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目が覚めると暗闇の中だった。
俺は状況が飲み込めず、しばらく茫然自失としていた。
明らかに様子がおかしかったからだ。
頭は鈍い痛みが波のように押しては返してくるし、長時間同じ体勢でいたからか身体の節々が痛む。
腹も減っているし、喉もカラカラに乾いている。あらゆる生理的欲求に飢えている状態とでも言おうか。
とにかく自身の身体に異変が起こっていることにまず気が付いた。
そして、身体を起こそうとした時、二度目の異変……。最悪の事態が起こっていることを理解した。
「なんだよ。これ」
弱々しい声だった。一瞬、自分の声ではないように感じられるほど掠れていて、最後の方は発音できずに言葉が消えていった。
しかし、そんな声とは裏腹に驚きは大きかった。
俺の手足が縛られていた。麻縄か何かでがっちりと……。
心臓がどくっと大きく脈打った。アニメや漫画ならここでハートマークにデフォルメされた心臓が体の外へ飛び出しているところだろう。
冷や汗が肌をゆっくりと流れ落ち、 手が小刻みに震え出す。 息が苦しくなってくる。
それでも冷静になろうとする自分が精一杯に最悪の事実を確認する。
その言葉をなんとかひねり出した。
「いま、俺は何らかの理由で監禁されている」
周囲を見回そうにも完全な闇が広がっていた。
「目を開ける」という行為がまったくもって意味をなさない。
地面の感触や空気感からして外でないことは確かだ。月明かりは望めそうにもない。 かと言って、電灯の光さえ一切ない。
闇。そこにはただ闇が広がっていた。深海生物にとっては、こんな光のない世界がそいつのすべてなんだなと思うと同情した。心底つまらないだろうに……。
いけない。そんなことを考えている場合ではないと俺は思い直した。
とにかく何とかしてここから抜け出さなくてはならない。
「でも、どうやって?」
やはり掠れた声で自問する。身体も自由に動かせず、周囲の様子は何もわからない。
そもそも、なぜ俺がこんな目に合っているのか見当もつかない。
そうだ。監禁されているのなら、直前に拉致されたわけだ。その時のことを思い出して……。
「ぐっ」
その時、頭に鋭い痛みが走った。過去のことを思い出そうとすると頭痛がひどくなる。俺は早々に諦めることにした。
どうしようもない状況がしばらく続いた。10分か、それとも30分も経っていたかもしれない。
もう一生このままの状態が続き、あっけなく死んでしまうのではないか。
そんな考えがよぎっていた。
しかし、その時は唐突にやってきた。
ぱっと明るい照明が点いたかと思うと、キーンと耳障りなハウリングが響き渡り、場違いなほど明るい声がその後に続いた。
「ようこそ。紳士淑女の皆様方!」
俺は目を開けられなかった。突然、暗闇から光へ誘われたからだ。
依然として状況は飲み込めないが、耳に届いた声はどうやら女の声らしいと分かった。 酷く楽しそうで、寒気を覚える嫌な感じがした。
声は続けた。
「今宵はお集まりいただき誠にありがとうございます。今回、我が社の素敵なショーを実現できたのは皆様方のご尽力の賜物です!」
皆様? 我が社? ショー? 一体何のことだ。
「愛と正義に溢れる皆様方の一心がここに集結したことで、記念すべき第一回の開催となりました。改めて、感謝の意を込めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございます」
ここで声の主はちょっと間を空けた。一礼している姿が目に浮かんでくる。
俺は朧げながら周囲を見渡すことができ始めた。
「なんだ、ここは」
真っ白な殺風景の部屋だった。
学校の体育館の半分くらいの大きさはあるだろうか。そこに自分一人がぽつんと寝そべっている。
上を見ると、天井近くにスピーカーがぶら下がっている。声はそこから聞こえてきていた。どうやらそれ以外に物はない。
目の前を見ると、先の方に黒い扉があるが錠前でぐるぐるに巻きつけられている。一目でとても開きそうにないことが分かる。
「一体、なんなんだ。何が目的でこんなところに」
疑問が次々と湧いてくる。スピーカーの声は引っ切りなしに”皆様方”と呼ぶものたちに対して愛想と世辞を振り撒いていた、
だが、そこで一転して明るい女の声が途端に低く冷たいものに変わった。
まるで無価値で、それでいて害あるものついて話すかのように。
「さて、モニター越しに確認できるかと思いますが、いま1〜5番のモニターに映っているのはかの憎っくき”犯罪者たち”です! 突然の事態に状況が飲み込めていない様子ですが、彼らこそまさしく皆様方が裁きを与えるべき”罪人ども”に他なりません! 許されざる悪行の限りを尽くす”悪魔”そのものです!」
いま、なんて言ったんだ?
犯罪者、罪人、悪魔。確かにそんなことを言った。それに、モニターとも言った。
明らかに”皆様方”とは、どうやらモニター越しに観ているらしい者たちに向けての言葉であって、俺に対するものではない。
むしろ、さっき言った犯罪者、罪人、悪魔……。これは俺のことを言っているのか?
しかし、そんなことを言われる覚えは微塵もないはずだ。
ましてや人に憎まれるべき理由なんて……。
声は容赦なく思考を中断した。
「そんな奴らをのうのうと我々善良な市民の税金を払って生かしておく義理などありません! では、どうするか。…… おい、犯罪者のクズども。もうお前らにも分かるよな?」
「は、はあ……?」
ぞっとした。こちらに語りかけてくる言葉はこれまでとは打って変わって乱暴なものに変わった。
しかも、明確な敵意と悪意を持って投げかけられているのだ。 混乱して気がおかしくなりそうだった。
唾を飲み込む。
今度の間は長かった。その間じっくりと蛇に睨み付けられているようだった。
スピーカーを凝視して答えを待つ。聞きたくもない答えを辛抱強く。
ようやく、女の声が返ってきた。その声は、低くも冷たくもなかった。
とびきり明るい声で、女はこう言ったのだ。
「死刑! 死刑! 殺しちゃいまーす!」
「……うそだろ?」
冗談。そんな言葉が後に続くのを期待したが、結果はより恐ろしいものだった。
「そ・の・た・め・に。今回の舞台が用意されたのです。つまり、死刑執行の殺人ショーというわけです!」
「殺人、ショー?」
「ですが、これも全部お前らクズどもが選んだ道です。いまさら懺悔しても遅すぎるので潔く死んでくださいね」
「俺が選んだ道?」
「というわけで、早速第一のステージです!」
「ふ、ざけるな」
「ステージ1! その名も……」
「ふざけるな!!」
気づいた時には叫んでいた。
抑えきれない不安や恐怖、疑問が一気に怒りとなって表れたのだ。
こちらの声が聞こえているようで、スピーカーの声は静まり返った。
その隙に俺は言いたいことをぶつけた。
「なにが犯罪者だ。なにが裁きだ。俺が一体何をしたっていうんだ! 気が付けばこんな薄気味悪いところに監禁されて、訳もわからないままいきなり説明もなしに死刑執行だ!? こんな理不尽なことがあっていいのか。それに、こんなことが発覚すれば、警察だって黙っちゃいない。スピーカー越しのお前! それに、俺を観てるやつらが他にもいるんだろ! スピーカー越しに喋ってる女がモニターがどうのこうの口を漏らしてたからな! お前らこそ犯罪者だ。お前らこそ悪魔みたいなやつらだろうが!」
静寂。誰も何もいなかったかのようにシーンと静まり返っている。
怒鳴ったせいで喉や身体全身に痛みが押し寄せてきた。
顔をしかめながら息を整える。
俺はスピーカーを睨み続けた。俺の勢いに飲まれたのか返答が一向にない。
その静けさがたまらなく恐ろしかった。威勢よく張ったはいいが、この先どうなるかわかったものではない。
だが、もうどうなってもいいとやけくそになっている自分もいた。そんなこと知ったことではない、と。
無機質な部屋が物言わぬ世界を圧縮して、いまにも迫ってきそうな雰囲気だった。
頭から天井が落っこちてきて、圧死でもしてしまいそうな重苦しさが立ち込め始めた。
その時。
声が返ってきた。いや、独りよがりで、狂った目覚まし時計が辺り一体を音波で何もかもぶち壊してしまうような音だった。
それが声だと分かるには時間を要した。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははなはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
笑いというより絶叫に近かった。
音割れした酷く不愉快な騒音が永遠にも思えるほど長く続いた。
鼓膜が破れてしまいそうだった。耳を抑えたいのに肝心の手が縛られているのだ。
俺は顔を歪ませてその拷問に耐えた。
そして。
「シャラァァァァァァァァァァァァァップ!!」
一際大きい声が響く。
耳がチクチクと痛みどくどくと心音が伝わってくる。
くそ。この女、完全にイカれている!
「……ふう。皆様、申し訳ありません。大変お聞き苦しい音声が流れましたことを謹んでお詫び申し上げます。しかし、犯罪者のクズどもを更生教育するという任も命じられている故、このように声を荒げなければならない場面も今後多々出てくると思います。……この聞き分けの悪いクズ……灰賀荘司のような犯罪者が他にもたくさんいるものですから。……ぷぷ。それにしても、皆様さっきの言葉を聞きましたか。ものすごくバカみたいですよね!」
「なに?」
そう言えば、さっきから”犯罪者のクズども”と複数形でこちらのことを呼んでいた。
もしかすると、俺以外にも同じ状況で監禁されている奴らがいるのだろうか?
そして、当然ながら俺の名前をこいつらは知っていた。
言動からして計画的にこのふざけたショーとやらを用意して、おかしな連中が狙い撃ちして俺たちを殺そうとしているわけだ。
ますます腹が立ってくる。だが、情報を得るためにもここは口を滑らせることに専念しなければならない。
俺は冷静を装ってスピーカーに向かって声を出した。
「おい。話はまだ終わってない。とにかくこの状況をだな」
「黙れ。誰が喋っていいと言った? 大人しく耳だけ貸してろクズが。お前のような家畜未満の分際に発言権はない。二度同じことを言わせるな。次はないぞ。灰賀」
「くそ」
有無を言わせぬ圧があった。
もしこの状況で言い返せば、本当に今度こそ殺されかねない真剣さがあったのだ。
悔しいが何も言い返せず、俺は黙って話を聞くことにした。
大人しくなったからか声は再び陽気で殴りたくなるような調子に戻った。
「さて、クズのせいで話が逸れましたね。本題に戻りましょう。そうです。お待ちかねの第一ステージ! 題して「猛獣の間」!」
ヒュー。パチパチパチ。
安っぽい歓声と拍手のSEがスピーカー越しに聞こえてくる。
こんなもので盛り上がるとでも思っているのだろうか。
いや、それよりも「猛獣の間」だと?
嫌な予感がする。
「本当は第二ステージから説明するつもりでしたが、たった今上層部からクズどもに説明してやれとお達しが出たので仕方なく説明してあげますね! 感謝しろよボケども」
「クソ。当然だ。やっと説明かよ。遅すぎるだろ」
「ちっ。……ステージは全部で6つ。この「猛獣の間」が第一ステージなので、クリアしてもあと5つある計算になります。すべてクリアすれば、喜べよクズども。晴れてお前らは自由の身となります」
「自由の身? 解放されるのか」
「しかし、ゲームオーバー=死ということをお忘れなく。第六ステージまで生存者がいなくても、全然不思議じゃないのでその辺は覚悟しておいてください!」
「なにが覚悟だよ。異常者どもめ」
わざと聞こえるように言っておいた。
「はあ……。そして、このそれぞれのゲームには前提となるルールが存在します。それこそ、我が社のプロジェクト名ともなっている重要なキーワードです。このゲームの根幹といってもいいでしょう」
「キーワード?」
「そう。それこそ」
思わせぶりの溜めにうんざりしつつ言葉を待つ。
女は20秒も黙っていたかと思うと口を開いた。
「イカサマ!!」