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最高です…!!リアリティがあって、不破くんのどこにも置けない淋しさを明那と黛が埋めてくれても、結局兄弟達の愛がなければ不破くんはいつまでもその感情を引きずることとなる… まるで第一話から第7話全てを詰め込んだかのような文章でした。
もう大好きです!久しぶりに泣いてしまいました、最高です!!続きがあれば読んでみたいです!!
こういうので初めて泣いたわ
加賀美ハヤト 長男
剣持刀也 次男
不破湊 三男
甲斐田晴 四男
いだはるは腹違いの兄弟
最初だけあにこぶは6歳くらい
口調わからんです
全体的に意味わからんです
本人様とは関係なし
オチなしです(大切)
オチなしです(重要)
良ければどぞ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
いつからだっただろうか。
俺はこの家の末っ子じゃなくなった。
兄の関心の向く先が、俺ではなくなった。
困ったときに助けてくれるのは、兄ではなくなった。
兄への愛情は、募っても零れ落ちるだけになった。
助けを求めても、後回しにされるようになった。
俺の声を、話を聞いてくれる人はいなくなった。
俺の心を見てくれる人はいなくなった。
俺に気付いてくれる人はいなくなった。
俺にめいいっぱい注がれていた愛は、余所の子に与えられるようになった。
その子に、全部奪われた。
突然家に来て、弟と言われたその子に。
俺の存在ごと、何もかもを奪われてしまった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夢を見た。
兄ちゃんが、昔みたいに俺を見てくれる夢を。
兄ちゃんは俺だけを見てくれて、
いっぱいいっぱい、抱きしめてくれて、
お話も聞いてくれて、
わがままも笑って許してくれて、
一緒にたくさん遊んでくれて、
転んだら駆け付けてくれて、
立ち上がったらえらいって褒めてくれて、
ごはん何がいい?って聞いてくれて、
俺の好きなもの作ってくれて、
俺の食べる姿も楽しそうに見てくれて、
ほんとに俺だけを見てくれて、
それがすごくすごく嬉しくて、
楽しくて、
幸せで、
でもなにより
あいつがいないのが愉快だった。
そんな、とっても幸せな夢を。
「…、み…と、みなと、
湊、起きなさい。何時だと思ってるんですか?」
朝、俺の部屋にハヤト兄ちゃんの声が響く。
その声が冷たく低いのを聞いて、現実に引き戻された。
「…」
もう一度あの幸せな夢に戻りたくて、寝ようとしてみる。
「こら、寝返り打たない。寝汚いですよ」
そんなこと、昔は言わなかったのに。
こらーっ!とか言いながら抱っこしてくれたじゃん。
俺も兄ちゃんも笑顔で、でも刀也兄ちゃんは呆れてて。
「…もうちょっと、」
夢にいさせて。
「それで寝坊したらどうするんですか。
晴に示しがつかないでしょう?」
「…また、晴?」
「また、って何ですか。貴方は晴のお兄ちゃんでしょう?」
「…お兄ちゃん、な」
「そう。ですから早く起きなさい」
「…ごめんなさい、」
…ほら、まぁた、晴。
お兄ちゃん、って何やねん。
昔はお兄ちゃんって聞いたら、かっこいいって思ってたのに。
今やただの呪いみたいな言葉だ。
好きであいつの兄ちゃんになってる訳じゃないのに。
ベッドから起き、ドアに兄ちゃんがいるのを確認する。
溜め息をつきながら、でもそれが聞こえないように明るく言う。
「兄ちゃん、おはよ」
「はい、おはようございます」
そう答える兄ちゃんに俺は映っていない。
もう視線の先は晴の部屋で、俺の言葉を聞いてすぐそちらへ行った。
もう何度目か分からないほど見てきた光景なのに、毎度毎度胸が締め上げられるような寂しさを覚える。
「はるー!!おきなさーい!」
「やだぁ、もうちょっとぉ、」
「湊はもう起きてますよ?」
「ぼくはねる、」
「仕方ないですねぇ…。そんな子にはこうだっ!」
「あははっ!ハヤトにぃやめて、起きる!起きるから!」
こんな楽しそうな声を聞くのにだって慣れたはずなのに。
抑えきれない寂しさと空しさが沸き上がる。
それが憎しみに変わって、晴が憎くて憎くて仕方なくなる。
でも晴は俺のこんな気持ちに気付かず懐いてくる。
兄ちゃんたちも仲良いね、良かったね、って見てくる。
俺の、俺の気持ちには気付かずに。
晴の顔だけ、晴の気持ちだけを見て決める。
だから俺は、兄ちゃんたちも嫌い。
大好きだけど、大嫌い。
だいすきなのに、だいっっきらい。
でも矛盾とか、理不尽とかこのときは知らなくて。
ただ嫌だ、しか言えなかった。
というか、嫌だとすら言えなかった。
そのまま、俺は大きくなってしまった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
時は経ち、ついに中学3年生。
義務教育最後の年。
俺らは受験生になった。
晴は頭がいい。
学年で1番で、いつも先生から褒められている。
でも俺はそこそこの成績で、低くはないけど、ずば抜けて高いわけでもない。
晴の偏差値が70くらい、俺は60ちょっと。
周りから見れば高い方らしいけど、家じゃ低い方。
高い売り上げとヒット商品を出し続ける玩具会社を立ち上げた、若手社長のハヤト兄ちゃん。
文武両道を体現し、難関大に塾無し、現役、しかもトップで合格した兄ちゃん。
学年1位を取り続け、早くも研究で才を爆発させている晴。
そして落ちこぼれの俺。
頭が特別良い訳じゃない、運動が特別出来る訳でもない。
唯一長所と言えるのは、人間関係の広さくらいだ。
そのおかけで、俺は親友と心休まる居場所を見つけた。
「ふわっちはいっつも努力しててすごいじゃんね」
腕を枕にして、こてん、とこちらを見てくる親友。
「…あきなぁぁ」
俺を、ありのままの俺を見て受け入れてくれた親友。
中学校からの付き合いとは思えない程安心できる。
よく一緒に歌ったり遊んだり、趣味がまあよく合う。
「うぉ、どしたん、疲れてんの?」
俺を真っ直ぐ見てくれるこの目が大好きだ。
「…おれぇ、頑張れてんのかなぁ。」
この目を見たら、弱音でもなんでもすっと口から出てしまう。
「頑張れてるに決まってるでしょ!てか頑張りすぎなんだよ、ふわっちは」
「…そーなのかなぁ、」
「そーだよぉー。俺が保証する!」
「にゃはは、そりゃ心強いわ」
あきなと話すと、なんか心が溶けるみたいにあったかくなる。
あきなは俺の家庭事情を知っている。
あきなになら話して良いかなって、初めて友達に話した。
話し終わった直後、嫌われたら、否定されたらどうしよ、って軽くパニックになる俺を抱きしめてくれて、俺が泣けない分たくさん泣いてくれた。
「大丈夫だよ、ふわっち」
あきなに言われたら、ほんとになんでも大丈夫に思えてくる。
「ありがと、あきな」
こう言って笑い合ったら、大丈夫の合図。
それにほっとしたような顔で笑って、あきなは言った。
「今日、まゆゆのとこ行く?」
俺の返事は一択。
「行く!」
俺の居場所は、もう一つある。
「まーゆーゆー!!おっじゃましまーす!!」
「まゆー!じゃますんでぇー!!!」
「邪魔するなら帰って~」
「「帰ります!!」」
「え、いやほんとに帰らないでよ…」
「まゆゆったらほんとに俺たちのこと好きなのね」
「照れるわあ」
「…とりあえず上がって」
ここは孤児院。
そしてこの人はまゆ。
俺を理解してくれる人の1人だ。
大抵休日はここに入り浸って勉強している。
孤児院のちっちゃな子達と遊んだり、勉強教えてあげたり。
みんな家族がいないから、なんか孤独じゃないって思える。
まゆが職員さんに話してくれたお陰で、ボランティアって扱いだ。
「ぁ、もうこんな時間」
「ほんとだ。あっという間だったね」
「んじゃ帰るかぁ、」
「またくるわー」
「明日にでもいきますわー」
「…いつでもおいで、またね」
見えなくなるまで手を振って、前を向く。
あっきーなは俺と家がまあまあ離れてる。
歩いて20分とか。
だけど俺はあっきーなを家まで送る。
危ないって言われたけど、帰りたくないって言ったら静かに手を握られて、押し殺したような声でわかったって返された。
だから今日も家まで送る。
ばいばーいってお互い聞こえなくなるまで叫んで、前を向く。
2人に会うまでは、俺は死んでいた。
比喩じゃない、本当に。
だから俺はこの2人が親で、兄弟。
今から帰る家は、ほんとの家じゃない。
今から会うのは、ほんとの家族じゃない。
そう思わないと耐えられなかった。
深呼吸を1つ、2人とお揃いのキーホルダーを手で握って、扉を開ける。
「ただいま、」
「おかえりー」
この時間、刀也兄ちゃんはサークルで、ハヤト兄ちゃんは仕事で家にいない。
つまり、晴と二人きり。
俺から晴に話しかけることはない。
かといって、あっちから話しかけてきたら無視するわけでもない。
「ねーみなと、今日兄ちゃん遅いって~」
「そ、晩御飯は?」
「なんか勝手に作って食べて良いってさ」
「分かった。俺作るから勉強してていいよ」
「えっまじ?うわまじ助かる!!みなとありがと!」
にっこにこでこっちを見てくる晴を見て、俺は何も返さない。
こいつ、俺がどんな気持ちか考えたことないんやろなぁ。
どんだけ俺があんたを憎んでるか。
でもそんなこと口には出さない。
だってめんどくさいから。
ここで俺が夕飯作んの渋ったら、その分会話が生まれる。
会話は最小限に留めたい。
できれば、一緒にいる時間も。
夕飯は冷蔵庫の余り物からチャーハンを作った。
追加でお椀で食べれるラーメンを作って、完成。
簡易ラーメン定食?知らんけど。
「いただきます」
静かなリビングでぼんやりと、でも出来るだけ早く食べる。
晴と一緒には食べたくないから。
「ごちそうさま」
流石に挨拶はしっかりする。
ただの反抗期じゃないんでね。
食器も全部洗って、明日の弁当用のご飯を炊いて終わり。
「ご飯はチャーハンです
お好みでラーメン足してもよし」
友好的な兄を演じて、置き手紙を晴の部屋に入れる。
洗濯機を回したら、やっとお風呂。
1人の時間を満喫したら、あとは軽く掃除をして寝る。
これが毎日のルーティーン。
朝はもちろん自分で起きるし、弁当も自分で作る。
自分の分だけだけど。
兄弟とはとにかく関わらないようにしている。
それが何よりの自衛だった。
もう俺も15歳になる。
あの頃の子供じゃない。
それでも、あの時の心の隙間は今でも大きくなり続けている。
何をしても心は満たされない。
あきなやまゆもたくさん満たしてくれるけど。
多分、この隙間は兄でないと埋まらないのだ。
これだけ嫌っているのに結局は兄を渇望している自分に辟易としながら、また学校へと向かった。
ついに、1月になった。
もういよいよ受験だ。
晴は最難関の高校を受けるらしい。
俺は、まあまあ遠くて、まあまあ難関の、あきなと同じ学校を受けることにした。
三者面談で、もっと高いレベルを目指せるとか言われたけど無視した。
確かに、うちのすぐそこには晴の受ける最難関の高校がある。
兄ちゃんたちはそこを出ているし、多分晴も受かるだろう。
俺も行けない成績ではない。
でも、そこに行ったら家は出れないし、あきなとも離れ離れだ。
それだけは嫌だった。
だから、まあまあ遠くて、しかも寮があって、まあまあ難関の学校にした。
それと、受験方法。
俺らは、推薦で受けることにした。
まゆゆの孤児院だけじゃなく、それ関連の様々なボランティアに参加していたし、ご覧の通り元気なわけで、3年間無遅刻無欠席だった。
ついでに、俺はあきなと生徒会をしていた。
推薦するのに十分な人材だったわけで、校内選考も余裕で通過。
まゆゆは一般で同じ学校を受ける。
まあ多分受かるだろう。頭いいし。
晴も、推薦で受けるらしい。
晴も生徒会をやっていたし、成績は言うこと無し、生活態度も満点だ。
そして当日。
晴は、割とうまくできたかも、なんて笑っていた。
それを聞いて、兄ちゃんたちはにこにこしていた。
でも、俺は正直、自信がなかった。
あきなはいけた!と笑顔だったけど。
俺は元来自信家じゃないし。
まあそれを言ってもって感じなんで、兄には何も言わなかったが。
というか、俺は基本家で喋らないし。
晴はまあ受かってるだろ、というのが全体の見解だった。
でも、やっぱり受験って分からない。
予想に反し、俺とあきなは受かった。
受かったと分かって、俺とあきなは抱き合って喜んだ。
帰りには一直線にまゆのところに行って、報告した。
まゆも、職員の人たちも、ちびっこたちもみんな祝ってくれて、たくさん褒めてくれて、珍しく泣きそうになった。
だから油断した。
期待するな、って思ってたのに。
兄ちゃんたちも褒めてくれるかも、って思ってしまった。
「っただいま、」
うちに帰ると、晴の泣き声が聞こえてきた。
それと、慰める兄ちゃんたちの声。
そこで察してしまった。
あ、これ晴落ちたんや、って。
晴は、元々体が弱く欠席が多かったため、そこが減点されてしまったのだ。
推薦資格には、3年間で欠席した日数も含まれる。
仕方ないと言えば仕方なかったけど、はいそうですかと易々と受け入れられるものではない。
逆に言えば、欠席日数以外は完璧だったのだから。
これを聞いて、正直俺は、ざまあ、と思ってしまった。
ちっちゃい頃から、晴はよく体調を崩して兄を独り占めしていた。
独り占めなんて言い方よくないかもしれないが、当時は本当にそう思っていたのだ。
ご飯のリクエストだって俺のは聞いてくれないし、晴ばっかり優先するし。
何かあったら「お兄ちゃんでしょ」って。
晴は腹違いの兄弟で、俺らが5歳のときにきた。
事故で父母が亡くなったとき、引き取り先がうちになったのだ。
兄もよく気を遣っていて、それが俺を蔑ろにすることに繋がった。
兄ちゃんになれないよ、俺。
俺をみてよ。
俺の話聞いて。
こんなことがあったの。
あれ食べたい。
これほしい。
そんな思いを押し込めて、押し込められて育ってきた。
全部全部晴優先。
俺は晴に全部取られた。奪われた。
だから、だから。
ずっっと大事にされてきて、だいっっきらいな晴が、あんなに悔しそうに泣いているのが、嬉しかった。
そんなの悪いやつだ、って思うけど。
どう頑張っても、口角は下がらなかった。
俺が受かって、晴は落ちた。
晴がこの家に来て初めて、勝てたような気がした。
だから、少し先走ってしまって。
思わず、自分から話しかけてしまった。
「な、なぁ。」
「ぁ、みなと、おかえり。」
「あのさ、俺、」
「なに?」
「受かった、よ、推薦」
「…!!」
それを聞いて、晴は一層唇を噛み、涙を流し始めた。
兄ちゃんたちは焦ったように晴を慰める。
その姿は俺に罪悪感じゃなく、優越感を作り出した。
でも。
「っ!」
ぱしん、と高い音が自分の頬から鳴ったと思えば、大声で怒鳴られた。
「っみなと!!今、晴の姿を見て察せられなかったんですか!!」
「…みなと、今のはないよ。
受かって嬉しいのは分かるけど、空気くらい読めないの?
一応、同じ受験生でしょ。
…それに、」
次にくる言葉は分かりきっていた。
「「みなとはお兄ちゃんでしょ」」
じんじんと熱を放つ頬が痛い。
兄ちゃんたちから真っ向に向けられる怒りが怖い。
…褒めて、もらえなかった。
おめでとうって、いってくれなかった。
おこられた。
晴はたしかにがんばってた。
俺だって、がんばって、それで、それで、
同じ、兄弟なのに。
やっぱり晴しか、見てくれないんだ。
「晴、ごめん、本当。
空気読めてなかった、
周り見れてなかった。
同じ受験生なのに、気持ち分かんなきゃなのに。
晴いっぱい頑張ってたのに、ごめん
兄ちゃんたちもごめんなさい。
空気悪くしちゃった。
ちょっと頭冷やしてくるわ」
あえて瞳を潤ませ、俯き、でもごめんって言うときだけ前を向く。
眉は下げて、兄ちゃんたちが言ったことを上手く取り入れて。
なんでって叫ぶ心は押し込める。
これが、怒られない謝罪。
俺がこの10年で学んだこと。
でも、でも、今日だけは。
潤んだ瞳は本物だった。
鍵と財布の入った鞄だけ持って家を出た。
あ、スマホ、って思ったけど無視した。
もういいや。
こんなに気持ちが制御できなくなったのは、何年振りだろうか。
走った。
もう日は沈んでいて、道を照らすのは電灯だけだ。
音が鳴らないように気を付けて、走る。
目から流れる涙は知らないふりをした。
どうしよう。
どこいこう。
もう分かんなくなって、立ち止まったとき、ふと2人の顔が浮かんだ。
あきな。
まゆゆ。
でも、今あきなは頼れない。
あきなは信頼する家族がいる。
しかも今はお祝いだろう。
「…まゆゆ、」
急いでまゆのところに向かった。
「…で、俺のとこに来たのね」
「ん、」
突然来たのにも関わらず、まゆも、職員さんたちも明るく迎えてくれた。
なんならちびっこたちは喜んでくれて、一緒に夜ご飯まで食べさせてくれた。
ぽっかりと空いた心がほんの少し、満たされた気がした。
「…まあ俺はとやかく言うつもりはないよ。
君ら家族の問題だから。」
「うん、」
まゆゆは柄にもなく、俺の頭を優しく撫でてくれた。
「…今日、うち泊まってく?」
「…え?」
「いや、だからうち泊まってく?」
休日によく泊まらせてもらっているから、着替えなどは置いてある。
というか、今家に帰るのは嫌だった。
「…いいの、?」
「うん。ついでに言うとあきな来るよ」
「…え、!?」
「呼んどいた、」
ほい、と渡されたスマホにはもう着く!の文字があった。
「っえ、」
「ふわっち!!!!」
「…あきな、」
部屋に入ってきた勢いのまま、あきなが抱きついてきた。
ぽかんとしたまま抱き返すと、ぐりぐりと頭を押し付けられる。
「ふわっち、」
「うん」
「ふわっちは、ちゃんと頑張ってるよ」
「うん」
「ふわっちの家族が褒めてくれなかったなら、俺らが褒めるから」
「…うん」
「ふわっちの頑張りを知ってる人はいっぱいいるよ」
「…うん、」
「だからふわっち、」
「…ぅ、ん」
「泣かないで、」
「っ…」
言われるまで気付かなかった。
自分が泣いているなんて。
自分が泣くほど、傷付いていたなんて。
俺、ずーっと子供のままじゃん。
自分を見てもらえないのが悲しくて、寂しくて、
その気持ちをうまく言葉にできなくて、
でも気付いてほしくて、
泣いて、泣いて、泣きじゃくって。
行き場のない空しさを怒りに変えて、
それだけを支柱にして生きてきて。
俺自身はなんにもない、空っぽのまんま。
それでも、
今は俺を見てくれる仲間が居る。
それが嬉しくて、でも家族じゃないのがやっぱり淋しくて。
自分の感情が制御できなくて、只管に縋った。
もうすっかり慣れた柔軟剤の香りが優しい。
ぎこちなく頭を撫でる手が温かい。
微睡みのはずが、気付けばしっかり寝てしまっていた。
起きたのは次の日の10時で、お寝坊さんだねぇって職員さんに笑われた。
左右の手はそれぞれあきなとまゆに繋がれていて、2人は愛おしそうにこっちを見ていた。
おはよ、って大切に思ってくれているのが分かるその声音に、また涙が出そうになった。
なんとか堪えて言った「おはよう」に、ここのみんなは明るく返してくれた。
それだけで俺は十分だった。
土曜、日曜と泊まって、明日は月曜。
流石にもう帰ることにした。
推薦合格した以上、学校は休めない。
「ねえふわっち、ほんとに大丈夫?」
「うん、言うても家出るまで2ヶ月ないし。
放課後遊んで、休日も遊べばすぐやろ」
「…じゃあ、朝、俺が迎えに行くから」
「え、俺んちまで?」
「うん、やっぱり俺ふわっちが心配だよ」
「んー、でもそれは俺あきなが心配かも」
「どっちもどっちじゃん笑」
「さすがにかぁ」
まゆは気にしないでって言ってくれたけど、お世話になりっぱなしは嫌でたくさんお手伝いをした。
ありがとうねぇ、って、自分の頑張りをすぐに肯定してくれる環境はもはや甘すぎて毒のようだった。
だからもう暫くは耐えられる。
あの地獄に等しい家の中でも。
「じゃあまた明日。
家の中間地点…の、コンビニで会お」
「おけ。じゃまた明日。」
「…やっぱ俺、送ってくよ」
「え、俺んちまで?」
「うん、」
「…ぁえー、でもなぁ、」
「お願い、俺、これくらいしか出来ないから」
「これくらいって、…
あきなは居てくれるだけで救いだから、」
「じゃあ尚更!ギリギリまで愛しのあきなちゃんが居てあげるっ」
「んふ笑
じゃあお願いします、」
「よし!れっつご!」
あきなと2人で歩く道は、とっくに暗いはずなのに明るく見えた。
信頼出来る人が居るだけで、こんなにも景色は変わるものなのか。
10分以上かかる道も、あっという間だった。
「じゃね、ふわっち」
「ん、ありがとね」
不安そうに何度も振り返るあきなに手を振り、家に向き直った。
深呼吸1つ、手には2人とお揃いのキーホルダー。
鍵を静かに開け、扉を押し開ける。
ほんの小さな声に、明るそうな「みなと」の声を乗せて言う。
「ただいまぁ」
いつもは晴から返事が返ってくるが、今日は空気に溶けただけだった。
リビングには兄ちゃんたちが居るはずなのに。
寂しくはあるけど、空しくはない。
どうせもうすぐ、この生活とはおさらばだから。
荷物を置き、手を洗う。
風呂はまゆんとこで入ってきたし、ご飯も食べてきたから、あとは寝るだけだ。
明かりのついたリビングを見ることもなく通り過ぎる。
部屋に上がろうと階段に足をかけたとき、低い声が響いた。
「湊、こちらへ来なさい」
あ、これ、めっっちゃ怒っとる。
思わず出かけたため息を飲み込んで、顔を覗かせる。
射殺すように2対の目がこちらを見ていた。
逃げられない感じか、これ。
「…はい、」
反省して、居たたまれないような雰囲気を出す。
俯きがちになり、拳を握り締めれば完成。
ここに居るのは「2人の望むいい子の湊」だ。
ゆっくり近付いて、ソファーに座るのも、って悩んでる感じで立つ。
そしたらーー
「座りなさい」
ほら、兄ちゃんはこう言うでしょ?
大丈夫、シナリオ通り。
ここからは流れでいける。
絶対にボロを出すな。
反抗的な態度は見せるな。
晴を第一に考えろ。
いい子の湊を演じ切れ。
少し顔を上げると、ハヤトが口を開いた。
「…今まで、何処に行ってたかは聞いています。
黛さんの所ですよね?」
「…はい、」
「いつものようにボランティアをしてくれて助かった、とも聞いています」
…まゆ、言ってたんだ。
有難い、説明の手間が省けただけでもずっと楽だ。
「他人様に迷惑を掛けなかったのは良しとします」
「…」
静かに頷く。
遠慮がちに。
これでよかったのかな、みたいな感じ。
決して、俺頑張ったみたいな雰囲気を出してはいけない。
反省してます、ごめんなさい。
そんな俺の態度を見て、今まで黙っていたもう一人の兄が口を開く。
「…湊はさ、そういう配慮というか、気遣いが上手だよね。」
「…」
予想外の言葉に思わず固まってしまう。
兄ちゃんが、褒めた?
俺を?
…いや、喜ぶな。
褒められるのが当たり前だと思うな。
対価を求めるな。
そうだ、これはきっと嫌味だ。
嫌味は、この兄ちゃんの大得意分野だろう。
「…」
静かに首を振っておく。
そんなことないです、というように。
そんな俺を見て、兄ちゃんは困ったように顔を見合わせていた。
いや、今まであんな怒っとったやん。
急に何。
もちろんそんなこと顔には出さない。
突然黙った2人を心配するように、少し顔を伺う。
「…ねぇ、湊。
僕らになんか言っときたいこと、ない?」
「言っときたい、こと…」
えぇ、?
言っときたいことって、何?
どういう意図でこんな質問してるの?
普段とあまりに違う2人の態度に、もうパニック寸前だった。
でもきっと、これは謝るのが最適だろう。
晴にごめんなさい。空気悪くしてごめんなさい。
これですぐ終わりのはず。
「晴のこと、なんも考えずに発言してごめんなさい。
晴があんなに頑張っとったの知ってたのに。
自分のことしか考えないで、周り見えてなかった。
同じ受験生なのに。同い年の、兄弟なのに。
なんも晴のこと考えられてなかった。
今すぐ晴にも謝りたい。
2人にも、迷惑かけてごめんなさい。
俺のことはもう気にしなくていいから、晴のこと最後まで支えたって。
俺も出来るだけ家におらんようにする。
邪魔しないようにするから、晴をお願いします。」
2人の目をなるべく真っ直ぐに見つめ、最後に思い切り頭を下げる。
手をきゅっと握り締め、頭は2人が言うまで上げないようにするか。
…こんなんで、良かっただろうか。
なんか内容被ってるような気がしなくもないが。
まあでも、2人の望むことは言えたような気がする。
晴のフォローも完璧だし、今後の対応についても言及してるし。
言い訳もせず、ちゃんと謝ってるし。
素直でいい子。大丈夫、出来てる。
「…うん、それは、そうなんだけど」
なんというか、ね。
そう言わんばかりの空気だ。
兄2人の気配がより困った感じになっている。
…どうする、べきだろうか。
こんなこと、今までなかったのに。
謝ったら、そうだねって解放してくれたじゃん。
なんで、?
「とりあえず、顔を上げてください」
数秒かけて、ゆっくり躊躇うように顔を上げる。
「質問を変えます。
私たち、というかなんというか…」
「僕ら兄ちゃんたちに対して、弟の湊が言っときたいこと、ある?」
…弟、として?
今更?てかなに?
ほんとこれこそ意味分かんないんだけど。
これの模範解答って?
…とりあえず晴出しとけばいいか。
「…晴が志望校に合格出来るように、俺じゃなくて晴を気にかけてやってください。
俺は自分のことは自分でやれるし、家事も家に居る間は俺がやるから」
だから、晴をお願い。
弟想いのお兄ちゃんを演じる。
2人の空気が若干揺らいだのを感じた。
…えぇ、これでもだめなん…?
「…湊。」
強めに名前を呼ばれ、弾かれるように顔を上げる。
「…はい、」
見えたのは、なんともいえない顔でこちらを見る兄ちゃんたち。
何かを言おうとして口を開けば、また閉じる、を繰り返していた。
正直もう部屋に帰りたい。かなり。
嫌いな奴と同じ空気を吸う程嫌なことはない。
「…ごめん、兄ちゃん。
こんなこと言うのもなんだけど、俺、けっこう疲れてて。
明日雨っぽいし、ちょっと調子良くなくて。
…もう、部屋戻って休んでもいい?」
ごめんなさい、と繰り返す。
納得しないような顔をしていたけど、こう言えば兄ちゃんが断れないのを知っている。
晴を休ませるのに、俺を休ませなければ、晴が怒るから。
「…えぇ、お大事に。」
「…湊、ご飯は」
「食べてきた。風呂も入ってきてるから大丈夫。
ありがとう」
笑顔で言って、2人に背を向ける。
何か言いたげな気配が強くなったが、振り返らない。
部屋に入った途端、やっと肩の力を抜けた。
晴の部屋からは明かりが漏れている。
まだ起きて勉強しているのだろう。
きっと晴は一般で受かるだろうが、あの性格だ。
1分1秒と努力を怠ることはないだろう。
…祝って、くれなかったな。
ちょっぴり痛む胸を無視して、布団に倒れ込む。
明日からまた頑張ろう。
力を抜けば、夢に落ちるまで一瞬だった。
あれからもう1ヶ月経ち、晴の受験は終わった。
もちろん晴は合格、なんなら首席。
まゆも、俺らと同じ学校に受かった。
結局、あの後兄弟揃う時間はなかった。
放課後は毎日まゆんちに寄って、夜ご飯はそこでみんなと作って食べたから、俺はとにかく家にいなかった。
それでも接触は避けられなくて、一度晴に謝られてしまった。
「…湊!ごめん、僕、あの日…」
「いいよ、晴頑張っとったもんな。
俺が悪かった。それはいいから、勉強頑張れ」
とにかく顔を合わせたくなくて、無理矢理話を切り上げた。
やっぱり晴は俺に懐いているようで、分からない。
…俺の演技にみーんな騙されてやんの。
だーれも、俺に気付けてない。
だーれも、俺を見ていない。
一般の合格発表の日も、俺はまゆのところにいた。
孤児院のみんなで俺らを祝ってくれて、まさに幸せの絶頂だった。
家に帰ったのは10時前。
深呼吸1つ、手には2人とお揃いのキーホルダー。
「ただいま、」
うちに帰ると、3人の喜ぶ声が聞こえてきた。
そこで、晴が受かったんだって分かった。
3人も何かしらお祝いをしていたようで、豪華な料理を食べた跡が見受けられた。
寂しいとは思わなかった。
俺の心を満たしてくれる人に、祝ってもらえたから。
「…ぁ、湊!おかえり!!」
満面の笑みで迎えてくれた晴とは対照に、兄たちは少し気まずそうだった。
「おかえり、」
「おかえりなさい」
だから敢えて明るく言った。
「晴!受かったん??」
「うん!!受かったよ!!」
「頑張ったやん!!おめでとう!!」
本当は喋りたくもないし、おめでとうとも思えないけど、喜ぶ振りをする。
晴は合格を貰えたことでハイになっているのか、テンションが少しおかしかった。
「ご飯、もう食べてきた?」
「うん、まゆのところで。」
「そっかあ、まゆさんはどうだった?」
「合格だってさ」
「ほんと!?おめでとうじゃん!!」
きゃらきゃらと笑う晴。
それを愛おしそうに見つめる兄たち。
…それはまるで、3人兄弟のようだった。
本当に自然な、3人兄弟。
元から3人だったのだとしか思えない、大きな壁。
1枚フィルターがかかったように見えた。
「…みなと?」
「…ぁ、なに?」
「んーん、ぼーってしてたから」
「…別なんもないよ、大丈夫。
じゃ、俺部屋戻るわ。晴、ほんとおめでと。」
「うん!ありがと!!」
おやすみ、と言おうとした晴の声を、何かが遮った。
「…湊!」
「…なに?どしたん、兄ちゃん」
半分だけ身を返して、笑顔で聞く。
もう話しかけてくんなという気持ちを込めながら。
「…晴も受かったわけだしさ、今度お祝い、しない?」
「…お祝い?」
「そうです。どこかに食べに行くでもいいですし、旅行に行くでもいいですし」
旅行!?僕、ハワイ行きたい~なんて晴がはしゃぐ。
でも俺は、ふざけんなって気持ちでいっぱいだった。
なんで俺が好きでお前らと旅行とか行かなあかんねん。
家で顔を合わせるのですら嫌なのに。
いつまでも俺を拘束しようとしてくるのが鬱陶しかった。
もうすぐ、この地獄は終わりだし。
もういいかな、って思ってしまった。
「…俺はいいや。
入学前の課題終わってないし。
てか引っ越しの準備で忙しいかも、」
「…引っ越し?」
ぴき、と空気が固まったのを感じた。
特に晴。
「…湊、引っ越すの?」
ぷるぷると震えながら聞いてきた。
「引っ越すってか、寮。」
あっけらかんと答える。
気にしてるのはお前らだけだ。
「待ってください、湊。
引っ越しってそんなすぐなんですか?
というか、業者の手続きとか…」
「もう…4日後。
あと業者とかは大丈夫。学校側に取り合ってあるし。
荷造りもほぼ終わってるから」
嘘、というようにこちらを見てくる3人を置いて、部屋に戻った。
俺が渡したプリントすら見てくれてなかったんか、って、またちょっと寂しいけど。
もう今日は夜だし、最後の1日は荷出しと移動で終わるだろう。
だから実質、ここで過ごすのはあと2日。
2日、2日。
心の中で呟いて、思わず笑みが溢れる。
10年。本当に長かった。
よく耐えたなって自分を褒めた。
明日はあきなとまゆと遊んで、そのままお泊まり会をする予定だ。
これからの楽しい生活に想いを馳せながら眠りについた。
「ねぇ嘘、湊、家出るの…?
兄ちゃんたちは知ってたの、?」
「…ごめんなさい、私、よく見ずに書類を書いてしまって…」
「ごめん、僕も書類に目を通してなかった」
というか。
「…そもそも、全然湊と話せて無かった」
息を吸う音が、静かなリビングに響いた。
2人とも思うところがあったのか、黙ったままだ。
お祝いムードから一転、お通夜ムードになってしまった。
「…とにかく、また明日考えましょう」
うん、って頷いて、ちょもちょもと片付けをした。
こうやって後回しにするのが、僕らの悪い所なのだと思う。
湊がお泊まり会の予定だったなんて知ったのはもう次の日のお昼で、結局僕らには話す時間がなかった。
話せないまま、最後の日になった。
「あきな!まゆ!おはー!!」
「ふわっちー!!はよー!!」
「不破くんおはよ、」
最後の日、湊の友達?が2人が手伝いに来た。
普段僕たちに見せるのとはまるで違う、
「本物の笑顔」というような顔で湊は笑っていた。
それが少し、寂しかった。
こっそり見ていたつもりが、ほっそりとした人と目が合ってしまった。
「ぁ、」
「…おはようございます。
不破くんの兄弟…?」
驚いたように湊がこちらを見てきた。
その目が、なんだか少し怖かった。
「おはよございます、湊の弟の晴…です」
「あ!晴さん!おはざます!」
生徒会で一緒だった明那が元気に返してくれた。
「…部屋、2階の奥。済んだら来て。」
湊が笑って言った。
声が凄んでるわけでも、というか笑ってるのに、それは圧があって怖かった。
「あー、ふわっちー!?
じゃ、また!俺ら手伝ってきます!」
「じゃ、」
それを見た2人は焦るように僕の前を去っていった。
湊の部屋からは、明るい声が聞こえてくる。
…湊って、あんな風に笑うんだ。
ほんとに全然、話せてなかったんだな。
近いと思っていた湊には、全く知らない顔があった。
午後を過ぎると、本格的に荷物の運び出しが始まった。
とは言ってもただの学生1人、しかも家具を運ぶわけでもないから、すぐに終わった。
もう何年も過ごしてきた部屋が、がらんとしていて、何故か少し淋しさを感じた。
もうここには居たくないって、何度も願ったのに。
放心したように部屋を見つめる俺の手を2人が引く。
「…ふわっち、いこ」
「…うん、」
存在証明の消えた部屋から踵を返し、外へ出る。
いざ玄関に辿り着いたとき、その瞳が揺れたのを見て、思わず声をかけた。
「…不破くん、最後に、挨拶してけば?」
「…挨拶?」
「うん。
今までありがとうございました、さよなら、って」
「さよなら…」
「そ。転校する友達とかやってたでしょ?
今のうちに、しっかりお別れしてきな」
「…お別れ、」
「そ。大丈夫、これが最後。」
「ふわっちなら大丈夫。」
「…分かった、言ってくる。
外で、待ってて」
「「うん」」
深呼吸1つ、手には2人とお揃いのキーホルダー。
このルーティンも今日が最後。
最後ってなると、どんなに嫌なものでも名残惜しくなってくる。
きっとあの3人はリビングに居るだろう。
「兄ちゃん、晴、いる?」
努めて明るい声で。
明るくて元気な「みなと」の声で。
「いるよー!」
晴がひょっこりと覗いて、手招きしてくる。
笑顔で応えながらリビングへ向かう。
兄ちゃんたちは珍しく緊張したようにこちらを見ていた。
「もう、荷出しは終わりましたか?」
「うん。2人が手伝ってくれたからね」
「三枝さんと黛さんですか」
「うん」
2人の顔を思い浮かべると、思わず顔が緩む。
それに何故か驚いたような顔で兄がこちらを見てきた。
「…出立は何時頃ですか?」
「何時頃、ってか、今。」
「え、今?」
「うん、もう2人外に待たせてるし。」
「幾らなんでも早すぎじゃ、」
「ちょっと待ってよ湊!?僕聞いてないって!」
「聞いてないも何も、言っとらんもん」
「何でそんな大切なことを伝えないんですか!?」
「湊、僕だって聞いてないんだけど。」
「うん、ごめん」
「ちょっと遅らせるとかできな」
「ごめん、ほんと。
2人、もう結構待たせちゃってるからさ。
今までお世話になりました、本当にありがとう。
さよなら、」
「湊!」
焦ったように兄ちゃんが立ち上がった。
あんな焦ってるの、晴が倒れたときくらいしか見たことない。
動揺してる姿を見ると正直、気持ちよかった。
やっぱ何も知らないんやね、って。
俺、一応言ってたんだけどなぁ。
ただ、みんなが聞いてなくて覚えてなかっただけなのに。
また顔を出した醜い心を押し込める。
とやかく言われる前に背を向けた。
何か言ってきているが無視をする。
途中から涙が溢れてくるのを感じて、思わず走り出した。
体重をかけてドアを開けて、外に出る。
驚いたようだった2人は俺の顔を見て、すぐに覚悟を決めたような顔になった。
「ふわっち、いくよ」
頷きながら、キーホルダーを取った鍵をポストに投げ込む。
もう帰ってこない気持ちを込めて。
ありがとうとさようならを込めて。
2人が行く道を追いかける。
「湊!!」
後ろから泣き叫ぶような晴の声が聞こえてくる。
いい子の湊なら振り返っただろう。
兄ちゃんの望む湊なら。
でももう、俺はただの湊だ。
あいつらの家族でも兄弟でも、晴の兄ちゃん何でもない。
晴の声に、振り返ることはしなかった。