遠藤が紹介してくれた本社での簡単な面接とテストを受け、合格した。
約束していたファミレスで、母と圭太と3人で食事をしながら離婚のことと、これからのことを報告する。
「あら、もうお仕事も決まったの?早いわね」
「うん、もともとやってたでしょ?アルバイト。そこでね臨時で雇ってもらえることになったの。うまくいけばそこで正社員になれそうだし」
「そう、若いっていいわね。そういうことがすぐに決まって。でも……」
お箸を持つ手を止めて、何やら心配そうに、私と圭太を交互に見る母。
「ん?なに?」
「圭太ちゃんと二人で暮らしていくって、大変なことよ」
「覚悟してるつもりなんだけど、実はちょっとだけ心細い。これまでも育児はほとんどワンオペだったけど、これからは本当に一人で圭太を守らなきゃいけないんだもんね」
「杏奈、離婚の理由は雅史さんの女性関係だけ?」
母に離婚しようとしている理由を訊かれて、あらためて考えてみる。
「一番はそれかな。でも、ただの浮気というか遊びだったら、知らないふりをしとこうと思ってたんだ。産後、私がちょっと受け入れられなくなってしまったから。でもね、自分で圭太を公園に連れて行ったのにね、浮気相手と連絡取ってて圭太から目を離して圭太が怪我をしてしまった、それが決定的な理由。だって、父親でしょ?圭太の。思い出すだけでも腹が立つの」
怒りの感情が湧き上がって、思わずフォークでサラダをブスッと刺してしまう。
「それは雅史さんの失態ね。でも、雅史さんと離婚の話はしたの?」
「連絡しても返事もないのよ、どういうつもりなんだか。それにお義母さんには、私が浮気したから家を出てきたとか話してるみたいだし」
「あちらのご両親はどんな反応をするかわからないけど、あなたたち夫婦のことなんだから、しっかり話し合って決めなさい。こんなとき力になれなくて、ごめんね」
先に離婚してしまって実家を出てしまったことを、私に謝る母。
「それは大丈夫。お母さんはお母さんの人生を生きてね。私も大人なんだから」
「そうね。あんなに小さかった子が今ではお母さんなんだもんね。ここおぼえてない?杏奈が小さかった頃、家族3人で、よくきたのよ。まさか、こんな形でここにまた来るなんて、想像もしてなかったわ」
そう言われて思い出した。
まだ、小さかった頃、外食といえばよくここに連れてきてもらっていたことを。
大人になって、まさかこんな話をするためにここに来るとは予想もしてなかった。
その夜。
圭太をお風呂に入れて、アルバイトのためにパソコンを立ち上げた時、スマホが義母からの着信を告げた。
一瞬、ためらったけれど、雅史からの返事がないので出ることにした。
『………そういうことだから、今週土曜、うちに来なさい。これまでのことはなかったことにしてもいいのよ、反省して雅史に謝罪して、これから先、うちの嫁としてきちんとしてくれるのならね。杏奈さんにとってもその方がいいでしょ?じゃ、2時に待ってるから』
と、言いたいことだけ告げたら、電話は切れた。
「私が謝罪?どういうことよっ!」
思わず声に出る。
ガタンと音がして、圭太が起きてきた。
「おかーたん、なぁに?」
眠い目をこすりながら、私を見上げる。
_____この子だけは私がしっかり守らないと!
「ごめんね、怖いテレビ見てたからつい声が出ちゃった」
ぎゅっと抱きしめる。
「うん。あっ!」
テレビに向かって圭太が駆け出して、卓上カレンダーを指差した。
「おかーたん、これ!」
今度の土曜日に大きな花丸を付けていたのを見つけたらしい。
その二つ隣の月曜日にも小さな花丸がある。
土曜日は圭太の、その二日後は雅史の誕生日で、忘れないように花丸を付けておいたのだった。
「そうか、圭太のお誕生日だね!3歳になるんだよ。大きなケーキ、用意するね」
「わぁーい🎵」
「だからね、今日はもう寝ようか」
_____なんてこと!話をしたいと義母に呼ばれた日が圭太の誕生日だったなんて
圭太に言われるまで私もうっかりしていたけど、雅史やましてやお義母さんはそんなこと少しも気にしていないのだろう。
「圭太の誕生日のお祝いは、ちゃんと、しないとね」
誰に言うともなく、呟く。
言い合いになるかもしれないけれど、もしかしたらこれが圭太の誕生日をみんなで祝う最後かもしれない気がした。
その二日後に、雅史の誕生日もある。
ケーキとプレゼントを用意して、圭太を連れて雅史の実家に行くことにした。
最大の問題は、雅史ではなく私が浮気したことになっているという誤解をどうやって解くか?
「はぁ…、仕方ないか」
そこは地道に説明するしかないだろうと、覚悟を決めた。
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