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尊いです
私は胸に広がるざわつきを抱えたまま廊下を走っていた。
あの保健の先生——すち先生にべったりで、近頃は校内でも“2人は付き合ってる”なんて噂が飛び交っている。
当然、その話はみこと先生の耳にも入っているはずだ。
(……みこと先生、大丈夫かな)
心配になった私は、英語準備室へ向かう。
扉の前には既に他の生徒たちの姿があり、みこと先生を囲んで楽しそうに話していた。
「先生ってさ、すち先生とめっちゃ仲良しだよね?」
「ねぇねぇ、すち先生って本当は保健の先生と付き合ってるんでしょ?」
「結婚するって噂まであるよ? お似合い〜!」
その言葉に、みこと先生は困った笑顔を浮かべていた。
柔らかく見えるその表情の奥に、ふっと影が差す。
——悲しそうに伏せられるまつげが、胸に刺さる。
見ていられなくて、私は踵を返し、美術室へ向かった。
美術室の扉を開くと、白い光が柔らかく差し込む静かな空間の中で、 すち先生がキャンバスの前に立っていた。
そのそばには、保健の先生が妙に嬉しそうに並んでいる。
「すち先生!」
私は勢いよく駆け込む。
「相談があって……」
困ったように眉を寄せてみせると、保健の先生ははっとして、
「あ、あの、わ、私はこれで失礼しますっ!」
と慌てふためきながら部屋を飛び出していった。
扉が閉まると、すち先生はいつもの落ち着いた笑顔で私を見つめる。
「どうしたの? なにかあった?」
その声はあたたかくて安心感があった。
私は息を整え、意を決して話した。
「……みこと先生、最近元気がなくて。私たち の前では笑ってるんですけど、ふとした時、すごく悲しそうな顔をするんです」
すち先生の手が、微かに止まった。
「 すち先生ならみこと先生と仲良しだし……相談に乗ってあげられるかなって」
言い終えた瞬間、胸がどくんと跳ねた。
これは一種の賭けだった。
でも、言わずにはいられなかった。
すち先生は少し驚いたように目を瞬かせ、それからふっと優しく笑った。
「……教えてくれて、ありがとう」
その微笑みは、美術室に差し込む光よりもあたたかくて、 どこか切なさを含んでいた。
「みこと、そんな顔してるんだ……。気づけなかったな」
静かに呟くその声には、深い愛情と後悔が滲んでいた。
私は確信する。
——やっぱり、すち先生が一番、みこと先生を大切にしている。
夕暮れの裏庭は、校舎の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
私は人目を避けるようにこっそり歩きながら、すち先生の後をつけていた。
足音を立てないように注意しつつ、視線は裏庭の片隅にある木陰へ向ける。
そこに、みこと先生の姿があった。
ベンチに座り、肩を震わせながら顔を伏せている。
頬を伝う涙が、夕陽に反射して小さく光っていた。
その瞬間、私は胸がぎゅっとなった。
あの穏やかなみこと先生が、誰にも見せない弱さを抱えている。
そして、すち先生がゆっくりと歩み寄る。
「みこと……」
呼びかける声は、まるでそっと吹く風のように柔らかい。
みこと先生は咄嗟に顔を伏せ、手で涙を拭く。
「……す、すち……先生……っ」
すち先生はそんな様子を見逃さない。
「ごめん、不安にさせて」
そう言いながら、そっとみことを抱きしめる。
みことは驚きのあまり身体が硬直する。
「こ、ここ……学校だってば……!」
困惑する声も虚しく、すち先生は強く、しかし優しく抱きしめ続ける。
「場所なんか関係ない。みことの方が大事」
穏やかに、でも絶対に離さない意思を込めて。
みことの肩が小さく震える。
すち先生はゆっくりと頭を撫で、頬にそっと触れる。
「……保健の先生に告白された。でも俺はみことが好きだから ちゃんと断った。でも 恋人がいることを信じてもらえなさそうだからさ……次の休日、一緒に指輪買いに行こ?」
その言葉に、みこと先生の瞳に涙が溢れ、頬をつたう。
小さくこくんと頷くその仕草は、言葉以上に全てを伝えていた。
すち先生は微笑み、ぎゅっと抱きしめたまま後ろの木々を見上げる。
夕陽が二人を優しく照らし、裏庭全体が温かい空気に包まれていた。