、まるで血管を流れる血のように、その構造の隅々まで浸透していく。
ケイナが小さく息をのむ音が聞こえた。
そして──
静かに変化が訪れる。
壁が、まるで石のような硬質な質感へと変化していくのが、はっきりと目に見えた。土の粗さが消え、木材の隙間もぴたりと閉じる。試しにワイは軽く拳で叩いてみた。ゴツゴツ……。いかにも固そうな音が響く。さっきまでの頼りなさはどこにもない。まるで城壁のように、どっしりとした重みを感じる。
「やっぱりいけるな……」
ワイは満足げに頷いた。自分の手のひらを見下ろす。まるでこの世界に新しい秩序を生み出すかのような、そんな感覚や。
「これ……めちゃくちゃ便利じゃない!?」
ケイナが興奮したように声を上げた。大きく開かれた目が、期待に輝いとる。
「これなら、とりあえず壁の形にしていけば、ナージェさんが強化できる。材料も人手もあんまりいらない……!」
彼女は目をキラキラさせながら、ぶつぶつと考え込むように呟いた。顎に手を当て、その瞳にはすでに未来の設計図が描かれているかのようや。
「そういうことや」
ワイはニヤリと笑った。これで果樹園の防御力は飛躍的に向上する。
──そこからは、地道な作業の日々やった。
朝から晩まで、ひたすら壁を作り続けた。
まずは木材を組み、土を盛って壁の形を整える。木材を杭のように打ち込み、その隙間を土で埋める。単なる土壁やなく、内部に骨組みを作ることで強度を高めるんや。さらに【堅固】を何度も重ねがけし、より強固な壁へと仕上げていく。
ケイナが泥まみれになりながらも、ひたすら作業を続ける。額の汗を拭う暇もなく、黙々と木材を運び、土を固め、補強のための杭を打ち込んどる。その目は疲れと気合いの入り混じった、どこか危うい光を放っていた。
「ケイナ、大丈夫か?」
ワイが声をかけると、彼女は笑顔を作りながらも、目の下のクマは隠せへん。
「大丈夫! まだいける!」
その言葉通り、ケイナは手を止めへんかった。ワイも負けじと【堅固】をかけ続ける。最初は消耗が激しくてクラクラしたが、繰り返すうちに体が慣れてきた。新たな【ンゴ】スキルの活用方法にもコツがあることに気づき、より効率よく強化できるようになった。
時間の感覚が狂うほどの労働やった。陽が昇り、沈み、また昇る。ただ無心で手を動かし続ける。泥にまみれた手。木のささくれで傷ついた指先。疲労で鈍くなる思考。
それでも、ワイらは止まらへんかった。
──そして、三日後。
「な、なんか……すごいことになってない?」
ケイナが呆然と立ち尽くしとる。彼女の視線の先には、果樹園をぐるりと囲む巨大な壁がそびえ立っとる。
高さ三メートル。厚みも十分。表面は滑らかに固まり、まるで芸術品ような美しさすらある。まばゆい朝日に照らされたその壁は、城塞のごとく圧倒的な存在感を放っとる。
ワイはゆっくりと壁に手を当てた。ひんやりと冷たく、硬い。そして、確かに”堅固”や。どっしりとした重みが、ここに築かれた努力の証やった。
ワイは満足げに腕を組み、そびえ立つ壁を見渡した。
「……ごっつええ感じやな」
これなら、ちょっとやそっとの盗賊では侵入できへん。
果樹園は、ただの農地から”要塞”へと進化しつつあった。