テラーノベル
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戸棚やダイニングテーブルがガタガタと揺れる室内で、二人肩を落とし、「全部無駄な頑張りだった」「何もうまくいかなかった」と絶望しているとーー。
ピーーーン…ポーーーーン………
突然、インターフォンの音が室内に木霊した。
その甲高い音は、エコーをかけたようにいつまでも耳の中で反響している。
「出るか…?」
「いぃ“やいや!オバケだったらどうすんの?!」
「ほんなら無視するか…?」
「でっ、でも…またテレビ点いたらやだ…」
「せやな…、っ…、行こか」
「っ、うん…、っ…」
恐る恐るリビングの壁に取り付けられているモニターに二人でにじり寄り、通話ボタンを震える手で押した。
無機質に鳴る操作音が、乱れた心を落ち着かせてくれるようにさえ感じられる。
じわ…じわ…、と明るくなっていく画面が少しずつその向こうを明瞭にする。
そこに写っていたのは、今まで必死に頭の中で思い描いていたあの顔だった。
「だッ!?だてェッ!???!!」
「急にごめんね、お邪魔してもいいかな?」
何故舘がここに来てる…?
何か用があるのか…?
でも、連絡はなかったはず…。
いきなりどうして…?
突然の訪問に大いに戸惑い混乱していると、驚愕に口をあんぐりと開けたまま何も返事ができずにいた俺たちに焦れるように、舘はもう一度カメラに近付いた。
「ラウもそこにいるでしょ?ケリつけるから、取りあえず入れてくれる?」
何も整理できていないぐちゃぐちゃの頭をフル回転させて、どうにか「ぉ…ぉお、すまん…っ、開けたで…」と途切れ途切れに返答した。
もう一度インターフォンが鳴り、玄関のドアを開けたところで舘と対面した。
おずおずと招き入れると、舘は靴も脱がないままに、真っ白になった俺たちの顔を見てクスッと笑った。
もしかすると、この部屋に入った瞬間から俺たちの身に起こったことに気付いているのかもしれない。
やはり、こういうことには慣れているのだろう。
相変わらずのその余裕に、悔しくなるくらい心臓が高鳴った。
あの日から、ずっと焦がれている。
格好よくて、頼もしくて、輝いて見える。
好きという気持ちが、舘の姿を大げさに見せていることは重々分かっている。
分かっているからこそ苦しくて、悔しくて、それでもバカみたいに心臓が締め付けられるから、余計に恋しくなるんだ。
長年降り積もった想いだからこそ、会えば自然と心の中にいくつもの言葉が、愛おしさが湧き出してくる。
まだまだ言い足りないが、今は目の前に転がった疑問に目を向けなければならないだろう。
舘は、どうしてここに来たのか。
隣で未だ呆然としているラウールを横目に、舘をリビングへ案内しながらそう問いかけようとした。
ーーが、それは叶わなかった。
ノブを掴み、扉を前に押した瞬間、なんの変哲も無い平たい皿が俺たちの目の前を横切ったのだ。
それは、フォンッ!と軽快に風を切った後、壁にぶつかってガシャンッ!!と甲高く冷たい衝撃音を放ち、動きを止めた。
ラウールは「ひッ!!」と喉を詰まらせ、俺にしがみついた。
よく見ると、部屋の中はかなり荒れていた。
食器の破片が散らばり、ダイニングチェアーは何故かダイニングテーブルの上に置かれ、朝食用に買っていた食パンはドミノ倒しの要領で均等な距離感を保って並べられていた。
俺たちが玄関の方へ出ていた隙に、ラウールに取り憑いているものが暴れたのだろうと推測できた。
これはかなり危険な状態かもしれない。
そう思うと俺の体も再び強張ったが、舘だけは落ち着いたようにニコニコと笑っていた。
彼は部屋に入る前に頭を下げて一礼してから、すっと息を吸い込み何も無い空間に向かって柔らかく笑った。
「ふふっ、そんなに慌てないで。お別れさせに来たわけじゃないから」
舘がそう言うと、途端に全ての物音が止まった。
「うん、いい子いい子。」とニンマリしながら、彼は物怖じせずリビングへと入って行く。
近くにあった雑誌で、ある程度の破片を隅へ払い、部屋の中央へあぐらを掻いた。
「二人も座ってくれる?三人で丸作るみたいに」
「お、、おぅ…」
「はい……、、」
「だ、だて…?これからなにすん…」
「しー…可愛い子たちの気持ち、聞いてあげて」
人差し指を唇の前に当てて片目を瞑る舘に、この状況の恐ろしさなんてそっちのけで俺とラウールは高鳴って苦しくなった胸を抑え、その場に蹲った。
ふざけてはいないのだが怒られてしまいそうな気もして、舘に聞こえないくらいの小さな声でラウールに呼びかけた。
「らう…あかん…しぬ…」
「僕も…かっこいい…かわいい…」
「うん、そっか。そうだったの」
「うん、うん、ありがとうね」
舘は何もない空間を見つめながら、相槌を打っていた。
その視線は、俺たちの背後に向けられている。
ここにいない誰か二人の話を熱心に、代わる代わる聞いているように見えた。
「話してみる?ふふ、大丈夫だよ」
斜め上を向いていた視線が俺たちの元まで戻ってくる。
舘はそわそわと忙しなく早鐘を打ち続ける俺とラウールの鼓動を落ち着かせるような、まったりした声色とテンポで話し始めた。
「この子たち、二人に話したいことがあるんだって。聞いてあげてくれるかな?」
舘のその一単語に妙な引っ掛かりを覚えて、タイミングを逃してしまわないよう咄嗟に尋ねた。
「ちょ!ちょぉ、だてっ!ちょ待ってや、この子「たち」ってなんや?!」
「ん?」
「取り憑かれてんのはラウだけやないん?!ぁ、ぇ、ラウに何個も憑いてんか!?!」
「えぇッ!?康二くんっ!怖いこと言わないでよ!!」
「気付いてなかったの?」
「舘に言われた通りにして気にせんようにしてたから…、最近はなんもないと思てたで…?まさか…」
「ふふ、そのまさか。康二のそばにも居てくれてたみたいだよ」
「まじかい!!?!」
「じゃあ、順番に話してみよっか」
「お、おん…」
「僕たち、どうしたらいいの…?」
「話を聞いてあげていて。あ、そうだ。これは俺からのお願い」
「「ん?」」
「あんまり、びっくりしないでもらえたら嬉しいな」
舘は寂しそうに笑ってから最後にそれだけ言うと、ゆっくりと目を閉じて深く息を吸い込んだ。
何度か深呼吸を繰り返していると、その頭は徐々に組んだ足の方へ沈み込んで行った。
「だて…?」
「だてさん…?」
呼びかけてみるも返答はない。
どうしたのだろうと、目の前に晒されたつむじを見守っていると、小さく「ぅ…ぅく…」と唸る比較的高めの、可愛らしい声が聞こえてきた。
舘は低すぎず高すぎない声をしていたと思っていたので、その耳慣れない音色に首を傾げた。
これから何か話し始めるのかとそのまま様子を伺っていると、大きく俯いた舘の口から声が漏れ出し、その手がラウールを指差した。
「お、レ…お前に、ヨばれた…」
「呼ばれた?僕が呼んだの?」
「アソんだ…、お前ニ、イロンナ…コト、教えタ…」
「…もしかして、エンジェル様のこと?!」
「お前…ルール破ッた…」
「えっ、ちゃんと挨拶したけど、それじゃダメだった?ごめんね…」
「イイ…スガタ変わっテも、お前ト遊ベル、かラ…お前とイル、タノしイ…オマえ、面白イ…イッショ、イタイ……」
「遊ぶって、僕何もした覚えないけど…。あ、もしかして僕の記憶が無い時は、君が僕の体を使って遊んでた…ってことなのかな?」
「お前ノカラダ使ッタ、デモ、お前モ、イツもアソんでル…そいツ、遊んデ、くレる…」
下がっていた手はもう一度持ち上がり、それは次に俺を指差した。
「俺か…?」と反応すると、舘の中にいる誰かは「ウん“…」と喉を鳴らしながら頷いた。
「俺か。なんや?」
「まマ…」
「なんて?」
「マ…ま……、ぁソ…ぼ……」
そこまで話すと舘の指はまた下がり、首もガクンと落ち込んだ。
それきり何も話さなくなってしまったかと思いきや、すぐにその喉から「くぅ…きゅぅ……ふすッ…」と音が聞こえてきた。
それは甘えるような声で、呼吸は動物のそれによく似ていた。
そして、いつの間にか舘の体勢は変わっていた。
フローリングにしゃがみ込み、両腕は足の間に収まっている。
舘の姿をじっくりと観察し、その正体を大体のところまで思い浮かべたところで、恐る恐る頭の中にある予想を口に出した。
「ぁぅっ…くぅ……きゅぅん…」
「もしかして…犬か…?」
「わぅんッ!」
「……どないしたらええんや…これ…話せんよな…?」
まさか、自分に取り憑いていたものが犬だったとは思ってもみなかった。
話したいことがあるそうだが、これではこの子が何を伝えたいのか、なにもわからない。
何か話題を振ってみるか?と考えたが、こちらの言葉も通じるか怪しいところだ。
舘はキラキラとした目で俺を見つめ、嬉しそうに口角を上げながら「ハッ、ハッ、」と短く息を吐いている。
どう歩み寄ろうかと頭を捻り、なんとか一つだけ閃いた。
戸惑いながらも、ええいままよ!と気を奮わせて右手を舘の前に差し出した。
「お手」
「ぁぅッ!」
「ほぁっ…!!おかわりはどや!?」
「わぅ!」
「ぉぉ…!」
なんとも現実離れしているが、俺の心は感動に打ち震えていた。
なんやこの子…めっちゃかわええやん!と。
「ええ子やなぁ!!」
「わふ!ぁぅぅッ!くぅん!」
「よーしよし!ちょッ!、ぅおッ!?」
素直で懐っこい性格は大変に可愛くて、自然と込み上げてくる愛おしさのままにその子の頭をわしゃわしゃと撫でると、喜んでくれたのか彼は俺に飛び付いてきた。
その勢いに思わず後ろへ倒れ込むと、犬は脇目も振らずに俺に跨り、自分の顔を擦り付けてきた。
興奮冷めやらない、と言った様子で顔中を舐められれば、擽ったさに身を捩った。
「あははっ、おまえ、擽ったいやんか!んははッ!」
小さい舌が頬、鼻、おでこと唇、そして首に触れるたびに、無償の愛を無条件に与えてもらっているような心地になった。
こんなに熱い愛情を一身に受けたのは、しばらくぶりな気がする。
「んははっ、ふふはっ、ッひぃ、ひっ、腹痛い…ん、ふぅ……」
ひとしきり笑い、腹筋が激しい動作に堪えきれず痙攣を起こし始めてきた頃、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
冷静さを取り戻し始めた頭で、今までの出来事を振り返る。
擽ったさに細めていた目をしっかりと開いてみると、眼前に広がる光景がしっかりと見えるようになりーー。
ちょ、…ッ…!?
ちょッ、、!!!!???!
ちょお待って!????!!???
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!
「だてっ…!だて!!」
「ぁぅっ!」
「あかんてっ!また後で遊んだるからっ!」
「くぅん…きゅぅ…」
「その顔でシュンとせんとってや…舘のその顔弱いんよ…。よしよし… 」
「わふっ!わぅっ!」
「あぁぁー!?ダメやって!ちょッ!お前どこ舐めてんねん!…ッぁっ…、ッもう!ハウス!」
「ぁぅっ!………」
「…んぉ…?だて…?」
これ以上は耐えられへん!!心臓ぶっ壊れる!!
そう感じては焦る心のままに元の場所に戻ってもらおうと声を張り上げると、犬は一声鳴いてから静かになった。
それと同時に舘からも力が抜けていき、その体は俺の胸の中に収まった。
「はぁ…、えぐかった…」
「むぅ……、康二くんずるい」
「…不可抗力や…、犬やなんて知らんかったんやから…」
「僕にもしてくれないかな…」
「やめとき…死ぬど…」
「康二くん舘さんとちゅーしてたんだよ!?ずるい!僕もしたかった!」
「あれは犬や!ノーカンや!舘やって絶対覚えてへんぞ!?」
「ん……んん、二人とも、なんで喧嘩してるの…?」
「だ、だて…起きたんか、な、なん、なんでもないで…」
「う、うんっ!なんでもないなんでもない!」
舘のことでラウールと喧嘩をしたのは初めてだった。
恥ずかしすぎてついついムキになってしまっていた。少しの気まずさを感じながらラウールと目を合わせれば、途端に照れ臭くなって誤魔化すように笑った。
「ごめんね、やきもち焼いちゃった」
「俺もすまん、恥ずかしすぎて死にそうやってん」
しばらく二人で笑い合っていると、いつの間にか俺の上から降りていた舘がすくっと立ち上がった。
俺たちの前に長い影がかかると、頭上から硬い声が降ってきた。
「さて、二人にはお説教です」
その言葉に、俺とラウールは同時に口の端をヒクッと引き攣らせた。
「なんでこんなことになったと思う?」
「わ、、わからん…です…」
「わかんないよ…ぁ、です…」
先程までの穏やかな舘さんはどこに行ったのか。
言葉遣いはいつも通り優しいが、声の調子はかなりの怒気を孕んでいた。
帰ってきて……。
そう願わずにはいられない。
今も誰かが舘さんに乗り移っているのだと信じたかった。
かなり怖い。
僕たちが何かをしでかしたことで、今回良くないことが起こったのだということはわかっている。しかし、生憎その原因に全くもって心当たりがないために、舘さんから投げかけられる質問に答えるたびに、足先から頭の先まで縮み上がった。
今はオバケなんかより、舘さんに怒られること、もっと言うなら、嫌われちゃうことの方が怖かった。
「もう…、じゃあ、今から説明するからちゃんと聞いててね」
「「はい…」」
「まず、ラウール」
「はいっ!」
「あの子を呼んだのはラウールだったみたいだね」
「うん…」
「その時に使った道具はそのあとどうしたの?」
「えっ、えっと…また使う日が来るかもって思って、お家にしまっておいたよ」
「はい、それがだめです」
「えぇッ!?」
「あれは、儀式が終わったらちゃんと燃やして、灰を川に流さないといけません」
「そうだったんだ…ごめんなさい…」
「今回は呼んだ子がいい子だったからなんとかなったけど、悪い子だったらどうなってたか」
「うぅ…ごめん…ちゃんと調べたつもりだったんだけど、最後まで見られてなかったみたい…」
「ふふ、運が良かったね」
「ね、ねぇ…だてさん…?」
「ん?なぁに?」
「僕の中にいたのは誰だったの…?」
「んー、そうだなぁ…、なんて言ったらいいかなぁ…。あの子は妖精さんみたいなもの、かな」
「妖精…?」
「ラウが呼んだ子たちには二面性があるの。そして、特別な能力として少し先の未来を予知できる力がある」
「だから、僕たちにいろんなことを教えることができたんだね」
「そう。そのあとは呼び出した人がルールを破るか、そうじゃないかで姿を変えるの」
「…ん?」
「ルールを守れば、その名の通り天使のような優しい子になって陰からそっと見つめていてくれる」
「…破ったら…?」
「その反対。悪魔みたいな子になる。体を乗っ取られて自分の意思とは真逆の行動を取ってしまうこともある。凶暴な子だった場合は、人を傷つけてしまうようなことも、ね。だから、ラウは運が良かったんだよ」
「へ?」
「あの子は、生まれたてのちっちゃな悪魔だったの。だからやることは悪戯ばっかり。この部屋の荒れ具合からして、怖くなってこの子達のこと拒絶しようとしたんじゃない?」
「う、うん…、こうなる直前にお祓いに行こうって僕が康二くんに言ったんだ…」
「だからだよ。必死に暴れてこの通り、しっちゃかめっちゃか。離れたくないって駄々を捏ねるところまで、俺たち人間と何も変わらない、ただの子供なの」
「そうだったんだ…」
「悪気があったわけじゃないんだよ。遊びたかったんだって」
「遊ぶ…?」
「ラウとは気が合いそうって思ったみたい」
「えっ?僕と?」
「ラウは末っ子だからね。みんな何しても怒らないだろうから、いたずらし放題だって喜んでたよ。あと、ラウは口が悪いでしょ?そういう意地悪なとこ、面白くて気に入ったって教えてくれたよ」
「えぇ…、、」
「それと、ラウの中に居たがったのには、康二も関係してるみたい」
「え、俺?」
「チビ悪魔くんは、康二のこと「ママ」って呼んでなかった?」
「あ、そういや、そうやったかも…」
「赤ちゃんみたいなものだからね、あの子は。康二のことをずっと見続けてきて、康二ならお母さんみたいに愛してくれるって思ったのかも。ラウールの中に住み憑いた状態で、康二の愛情に甘えてたかったんじゃないかな」
「あ、それで、「遊んだる」言うても出てこんかったんやな」
「そう。ラウールっていう存在を通せばみんなが、特に、康二が優しくしてくれるってあの子はちゃんとわかってたんだ。だから、ラウールの中から出たがらなかった」
「そゆことやったんか…」
ここまでの超常現象を一つずつ丁寧に説明してくれたあと、舘さんは腰に両手を当てた。
「これに懲りたら、交霊術はもうやらないこと。いい?」
「はい……」
項垂れながら力なく返事をすると、舘さんはポンポンと優しく頭を撫でてくれた。
「これからもチビ悪魔くんのお世話、よろしくね。お兄ちゃん」
そう言って舘さんは「ふふっ」と笑った。
「次は康二ね」
「ぁ、ぅ…」
「あの子どうだった?」
「どうって…?」
「俺もどんな感じで康二に話をするのか分からなかったから、うまく伝えられるかなって心配だったの。あの子、なんか喋ってた?」
ラウールへの説明が終わると、舘は俺の方を向いた。
質問に答えようと記憶を辿っていけば、たちまち自分の頬が熱く火照っていくのを感じた。
「どうかした?顔赤いよ?」
そう問いかけられてハッとする。
咄嗟にバタバタと腕を振って誤魔化した。
「あや!や!なんもないで!ぁ…あん子、喋ってはなかったな。犬そのまんまやった。わんわん言うてたわ」
「そっか、やっぱり難しかったか」
「やけど、だいぶ好かれてるんは伝わってきたわ」
「それだけでも伝わったならよかったよ。あの子もきっと嬉しいだろうね」
「ん?舘はあん子と話できたんか?」
「あの子に体を貸してる間、代わりにあの子の心の中を見せてもらったの」
「おぉ…、ほんでなんて?」
「あの子の記憶を見せてもらったって言った方が正しいのかもしれない。あの子が生きていたのは、今よりももっと昔の時代だったみたい。人の服装とか周りの建物とかの感じ、明治時代とかだったのかな」
「そんな昔の犬やったんか!」
「野良犬だったあの子は、食べるものもないまま衰弱して亡くなってしまった。優しい人が自分の体を見つけて埋めてくれて、小さなお墓を立ててくれたんだって」
「切ない話やで……。埋めてくれた人がおってよかったわ…」
「そうだね。で、それからはずっとそのお墓のところで暮らしてたの。独りでずっと、誰かが通りかかってくれるのを待ってた。何年も、何十年も。そんなとき、康二に出会った」
「えっ……いつやろ…?」
「ここで一旦お説教タイムです」
「え“っ」
「肝試しなのか興味本位なのか、どんな目的があったのかは知らないけど、何回も心霊スポットに行ってたのは、どこの誰かな?」
「…俺たちや…ぁ、、です……」
「もう。そういうところには遊び半分で行っちゃだめでしょ?」
「あ、遊び半分だったわけやなくて…」
「黙って聞く」
「はい…すんません…」
「ただでさえ康二は引き寄せやすい体質なのに。なんの予防もせずにそんなとこ行って…「憑いてきて」って言ってるようなものだよ?初めて会ったときに伝えたこと、忘れちゃった…?」
「わッ…!?忘れるわけないやん!!あれはッ!俺にとって何よりも大事なもんや!絶対無くさへん!!死んでも離さん!!」
「ぇ…、ぁ…ごめんね…、そんなに怒らなくても…、覚えててくれてありがとう」
「ぁゃ…すまん…つい熱なった…」
「ううん、大丈夫。じゃあ続けるね。どこかの心霊スポットに行ったとき、康二がたまたまこの子のお墓の前を通りかかったの。すごく怖がってるから、大丈夫かなって思ったんだって」
「ほう…」
「それで、しばらく経ってから大声で叫びながら走ってきた康二が、その子のお墓の前で派手に転んだの、…んふふっ」
「おい、笑うなや…。むす…」
「ごめんごめん、その子が見たままの記憶を映像にして見る感じで俺も見せてもらったからさ、結構な転びようだったなぁって思い出しちゃって、ふふっ」
「恥ずいて…ホンマダサいわ…」
「まぁまぁ、そのあとはカッコよかったんだよ?その子はびっくりしちゃって、咄嗟に自分の依代であるお墓の後ろに隠れたの。康二は手についた土を払ってから、そのお墓を撫でて言ったの」
「俺、なんて言うたん…?」
「「騒がしてすまんなぁ。こんなとこに一人か。寂しいやろなぁ…。今は…これしか持ってへんか…、チョコ、置いとくな。びっくりさしたお詫びや」って」
「ちっちゃい墓ん前にチョコ置いたんはなんとなく覚えてるわ…。そん時のが、あの犬のやったんか…」
「“嬉しかった”ってさ。その時、あの子は初めて満たされたような気持ちになったんだって」
「ほうか…っ、」
「優しくしてくれたから、今度は僕が守ってあげるんだって、帰ろうとしてた康二の背中に必死にくっついて、憑いてきたみたい」
「優しい子やなぁ…ぐすっ…」
「わんちゃんって本当に優しいよね。無条件に愛してくれる。そうそう、あの子と入れ替わる直前に伝えてくれって言われたんだけどね、」
「おぅ、なんでも言ってや。」
「“僕もう寂しくないよ。僕もずっとそばにいるからね。ご主人に出逢えてよかった。ありがとう”ってさ」
「ホンマにええ子やなぁ…ずびッ…。おう、俺がずっと一緒におったるからなぁ…っ」
「それからは、ずっと康二を守ってくれてたよ。俺もずっと見てたけど、憑かれやすい康二に近付こうとする悪いモノに吠えたり噛み付いたり、なかなかの忠犬くんだなって思ってたよ」
「やから最近はなんも起こらんかったんか」
「うん、全部あの子のおかげだよ」
「なんかお礼したいわ」
「…ん?うん、うん、ふふっ」
「…なんや…?」
「“さっき撫でてくれた、それだけでとっても幸せだったよ。だから、またお礼にご主人が喜んでくれることしてみたよ、嬉しかった?”ってさ」
「あ…、、あん子は…ホンマに…っ…」
「康二が喜ぶことってなぁに?あの子、何してくれたの?」
「ナなナなナナなッ!!なんでもないでッ!!」
「康二くん動揺しすぎ。バレるよ」
「こら!チビ悪魔!余計なこと言わん!」
「僕だし!」
「ほんなら余計に言わん!」
「ふんっ、いいもーん。うまく行ったらいっぱいするから」
恩返しの程度が過ぎるだろう…と、恥ずかしさに耐えかねて蹲ると、先程ラウールにしていたように舘は俺の後頭部を撫でた。
「康二にぴったりのパートナーじゃない。これからも仲良くしてあげてね」
その言葉に、無性に悔しくなった。
俺にピッタリくっついているという犬の話を聞いて、大変に感動し、それこそ友人としての愛情が芽生えた。
ぜひ名前を付けたいと思うくらいには、もうすっかり大好きになっていた。
相棒はラウール以外にはいないが、人以外で誰を相棒にしたいかと聞かれれば、俺は今、迷うことなくこいつを選ぶだろう。
でも、パートナーは君がいい。
他の誰でもない、今俺にそう言った君がいいんだ。
きっと、それはラウールだって同じ気持ちだろう。
もう、ええか。
こんなにも不思議なことが起こったんだ。
まだ全部は理解できていないかもしれない。
体験しただけで分かったような気になっているのかもしれない。
それでも、今ここで、好きな人がほんの少しだけ、自分のいる世界の中に俺たちが入り込むことを許してくれたんだ。
やっと、ほんの少しだけ近付けた。
きっと、伝えるなら今しかない。
消えかけていた想いの火種が、もう一度この心に炎を灯した。
恩を返す前にまた助けられてしまったが、今からでもまだ間に合うだろうか。
吐きそうだ。
大切にしまってきた想いを前に出す。
それだけのことが、この心をひどく震わせる。
手足が痺れる、体が武者震いしている。
この高鳴りは、この緊張は、きっと“理屈”じゃない。
「ラウ、準備できてるか?」
隣に座るラウールにそう問い掛けた直後、誰かに背中を強く押されたような、体当たりされたような感覚がして、咄嗟に体は大きく前に傾いた。
康二くんから投げかけられた言葉に、ハッとする。
できていると言えばできているし、できていないと言えばできていない。
これまで、こんな風に間近で舘さんと相対したことがあっただろうか。
振り返ってみれば、僕たちはいつだって彼の面影と後ろ姿を追いかけてきた。
伝える前に、成し遂げなければいけないことがあったから。
すごくすごく遠いと思っていた目標に少しでも近付きたかったから。
しかし、その距離は今、突然に縮まった。
どうしてここに舘さんが来てくれたのか、それはよく分からない。
でも、こんなに嬉しいきっかけも“超常現象”のうちに入っているのなら…。
意図せず訪れたチャンスも“不思議”なことだと言えるのなら…。
きっと、この瞬間は、この巡り合わせは、“科学では証明できない”。
最後に残った怖がりな心が、「まだ辿り着けてないんじゃない…?」なんて弱々しく僕に問いかけてくる。
するとすぐにどこからか、僕ではない誰かの声が聞こえてくる。
ーーオ前楽シいト、オれ、モ、タノしイ。
ーーミヤだテ、すキ。遊ンで…く、レタ。
ーーもッと、アソび、タ…イ。
声が聞こえなくなると、僕の体は勝手に動き出した。
少しずつ、舘さんとの距離が近くなっていく。
新しくできた友達が、力を貸してくれている。
諦めかけていた願いを、あの子が僕の中に蘇らせてくれた。
大丈夫、僕たち、ちゃんと辿り着けてるじゃん。
驚くように見開かれた舘さんの丸い目が、あと少しのところまで近付いていた。
真横には、誰かに強く背中を押されたかのようにバランスを崩して、大きく前に飛び出してきている康二くんの肩があった。
僕たちは、最高のライバル。
うまくいかなかったとき、僕はちゃんと身を引けるのかな。
でも、新しく甘やかしてくれそうな相手を見つけてしまったこの悪戯っ子は、そう簡単には諦めてくれないような気がする。
この子のおかげで、僕たちの三箇条には、続きのもう一箇条が付け足されるかもしれない。
そんな予感があった。
もう少し。
あと少し。
僕たちの想いが触れるまで、あと、一秒。
Fin.
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