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十五
一瞬の後、神白は目を覚ました。すぐに地面に目を遣り、自分がサッカー・コートにいると気づいた。
慌てて前方に視線を移した。試合開始直前なようで、相手チーム、白色のユニフォーム姿の二人がセンターサークル内にいた。その足下にはボールがある。
(敵は、微妙にユニフォームが違う気がするけどルアレか? そんで味方は──ヴァルサか。俺は今、ヴァルサのキーパーとして試合に出てるって訳かよ。エレナ、いったい俺に何をした? 催眠術ってレベルじゃあないぞ!)
驚嘆する神白は、相手ゴールの上方に目を遣った。八割方埋まった観客席とスタジアムの屋根とがあった。しかし屋根は透明の素材でできており、鉄骨の梁はどこにもなかった。
(屋根に支えが、ない? どんな技術を使ってるんだ よくは知らないけど、あれで保つのか?)
訝しむ神白は、次に観客席の椅子に着目する。屋根と同じ素材なのか椅子も無色透明で、流線型の滑らかなフォルムだった。スタジアムは全体的に未来を感じさせる様だった。
ピーッ! 高らかに笛の音が鳴り響き、神白は我に返った。ルアレの9番がちょんっとボールを突き、試合開始。
十六
キックオフ後のボール出しは11番が受けた。すぐに大きく助走を取り、右足を振り抜く。
(キックオフシュート! 舐めるな!)
高速シュートが飛来する。やや前に出ていた神白は、全力で退いた。
ボールがゴールに近づく。枠に飛んでいる。神白、フルパワーで跳躍。どうにか指先にボールを捉えて、倒れ込みながらも確保する。
(なんかよくわからないけど、サッカーの試合なのは間違いない。だったら手は抜けないな。抜いたら俺が俺じゃなくなる!)
闘志を燃やしつつ、神白は立ち上がった。すばやく周りを見渡す。左サイドバックの3番が空いている。
神白は速めのパスを出す。止めた3番は、すぐさま6番に転がした。6番は逆サイドへと展開する。
そこからパンパンと、ヴァルサはリズミカルにボールを回す。一人当たりのタッチ数は少なく、徹底的に意思の統一がなされていた。十一人が一つの生き物であるかのような印象さえ、神白は覚える。
相手に一度も触れられないまま、十一回目のパスが神白に渡る。位置はセンターサークルのわずかに自陣側。普段の神白だと取ることのないポジショニングである。
リスクの大きさはわかっているが、神白は爽快だった。栄光のヴァルサのパス・サッカーの一部になれて、気分は高揚していた。
(ここだ!)守備の綻びを見つけた。神白はすかさず、インステップで強く蹴り込む。
間隙を縫ってボールは進み、ヴァルサ8番が駆け寄る。背後の4番をちらりと視認し、振り向かずに右足でパスをいなした。
勢いそのままにパスは軌道が変わった。ルアレ4番は股を抜かれる。
7番が追いついた。シュートモーションに入る。敵の5番が滑り込む。
しかしフェイント。7番はスイングを止めて、とんっと真横に転がした。
ヴァルサの10番が走り寄る。完全なるフリー。力強く踏み込むと、右足でボールを捉えた。
ライナー性のシュートが飛んだ。キーパー跳躍。だが届かない。ゴール右隅に突き刺さる。
スタジアムが爆発した。10番は狂喜の表情で爆走する。ある時ふいに前方に跳ぶと、膝から下で地を滑る。止まった10番に味方が次々と駆け寄り、頭や身体をばしばしと叩いた。
(よし! 狙い通り!)神白はぐっと拳を握った。得点への寄与は経験が少なく、好セーブをした時とは違った充足感が神白を満たしていた。