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この学校は土曜授業をしていないとはいえ、学校には大勢の人がいる。
部活動にいそしむ生徒や、補習を受ける子。
教師も何名かは出勤している筈だ。
星歌が、気もそぞろといった風に校舎を凝視していたのは、義弟の姿が見えやしないか気になったからに他ならない。
翔太との会話をおざなりにしたことは自覚していた。
申し訳ないという思いはあるが、夕べ帰らなかった行人が気がかりという気持ちが上回ってしまったのだ。
しかし彼女は校門の向こうに、予想外の人物を見ることになる。
吹く風に揺らぐ儚げなその姿。優雅に宙を踊るのは、薄茶色の長い髪だ。ダサイと評判の制服をさりげなく着こなした背の高いその姿は、星歌にとってできれば今は見たくない少女であった。
義弟のスマートフォンの画面が脳裏に焼き付いている。
そこに白く光っていた名は──。
「ケイ!」
一瞬、固まる星歌。
違う、そんな名ではなかった筈。
見たくはないくせに、どうにも気になってしまうのは確かで、校門のあたりへジリジリと近付きつつ様子を伺う。
モデルのように背の高い女子高生は、昨日パン屋の横の道で転んでいた彼女であり、行人がとくに目をかけているように見えた人物で間違いない。
「名前で呼ばないでくださいっ!」
彼女は、どうやらひとりではないらしい。
「ケイ……石野谷、待ってくれ!」
そう叫んで制服の長袖の裾をつかむ手。
腕しか見えないが、大きく節が目立つその手は男のものだ。
ところどころ、赤や青の汚れが付いているのがみえる。
「石野谷、オレの話を聞いてくれ、な! な!」
そう、その名前。
液晶に浮かんでいた「石野谷」の文字。
石野谷ケイという名のその生徒は、どうやら男性に話しかけられ──いや、絡まれて困惑しているように見受けられた。
一瞬、その場で身を縮ませた星歌。
だが、振り払われても尚も彼女に伸びる手が、行人のものと違っていることに少なからず安堵していたのは事実。
部活動の生徒の登校時間にあたるのだろう。校門は開いている。
門柱の死角になるように徐々に近づいていったのは、単純な好奇心であった。
ふつふつと……よからぬ感情が込みあげる。
「な、なんだよ、あの子。モテまくりか。モテ自慢か。うらやま…いや、違うんだけどもね!」
たしかに美少女だけどねっ!
ちょっとだけだけどねっ──そう呟いたところで、嫌な自分にハタと我に返る。