「こんにちは」
「おばーたん、けーただよ」
圭太は、玄関に靴を脱ぎ捨てて勢いよく入って行く。
_____雅史はどんなことを考えているのだろう?どんな顔で私を迎える?
私からの連絡には答えず、義母としか連絡をとっていないけれど、あの様子では間違いなく私が浮気したことになっているようだ。
義両親に怒鳴りつけられるかもしれないと、ドキドキしながら圭太の後を行く。
リビングでは義父がテレビの前にいて、雅史はダイニングにいた、何もなかったような顔で。
「あっ!おとーたん!」
「おっ!圭太、元気だったか?」
圭太のことが気になるなら、何故電話の一つもよこさないの?とそんな言葉を飲み込んで、抱えてきた荷物を置いた。
「わーい」
「うわっ、おっと!」
久しぶりの父親に、圭太は無邪気にはしゃいでいる。
そんな圭太を見ていると、父親としての雅史は必要なんだと思うけれど。
「圭太、しばらく見ない間に強くなったな」
「うん、だってもうしゃんしゃいだよ」
「え?」
何のことだ?と私を見る雅史に、がっかりしながら答える。
「今日で3歳よ、圭太の誕生日、あ、お義父さん、ご無沙汰してます」
振り返った義父にも挨拶をしたけれど、軽く会釈しただけでまたテレビ画面に視線をうつした。
「ダメだよ、聞こえてないんだから」
雅史が諦めたような表情をした。
義父は元々口数こそ少ないけれど、穏やかで優しい人なのに、耳が遠くなったことで雅史は実の父親を邪険に扱っている気がしてならない。
そういうところも、気になってしまう。
一度嫌なところを認めてしまうと、あれよあれよというまに、いろんなことが嫌なことに見えるのかもしれないけれど。
「さ、話を始めましょうか?」
義母がお茶を用意してくれたが、本格的な話はまだ後にしてもらう。
「あの、その前に少しだけ圭太の誕生日のお祝いをしたいんですが。お義父さんお義母さんも一緒に」
「え?」
義母がカレンダーを見た。
一瞬、ハッとした。
_____孫の誕生日を忘れていたの?
そう考えた私の気持ちがわかったのか、当たり前のような顔つきに変わった。
「圭太ちゃんの誕生日ってことは明後日は雅史の誕生日なのよね。杏奈さんは奥さんなんだから、まさか忘れてはいないわよねぇ?」
そう言われることは想定内だ。
「俺のことなんか……」
雅史が何か言おうとしたけれど。
「もちろんです。雅史さんにはプレゼントを用意してきました、それから大好きなエビフライも」
ケーキの箱と、紙袋からはタッパーとプレゼントを出した。
「お話の前に、二人の誕生日をお祝いしませんか?お話は長くなりそうなので」
「ばーたん、ケーキたべようよ、けーたと」
_____圭太にとっては、優しいおばあちゃんなんだろうな
誰だって孫は可愛いのだろう、たとえ嫁にはうるさくても。
「ま、まあ、そうね、それからでもいいわね」
「ええ、圭太もそのうちお昼寝をすると思うので」
圭太の前では言い合いはしたくないし、このメンバーで誕生日を祝うのもこれが最後かもしれないから、ちゃんとお祝いをして圭太の思い出にしてあげたかった。
もちろん離婚しても雅史が圭太の父親であることは変わらないし、会わせないつもりはないけれど、また女のことにかまけて圭太を雑に扱うようなことになるのは許さない。
_____そういうこともきちんと話し合って、なんなら書面に残しておかないといけない
ネットで調べた“後悔しない離婚のために”というコラムを思い出していた。
ケーキのロウソクを、やっとのことで吹き消す圭太。
「3歳おめでとう!」
「おめでとう、圭太ちゃん」
「しゃんしゃい、すごい」
ご満悦の圭太を見る雅史は、やはり父親の顔だ。
「これ、お父さんとお母さんからのプレゼントだよ」
圭太には、雅史と二人で用意したと伝えたい。
「おとーたんとおかーたん?」
雅史は意味がわかっていないのか、私を見ている。
_____わかりなさいよ、これくらいのこと!
苛立ちまぎれに睨んでしまった。
「そうだよ、きっと圭太がよろこぶと思ってお母さんと選んだんだよ」
なんとか合わせてくれた。
「わーい」
小さな手でプレゼントのラッピングをほどいていく。
用意したのは、最近圭太がわかるようになったヒーローの武器だ。
おそらく、雅史はそんなことも知らないだろうし、興味もないのだろうけれど。
ひとしきり遊ぶ圭太を見て、素直に“成長したな”なんて思った。
子どもはこうやって、だんだんと成長していくのに、どうして雅史は父親として成長しないのだろう?
母性と違って、父性はなかなか芽生えないというけれど、だからと言って子供をほったらかして他の女の相手をするなんて言語道断!
あの日、圭太が怪我をしたことを思い出したら、目の前のヘラヘラ笑う雅史を叩きたくなった。
_____抑えて、私!
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