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きゃー、キス!
京ちゃんが婚姻届を破り捨てた瞬間は鳥肌が立ちました。「こいつは俺のなんだわ」って、あの場で芽生ちゃんを抱きしめて宣言するのがもう……! 細波さんを前にした強引さと、でも芽生ちゃんへの「俺の嫁さんになるって約束してくれたよなぁ?」の甘さのギャップにやられました。長谷川社長が証人欄を埋めに来た展開も熱いです。次が気になりすぎます!
「京ちゃん、ここ」
問うまでもなく、ここは芽生が満十八歳になるまで過ごした場所――児童養護施設『陽だまり』――近くの駐車場である。
「カシラ!」
聞き慣れた声にそちらを見遣れば、馴染みのミニバンを背に、佐山が立っていた。
いつもの癖。つい「ブンブン!」と呼びかけようとして、即座に京介から睨まれた芽生は、「さ、やまさん」とぎこちなく言い直す。そんな芽生に佐山はチラリと視線を投げかけると、「姐……神田さん、猫、どうでしたか?」と心配そうに問うてきた。
芽生は佐山に、殿様を入院させてきたと告げると、助けに来てくれたこと、病院へ車を走らせてくれたことに改めて謝辞を述べる。
もちろん入院させたから安泰というわけではないけれど、「とりあえず一安心っすね」と佐山に吐息を落とされた芽生は、それだけで張り詰めていた緊張の糸がほぐれた。
みしょう動物病院でも感じたけれど、やはり細波の対応が異常だったのだと思えたことが純粋に嬉しかった。命に代えがあるだなんて、芽生は絶対に思いたくない。
「ところで京ちゃん、なんでここに……?」
京介はここで佐山と落ち合うために待ち合わせていたのだろうか? でも……だとしたらみしょう動物病院の前であのまま待っていてもらっていた方が良かったんじゃないだろうか?
京介と佐山を交互に見て小首を傾げた芽生に、京介が「あの男は?」と冷ややかな声音を放つ。
「そこへ」
佐山の声に視線を転じればミニバンのスモークガラス越し、細波と思しき人影が見えた。
はっきり見えるわけではないのに、そこに細波がいると思うだけで、芽生はギュッと身体に変な力が入るのを感じてしまう。
すぐさま芽生の変化に気付いた京介が「俺たちがついてる。大丈夫だ」と手を握ってくれた。
そうしておいて、京介が「なぁ芽生。お前はまだ俺と……」と言葉を濁らせてじっと芽生を見下ろしてくるから、芽生は大好きな男から視線が外せない。
「……?」
しばし見つめ合っていたら、その膠着状態を壊したいみたいに京介が懐から古めかしい封筒を取り出すのだ。
何となく既視感があるその封筒に、芽生が京介の手元をじっと見つめたら、京介が中から折り畳まれた紙片を引き抜いて芽生に差し出してきた。
「京ちゃん、これ……」
「お前が俺に預けてた婚姻届だ。――なぁ芽生。お前、まだ……これを俺と出してぇと思ってるか?」
京介がそれを未だに持っていてくれたことも、また今それを芽生の前で広げてそんな問いかけをしてくれたことも、芽生には何だか夢のように感じられた。
でも、
「出したい! 出したいに決まってる!」
これだけは、どんな状況だって変わらない事実だ。
***
芽生の返答を確認するなり京介は一度だけ頷いてから小さく吐息を落とすと、半ば無意識なんだろう。煙草を咥えて火をつけた。
京介がなにか心に負荷が掛かった時に煙草を吸うことを知っている佐山は、そんな京介を見てほんの少し緊張する。
「なぁ佐山。アイツから奪ったヤツは……」
「ここに」
鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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鷹槻れん

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月詠 涼
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ソワソワする芽生の目の前。佐山が京介へ血を拭ってぐしゃぐしゃになった紙片を渡すと、京介がそれを手にしたままミニバンの後部ドアを開けた。
「……っ!」
そうして見えた車内の様子に、芽生が息を呑んだのが見えた。
***
細波は口に猿轡を噛まされていて、モゴモゴトくぐもった声しか出せなくされていた。手も拘束されているのか、シートベルトは掛かっているけれど、不自然に両手が背中の方へ回ったまま。額に傷でも負ったのか、乾いた血が眉間の辺りまで流れてこびりついているのも、その際に打ち付けたのか顔全体がどことなく腫れぼったく見えるのも、芽生にはなんとも痛ましく思えた。
芽生は、いつも澄ました雰囲気で身綺麗にしている細波とは思えないその姿に、顔色一つ変えない京介の名を呼ばずにはいられなかった。
「京ちゃん……」
ギュッと京介の腕を掴んで瞳を揺らせたら、「すまねぇな。お前にゃちぃーと刺激が強いが、俺の陰に隠れてやり過ごしてくれ」と京介に謝られてしまう。
佐山に助けを求めて視線を投げかけても、静かに頷かれるだけで、芽生は今更のようにこれが京介や佐山にとっては〝日常のこと〟なのだと思い知らされた。
もちろん、罪もない殿様にされた悪行の数々を思うと、細波を懲らしめてやりたいという気持ちは芽生にだってある。
あるのだけれど――。
芽生はギュッと唇を引き結ぶと、京介が言ったように彼の背後に隠れてボロボロの細波を見ないことにした。
それはとても卑怯だと芽生自身分かっているけれど、今自分がどうこう動いたところで、きっと京介も佐山も聞く耳は持ってくれないだろう。
芽生の前では滅多なことでは煙草に火をつけない京介が、紫煙をくゆらせているのも芽生にこれ以上踏み込むなと言われているように感じられたから。
(目の前で、京ちゃんやブンブンが細波さんにこれ以上危害を加えるようなら止める!)
そう心に決めて、芽生はギュッとこぶしを握り締めた。
***
「細波さんよ、コレが何だか分かるよなぁ?」
京介は血が付いて薄汚れた【婚姻届】を細波の眼前に突き付ける。
細波が胡乱げな表情でこちらを見上げてくるのを、佐山が横から「返事」と低めた声で脅す。
佐山が細波へ声を掛けた途端、芽生が自分の背後で今にも暴力沙汰になるんじゃないかと身構えたのが分かった京介である。
細波は口を塞がれていて喋れないが、意思表示ぐらいは出来るはずだ。
すぐそばに芽生がいなければ頬を二~三発張るぐらいしたかもしれないが、一応に佐山も暗黙の了解でそれは我慢してくれているらしい。
ふぅーとわざとらしく細波に煙草の煙を吐き掛けながら、
「口、きけなくても頷くぐらいは出来るだろぉーが」
先ほどまでとは打って変わったさま。京介が押し殺したように声音を低めて、手にしたぐしゃぐしゃの婚姻届で細波の頬を二、三度叩いたら、細波がビクッと身体を跳ねさせてコクコクと首肯した。
さっきまで光を宿していないように見えた瞳が、恐怖からかしっかりと意志の光を宿しているのを確認した京介は、わざとらしく吐息交じり、煙草の煙を吐き出してみせる。
「テメェがうちの芽生を脅して書かせた【婚姻届】だよなぁ?」
京介の言葉に細波が涙目になりながらそれを認めるのを見下ろしながら、京介は怯えた目で自分を見上げてくる細波の眼前で、それをビリッと破り捨てる。
途端、細波が一瞬だけ前に身を乗り出そうとしたのを視線だけで制すると、京介は「芽生」と自分の背後へ呼び掛けた。
***
こんな時に不謹慎だけれど、京介に当たり前みたいに〝うちの芽生〟と言われたことにキュンと胸を高鳴らせてから、でも、もしかしたらそれは〝うちの娘〟みたいな意味かも知れないと思い直して一喜一憂の芽生である。
そんな折、突然京介に呼び掛けられて、芽生はビクッと身体を跳ねさせた。
それを細波に対する怯えと取られたのだろうか。京介に「大丈夫だ」と労られながらそっと手を引かれて前へ出たら、車の後部シートの細波と目が合った。
途端、まるで芽生に救いを求めるみたいに「うー、うー」とくぐもった声を上げながらこちらを見上げてきた細波に、芽生はどうしたらいいのか分からなくなる。
だが京介が、細波がそれ以上のアクションを起こす前に、芽生が所在なく手にしたままだった婚姻届を抜き取ってしまうから、芽生はそちらに意識を引っ張られた。
「あっ……」
さっきはまるでそれを一緒に出してくれそうな口ぶりだった京介だけど、思い起こしてみれば芽生の意向を確認しただけで、京介自身が芽生と婚姻を結んでもいいと言ってくれたわけでも……もっと言えばそれに匹敵するような甘い言葉を投げかけてくれたわけでもない。
また、京介に〝保管〟されてしまって……それこそ七年後――芽生が三十路を迎えるその日までお蔵入りになるのでは?
そう思い至ると、もともとそういう約束で京介に婚姻届を預けていたくせに、芽生はなんだかすごく悲しくなってしまう。
だが、京介は芽生の不安な想いとは裏腹。芽生の手から取り返した婚姻届を細波の前で広げて見せると、凶悪な顔で言うのだ。
「細波さんにゃー悪ーがな、芽生は俺のなんだわ」
京介の言葉に芽生が「えっ?」とつぶやくより早く、京介にグイッと引き寄せられて、芽生は自分の唇がほんの一瞬だけ京介の唇と触れ合ったのを感じた。
鼻先を掠めた煙草の香りに、芽生は京介との急接近を実感させられて心臓がバクバクする。
「なぁ芽生。お前は俺の嫁さんになるって約束してくれたよなぁ?」
京介の問い掛けに、芽生が突然のキス(?)にどぎまぎしながらもなんとかコクコク頷いたら、京介が芽生を腕の中へギュッと抱きしめた。
「俺も身内にすんならお前しかいねぇと思ってんだわ。――ま、そういうことだから、細波さん。こいつ娶んのは諦めてくれや」
京介にグッと頭を押さえつけられるように抱き締められて、芽生からは見えない。けれど芽生は自分を抱きしめてくれている京介が、細波にニヤリと挑発的に嘲笑い掛けている気がした。
京介の宣言に、細波がモガモガと猿轡を噛まされた口で何か言いたげに騒ぐ気配がして、佐山が「うるせぇよ」と言うなりバシッと何かを叩くような音がする。
芽生が、(細波が佐山に殴られたのでは?)と身じろいだら、京介の手にさらに力がこもって何が起こっているのかを確認することを出来なくされた。
「京、ちゃっ……!」
懸命に呼び掛ける芽生を無視する形。京介が佐山に「佐山。悪ぃーがいつもんトコで待っててくれるか? 俺もあとで行くから」と話し掛けて、「はい、分かりました」と佐山がすぐさまそれに応じる。続いて車のドアが閉められる音がするから、芽生は思わず京介が頭を押さえる手を振り解いて叫んだ。
「京ちゃん、細波さんはっ!」
「まぁ殺しゃしねぇから安心しろ」
芽生の言葉に、全然安心できないよ! という返しをしてくる京介を見上げて、この人はやっぱりヤクザさんなんだと今更のように実感させられた芽生である。
「でもっ」
さらに言い募って京介の拘束を解こうと藻掻く芽生の横、佐山が運転席に乗り込んで、ミニバンが駐車場を出て行ってしまう。細波はどこへ連れて行かれてしまうんだろう?
「ブンブン!」
思わずいつも通り、佐山のことをあだ名で呼んでしまった芽生だったけれど、きっと京介にもやましいことがあるからだろう。咎められなかった。
芽生が呆然と見つめる先、走り去っていくミニバンとすれ違う形で軽トラが一台こちらへ向かってやってくるのが見えて、京介が「来たな」とつぶやいた。
細波がどこへ連れて行かれたのか気になった芽生だったけれど、『長谷川建設』と書かれた軽トラが自分たちのすぐそばへ駐車されたことにも気を取られてしまう。
「おう、長谷川。わざわざ呼び立てしちまって悪かったな。静月ちゃん、一人で留守番、大丈夫か?」
運転席から降りてきた作業着姿の長谷川社長へ京介が労いの言葉を掛けるなり、長谷川社長がニヤリと笑った。
「まぁ内容が内容だからな。静月も頑張って事務所守るって言って、送り出してくれたよ」
長谷川社長のセリフに、京介がバツの悪そうな顔をするのは何故だろう?
そんな二人をオロオロと見比べる芽生に、長谷川社長が至極優しい笑みを向けてきた。
「神田さん、良かったね」
「えっ?」
何を喜ばれているのか分からなくて長谷川社長をキョトンと見上げたら、京介が手にしたままの婚姻届にちらりと視線を注がれる。
「あ、あの……長谷川さん、もしかして……」
「相良に頼まれてね。その書類の証人欄を埋めにきたんだよ」
眼鏡の奥。色素の薄い瞳を柔らかに細められて、芽生はブワリと頬が熱くなるのを感じた。
「一つは私が埋めるとして……ここへ呼び出したってことは――」
「ああ、もう一方は比田さんに書いてもらうつもりだ」
「あ、あのっ」
それはここ、児童養護施設『陽だまり』の創設者で施設長の比田真理先生のことだろうか?