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鷹槻れん

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#極道
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月詠 涼
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(見つけた!)
てっきりいつもの悪趣味なセダンで現れるのかと思っていたら、黒のセダンというどこにでもいそうな車で、危うく見逃すところだった。
佐山文至はマスクをすると、ダウンジャケットのフードを目深に被って顔を隠す。さも寒くてそういう格好をしているのだという風を装ってポケットに手を突っ込んで、俯き加減。駐車場内に現れた細波が運転する車両を追い掛けた。周りには細波の車以外にも沢山の車両がある。傍目には自分の車を目指して駐車場内をうろついているように見えるはずだ。
やましいことがあるからだろうか。
細波は役所近くにも空きスペースがあるのにそちらへは行かず、あえて建物から離れた場所を選んで駐車した。その辺りは基本的に市役所へ用はないけれど、とりあえず駐車だけして他所へ行く人間が停めがちな場所だ。繁華街や商店街が近いこともあって、庁舎近くの駐車スペースほど人の往来は多くないが、駐車されている車自体は結構ある。
人目が少ない割に、車はそこそこ停まっているという現状は、佐山には好都合に思えた。
さも駐車場から出ていくような体で細波の車の傍を通り過ぎながら何気なく見たら、助手席に神田芽生の姿が見当たらない。一瞬焦ったけれど、よく見ると細波がミラー越しに後部シートへ視線を送っているのが分かった。
リアガラスはスモークが掛かっていて中が見えづらいけれど、うっすらと人影が見えるから、恐らく彼女はそこだろう。
エンジンが切られたが、姐さんはおろか、細波すら降りてくる気配がないことに佐山は(おや?)と首を傾げた。佐山の知る神田芽生という女性は、車が停車して集中ドアロックが解除されるなり、運転席と一番離れた場所――助手席側の後部ドア――から逃げ出すだろうと当たりを付けていたのだが、何かおかしい。
(もしかして……チャイルドロックか?)
組の車も、京介が普段乗っている黒塗りのセダン以外はそれが掛けてあるのを思い出して、(細波のヤロー、ガキもいねぇくせに用意周到なことだな)と舌打ちせずにはいられない。
相良組でも、たまに招かれざる客を車内へご招待することがあるから、下手に逃げられないようにするため、チャイルドロックが掛けてある。
それを思い出して苦々しい気持ちが込み上げた佐山だ。
細波のヤローは、大企業に勤めているだけあって、悪知恵だけは人一倍働くらしい。
佐山は不自然にならないよう一旦細波の車の傍を通り過ぎて……そのついでのようにふとナンバーを見やれば、ひらがなの部分が「わ」だった。
(レンタカーか)
わざわざこのためだけに借りたんだろうか? 確かに細波が普段乗っている金ピカの車では目立ちすぎることを思えば、これが綿密に練られた計画的犯行だと分かって、苦々しい思いが込み上げる。
佐山は細波鳴矢という男が、何故そこまで姐さんに固執するのか分からない。分からないが、やることはひとつだけだ。
(姐さんを無事確保しねぇと)
佐山は細波の車の隣に駐車された車の陰にしゃがみ込むと、細波が車から降りるタイミングをじっと窺った。
何やら後部シートの姐さんと話していた細波が、彼女のものと思しき鞄を受け取って助手席に置くなり、ドアを開けて車から降りてくる。
(今だ!)
それと同時、佐山は車の陰から飛び出して、ガン! と思い切りドアを蹴りつけて細波をドアと車体の間に挟んだ。そのまま突然の衝撃と痛みに怯んだ細波の髪の毛を掴んで額を思い切り車のルーフ縁に何度もぶつける。細波の額が割れようが知ったことじゃないという勢いで思い切り頭を打ち付けたからだろう。脳震盪を起こした様子の細波の首根っこを引いて地面へ仰向けに転がすと、股間目掛けて足を振り下ろした。
実際そこまでする必要はなかったのかも知れないが、大事な姐さんに酷いことをした以上、相手が堅気だろうが何だろうが容赦する必要はない。
落とし前はつけさせてもらう。
泡を吹いて気絶した細波を一瞥すると、こういう時のために常備してある結束バンドで、後ろ手に細波の左右の手の親指同士をギュッと引き結んだ。こうしておけば、下手に手首を縛るより拘束力があることを、佐山は経験から知っていた。
***
てっきり細波に車外へ引きずり出されると思っていた芽生は、彼が運転席を出た途端ガン!っという音とともに車が思い切り揺れてビクッと身体を跳ねさせた。
窓越しに外を見遣れば、マスクをしてフードを被った男が細波を痛めつけているところで――。暴力沙汰に慣れていない芽生は、思わず目をつぶって殿様の入った紙袋を抱え込むようにしてリアシートにうずくまると、両耳を塞いで外の様子を見ない、聞かない……を決めこんだ。
顔を寄せた紙袋の中からは殿様の排泄物と吐しゃ物のニオイがしてくる。また下痢と嘔吐をしたんだろう。
一刻も早く動物病院へ行かないといけないのに、さっき細波が言った通り、中からはどんなにドアノブを引いてみても、開きそうにない。
芽生が懸命にドアと格闘している間に、外では細波が地面に転がっていた。
フードの男はこちらに背中を向けていて顔が見えないけれど、京介じゃないことだけは確かだ。だが状況的に見て、京介が手配してくれた誰かが助けに来てくれたに違いないと判断した芽生は、怖さも忘れて殿様を助けたい一心。中から懸命に窓ガラスを叩いて存在をアピールした。
太ももの上に載せた袋の中で、殿様が「ニィ」と力なく鳴くから、気持ちばかりが急いた。
その音に細波の上に屈み込んでいた男がこちらを向いて――。
「ブンブン!」
マスクとフードに隠れて目だけしか見えなかったけれど、芽生はそれが佐山文至だと確信した。
***
細波を制圧したついで、彼の懐から折りたたまれた婚姻届を引きずり出した佐山は、窓ガラスを叩く音に車の方を振り向いた。
スモークガラス仕様ではっきりとは見えないが、そこにいるのは確かに神田芽生で、その雰囲気から彼女の無事を確認した佐山は、ホッと胸を撫で下ろす。
手に付いた細波の血を婚姻届で無造作に拭ってパーカーのポケットへ突っ込むと、後部ドアを開けた。それと同時、中から芽生がまろび出てきて「ブンブン!」と佐山を涙目で見上げてくる。
そんな彼女の震える腕には紙袋が抱えられていて、中から何ともいえない生臭いにおいが漂ってきた。
「殿様が、殿様がっ」
要領を得ない物言いではあるけれど、京介から大体のことを聞いて把握している佐山は、どうしたものかと思案する。
細波をこのままここへ転がしておくのは得策ではないが、芽生の様子を見ると猫の容態は一刻を争うように思えた。使える車は細波のを入れると二台あるけれど、動かせるのは自分一人だ。しばし考えた佐山は、助手席から芽生の鞄を取って彼女に手渡すと、細波を引きずり起こして車のキーを奪う。そうしておいて、いま芽生が出てきたばかりの後部シートへ細波を転がすと一旦車のドアを閉めた。
「組の車取ってくるから少しだけ待っててくれるか?」
問えば芽生が不安そうに瞳を揺らせたけれど、「走って行ってくるから」と付け加える。言外に〝猫、あまり揺らさない方がいいだろ?〟と含めたのが伝わったみたいに芽生が頷いた。
ダッシュで車を取りに行って芽生の傍へ戻ってくると、ミニバンのリアハッチを開けて細波をそちら側へ移してから、芽生を助手席へ座るよう促す。
いつもなら後部シートに乗せるところだが、細波がリアシートのすぐ後ろにいることを考慮した形だ。
結束バンドで後ろ手に縛ってあるし、芽生に危害を加えることはないだろうが、大事を取るに越したことはない。緊急事態だし、カシラもきっと許してくれるはずだ。
「よし行くか」
最寄りの動物病院はここからでもやはり、芽生が探した『みしょう動物病院』みたいで――。
佐山は念のためスマートフォンのナビアプリで行き先をそこへ指定すると、芽生にカシラへ電話を掛けるように言う。佐山が掛けるより、芽生自身から無事を知らされた方がきっと、カシラも安心できると思ったからだ。
***
あと少しで市役所というところで、電話が鳴った。見れば、芽生からで、京介はすぐさま応答する。
『京ちゃ、私……』
電話口で声を震わせ、言葉を詰まらせる芽生に、京介は「無事でよかった」と吐息を落とした。
『うん。ブンブンが来て、くれた、から』
気持ち的に一杯一杯で、芽生は京介の前で佐山のことをあだ名で呼ばない方がいいと気が回らないんだろう。状況が状況だし、京介も今だけはそんな芽生に目をつぶったけれど、やはり現在位置が佐山と逆ならよかった、と思わずにはいられない。
(いや、芽生が助かったならそんなの別にどっちだっていいだろ!)
すぐさまそう思い直してみたものの、なんだか気持ちが釈然としない。
「で、猫は? 無事なのか?」
それを振り払うみたいに彼女がこんな目に遭った原因を口の端に登らせれば、芽生が途切れ途切れに言う。
『私がっ、一人で無駄に動いちゃったから……殿様、すぐに病院へ行けなくて……それでっ』
声を詰まらせながら泣きじゃくる芽生に、(まさか間に合わなかったのか?)と眉根を寄せた京介だったのだが、『今からブ、ンブンが……みしょう、動物、病院、に連れて行ってくれるって言ってくれて……それで……車に乗って移動してる』と続くから、「ってこたぁ、まだ生きてるんだな?」とすぐさま確認せずにはいられない。
『うん。吐い、たり……下痢したりしてる、けど……ニィニィ鳴いて、る』
芽生の言葉にホッと肩の力を抜くと、京介は「俺も病院向かうから、もうちっと頑張れるな?」と声音を和らげる。
運転席の石矢が、聞いたことのない優しい喋り方をする京介を一瞬だけルームミラー越しに確認したのだけれど、京介はそんな石矢の驚きにさえ気付けない。いつも気を張っている京介にしては珍しく、芽生と猫の無事に安堵して気が緩んでいたのだ。
***
荷台部分へ細波を拉致しているため、佐山は車を離れられなくて、芽生は待合室で一人、不安に押しつぶされそうになりながら殿様の入った袋を抱えて縮こまっていた。
一人ぼっちだからだろうか? もっと早く連れてこられていたら……と後悔ばかりが去来する。
(ごめんね)
心の中、何度目になるか分からない謝罪の言葉をつぶやいたと同時、入り口の自動ドアが開いて、「芽生!」と呼び掛けられた。その声に芽生が「京ちゃん」と涙目で立ち上がったのに合わせたように、「神田さん、殿様くん、第三診察室へお入りください」と呼び出しが掛かった。
犬猫のシルエットが描かれた札の貼られた第三診察室前には、芽生たちより先に来て待っている飼い主さんと犬猫の姿がいくつもあったけれど、病院側は殿様の方が、緊急性が高いと判断して他の患畜を飛ばす形で殿様を先に呼んでくれたのだろう。
院内には実際、『患者さんの容体によって、順番が前後する場合があります。あらかじめご了承ください』と貼り紙がしてあったけれど、芽生は実際に自分たちがそうしてもらえるとは思ってもいなかった。
突然のことに戸惑った涙目の芽生に、座っている飼い主さんらが色々察してくれたんだろう。「どうぞ」と促してくれるから、芽生は皆からの優しさが沁みて余計に泣いてしまった。さっきまで殿様のことを替えの利く道具ぐらいにしか思っていない細波と一緒だったから尚更、その思いは一入だ。
そんな芽生の肩をそっと抱くようにして、京介が他の飼い主らに丁寧に頭を下げてから、診察室のドアを開けてくれた。
診察の結果、下痢と嘔吐を散々繰り返していた殿様は脱水症状が酷く、かなり衰弱していた。体力のあまりない子猫というのもあって、一晩ほど入院することになったのだが、始終泣きっぱなしの芽生に代わって、京介が獣医師とのやり取りを淡々とこなしてくれて――。
芽生は、京介がいてくれて良かったと、心の底から感謝した。
***
動物病院から出ると、佐山と細波が乗ったミニバンは既に駐車場から姿を消していた。
芽生は、当然のように京介が乗ってきたセダンに乗せられて、石矢の運転で車が走り出す。
芽生が「お家に帰るの?」と聞くと、京介が「いや、その前にひとつ寄るところがある」と眉根を寄せるから、芽生はソワソワと落ち着かない。
「どこへ……寄るの?」
聞いても「ちょっとな」としか答えてくれないのは何故だろう?
窓外を流れる景色を見つめながら、芽生は(この道ってもしかして……)と思った。
コメント
2件
佐山さん、間に合ってよかった! 京ちゃんどこへ?
うわあああ!ブンブンかっこよすぎる😭💕 細波に落とし前つけるシーン、マジで胸熱すぎたよ!!婚姻届で血を拭うとことか細かい演出に痺れた〜!! 京ちゃんが電話で優しい声出すギャップ萌えもずるいし、「ちょっとな」っていう意味深なセリフが次回への期待めっちゃ高めてくるね…!! 殿様無事で本当によかった…一安心したよ🥺✨