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キュイ視点
「では、まず初めに皆様にはこちらをつけていただきます。」
そう言ってフィオちゃんに手渡されたのはマスクだ。
「これからみていただく子はデレリウムという木の実です。」
フィオちゃんは僕たちがマスクをつけたのを確認すると持ってきていた袋を開けて中を見せてくれた。
袋を開けると、マスク越しでもわかるくらい甘い匂いが立ち込め、袋の中を覗くと、真っ赤な実がぎっしりと入っている。
フィオちゃんはそれをいくつか取り出して見せてくれる。
「デレリウムはこの甘い香りのする実が特徴的な植物です。特に実のお尻部分に星形の割れ目が入っているものほど熟れていて香りもいいです。しかし、デレリウムはこのままでは食べることができません。
デレリウムには一般的に毒と呼ばれている症状が出ます。主な症状としては動悸、息切れ、めまい等の様々な症状を起こしてします。ただし死亡したケースはありません。次にーー」
フィオちゃんはみたことがないくらい饒舌にデレリウムの説明をしてくれる。
そのことに驚きつつも、兄さんも僕もフィオちゃんのわかりやすい説明に聞き入った。
「ーーが大まかなデレリウムの概要です。
では肝心の毒の処理方法をお教えします。デレリウムの毒抜き方法は2パターン存在しています。まず一つはお酒に漬け込んで一ヵ月間放置すること。もう一つは太陽の光を当てて一ヵ月間干すことです。どちらも時間と手間が掛かりますが皆様が心配することは起きなくなります。そのため、今日これからすぐにこの生のデレリウムをいただくことはできません。」
「なるほどな。香りもいいし色味もいい。チョコの中に練り込んで香りを楽しむのも良さそうだな、ホワイトチョコと混ぜれば色も出るか?ただ、味がわかんねーんじゃな。」
クーヘン兄さんが独り言のようにデレリウムを使ったスイーツを構想しながら呟いた。
「はい。そこで、今日はわたしが作り置きしておいたデレリウムのお酒漬けと干しデレリウムをお持ちしました。どうぞご賞味ください。」
そう言ってフィオちゃんは自分の肩掛けカバンから2つの瓶詰めを取り出し、味見用の小皿にそれぞれ取り分けてくれた。
「デレリウムのお酒漬けは香りが良く、デレリウムの色がお酒に溶け出してとても綺麗に仕上がります。口当たりが良く飲みやすいですが、とっても度数が高くなるので、お酒が得意でない方は少量をおすすめしています。」
フィオちゃんが説明してくれたデレリウムの酒漬けからいただく。白い小皿に注がれたお酒は透明感のある赤色で、香りもフィオちゃんがいう通りとても良い。ハチミツに花を溶かし込んだような甘い匂いだ。それを口に含むとその香りがふわりと香る。甘口の赤ワインのような口当たりに思わず驚いてしてしまう。
「すごく美味しい!」
「それは良かったです。」
シェフをしているとたくさんの食材やスパイスに出会う。その出会いは誰よりも多いと自負しているつもりだったけど、世の中にはまだまだ知らないことで溢れていて、その中にはこんなに美味しいものがあるなんて驚きだ。
「続いて、干しデレリウムです。こちらは生の状態の実よりもすこし香りが落ちますが、甘味が凝縮され、食感も楽しめるようなものになっています。」
促されるままにそれを口に入れる。確かに香りは生のものや酒漬けより落ちるが、その分、くどさがない。味も後に残らない甘さで、なによりもコリコリ、カリカリとした食感が病みつきになる。
「これもうまいな。」
クーヘン兄さんからも感嘆の声が漏れた。
ちらりとクーヘン兄さんのほうをみると、フィオちゃんの真剣さが伝わったのかすっかり毒気を抜かれたようで、干しデレリウムが口の中から無くなるとすぐにまた取り分けてもらった小皿に手を伸ばしている。
「ありがとうございます。…その、皆様の料理の中に取り入れていただけるでしょうか?」
「もちろん。」
「当然だ。」
僕も兄さんもデレリウムの魅力にすっかりはまり込んでいて、頭の中は料理の構想でいっぱいだったが、
「良かったです。」
そう言ってフィオちゃんが笑顔になるのをみて、一旦、頭の中の料理の構想がストップした。