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病室からでて家に帰る
いるまと住んでた家じゃなくて
父親がいる家へ
なつが玄関をそっと開けると、
湿気と古い酒の匂いが一気に鼻を突いた。
「……ただいま……」
ほとんど聞こえないような声。
聞こえてほしくない気持ちと、
聞こえなかったらもっと怖い気持ちが
ぐちゃぐちゃに混ざった声。
廊下の奥の居間から、
ガタン、と乱暴な音がした。
次の瞬間、
薄暗い部屋からぼんやりとした
影が現れる。
母親の遺影の横、
開けっぱなしの本棚にもたれかかり
ながら、
ウイスキーの瓶を片手にしたデカい男
――なつの父親だ。
「……あぁ?」
濁った目が、ゆっくり、なつを見た。
その視線だけで
なつの背中がぞわっと強張る。
小さい頃から何度も味わった恐怖が
条件反射みたいに身体を支配する。
「なんだ、やっと帰ってきたか……」
父親はゆっくり立ち上がり、
フラフラと近づいてくる。
「病院なんぞ行っとったくせに……
金だけはしっかり減っとるんだよなぁ…?」
なつの心臓がギュッとつかまれたように
苦しくなる。
――こいつだ。
――“いるまを守りきれなかった”
全部の元凶。
でも今逆らえば、また殴られる。
幼い頃から染み付いた恐怖は簡単には
消えない。
なつはぎゅっと拳を握って、
絞り出すように言った。
「っ……ごめん……」
謝りたくないのに、
謝らなきゃ殴られるから言ってしまう
最低の言葉。
父親は鼻で笑う。
「謝るくらいならよぉ… 金、返してみろよなぁ、てめぇのせいでよ
オレも仕事も家もめちゃくちゃなんだわ。」
――違う。
――全部お前のせいだ。
――母さんが死んだのも、
俺がこんな風になったのも。
でも言えない。
「……病院……出たばっかだから……ッ
働いて……返す……」
そう言うと、父親は急に腕を掴んできた。
強くて 皮膚がえぐれそうなほど。
「おう?働く?誰が許可した?
おまえは“俺の家”に金置いときゃ
いいんだよ。」
なつは息を呑む。
掴まれた腕が痛む。
昔殴られた場所の古い傷がうずく。
「いっ……痛い……っ」
そう言った瞬間、
父の表情がギロッと変わり、
手の力がさらに強くなる。
「うるせぇ。痛ぇくらい我慢しろ……ッ!
ガキの頃はもっと殴っても
泣かなかったろ……?」
その言葉で、
なつの頭の中に昔の光景が
フラッシュバックする。
流血。
怒号。
壁に投げられた自分。
なつは震える声で呟いた。
「……やだ……」
父親がピタッと動きを止める。
「……あぁ?」
「……やだ……もう痛いの……嫌……」
父親は一瞬黙った後、
にたりと笑う。
「あぁ……わかったわかった。
痛いのは嫌だよなぁ……」
その声が優しいトーンに変わった瞬間
――なつの背筋が凍った。
優しい声の後に来るのは、
いつも“最悪”だ。
「……じゃあ、殴られないように……
大人しく言うこと聞けよ。」
なつは唇を噛みしめた。
暴力は減っても、
支配はもっと深くなる。
逃げる道なんてどこにもない……
はずなのに。
――いるまの顔が浮かぶ。
記憶がなくても、
いるまは「少しずつ話して」と
言ってくれた。
その小さな言葉だけが、
まだ胸の中に灯っている。
「……いるま……」
なつは絞り出すように呟いた。
父親は聞いていない。
聞いていたとしても意味を
理解しないだろう。
けれど――
なつはもう一度、逃げる道を
考え始めていた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
次の日も病院に足を踏み入れる。
病室の扉をそっと開けた瞬間、
張り詰めた空気がなつの肌を刺した。
昨日と違うのは、
みんなの表情が“敵を見る目”に
なってることだった。
こさめは視線を逸らし、
らんは腕を組んだまま立っていた。
「……なつ、よく来れたね。」
静かな声。
でも空気は鋭い。
らんがいつもの優しい兄貴分ではなく、
“仲間を傷つけられた怒り”を
露骨に見せていた。
なつは足がすくむ。
「なつのせいで、いるまの治療費とか……
全部なくなってるって、
こさめから聞いた。」
部屋の空気がさらに重くなる。
こさめが小さくうつむいたまま、
震える声で付け足す。
「………」
すちも、みことも、
責めるような目でなつを見る。
なつの喉がぎゅっと詰まって、
声が出ない。
――違う。
――俺じゃない。
――父親だ。
そう言いたいのに、
昨日腕を掴まれた痛みと、
幼い頃の記憶が邪魔して一言も。
らんはため息をついた。
「言い訳あるなら聞いてやるよ。」
その“逃げ道”すら、
なつには地獄みたいに聞こえた。
父親のことを話したら、
また全部自分のせいで迷惑をかける。
でも黙っていれば、
“俺のせいでいるまが苦しんだ”
ことになる。
なつは手を震えさせながら、
かすれる声で言った。
「……俺……じゃ……ない……」
らんの眉がぴくっと動く。
「……は?」
「俺、じゃ……ない……
奪ったの……俺じゃ……ない……」
言葉にならない。
脳がパニックで震えて止まらない。
「っ……俺じゃないのに……
なんで……なんで俺が……っ」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
みことが口を押さえて泣きそうな顔に
なる。
すちも表情を曇らせる。
でも、らんだけは厳しい声で言った。
「じゃあ誰なんだよ。
……はっきり言えよ、なつ。」
言えない。
言えない。
父の存在を口にした瞬間、
また殴られる“あの日々”に戻ってしまう
気がして。
なつは頭を抱え、小さく震えた。
「……いえ……ない……
ごめん……ごめん……ごめんなざい……っ」
謝りたくないのに、
また謝ってしまう。
その様子を見ていたみことが、
らんの腕をつかんで小さく揺さぶる。
「……らんらん。
なっちゃん……なんか、ほんとに……
追い詰められてる顔してるよ……」
らんは歯を食いしばってなつを見る。
怒りと心配が混ざった、複雑な顔。
「……いい。今日はもう帰れ。
いるまも今は混乱してるし……
お前も状態ひどい。」
なつは涙を止められないまま、
ゆっくり立ち上がった。
背中が小さく震えていた。
扉に手を伸ばした瞬間――
眠っていたはずのいるまが、
薄く目を開けた。
「……なつ……?」
その声に、
なつはぴたりと動きを止めた。
記憶を失ったはずのいるまが、
どこか苦しそうに、
でも確かに“名前”を呼んだ。
その一言で、
なつの膝が少しだけ震え、
扉の前で立ち止まる。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
最近コメントいっぱい来て嬉しい🥹💖