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眩いスポットライトが、僕の燕尾服を白く焼き付ける。劇場の空気は、観客の熱狂と舞台装置のスモーク、そして独特の緊張感で飽和していた。
「レディース・アンド・ジェントルメン。今夜のフィナーレを飾りましょう」
僕はシルクハットの縁をなぞり、不敵に笑う。拍手が鳴り止むのを待つ数秒の間、僕は密かに指先の感覚を研ぎ澄ませた。マジシャンにとって、五感は最大の武器であり、タネを隠すための繊細なセンサーだ。
この道で生きていくと決めた時から、僕は「奇跡」という言葉を信じないことにしている。どんなに不可能に見える現象も、そこには必ず「タネ」がある。観客がそれを魔法だと呼びたがるのは、彼らが種明かしという野暮な現実から逃げたいからに過ぎない。
今夜の出し物は、僕の代名詞とも言える『次元脱出』。まだ二五歳の若造マジシャンがそれなりの成功を収めているのはこのマジックのおかげだ。
ステージ中央に置かれた、何の変哲もない鋼鉄の箱。鍵をかけ、鎖で縛り、さらに厚手のカーテンで覆う。
「三つ数える間に、僕は消えます」
箱の中に入り、内側から扉を閉めた。狭く、暗く、鉄の匂いが立ち込める空間。外側からもアシスタントが鎖を掛けているのが音でわかる。
僕は手慣れた所作で、この箱に仕掛けられた「物理法則の裏側」へと手を伸ばす。
「三」
深呼吸。心拍数を一定に保つ。
「二」
完璧に調整された「仕掛け」を作動させるタイミング。脳内に、この劇場の図面を完璧に投影する。マジシャンは常に、一歩先の空間に自分を配置していなければならない。
「一」
「仕掛け」の感覚に身を任せた。
本来なら、一瞬の暗闇の後に舞台裏の冷えた空気が肌を撫でるはずだった。数秒後には客席の後ろから扉を蹴破り、割れんばかりの喝采を浴びるはずだ。
「……?」
おかしい。
落とし穴に落ちたような浮遊感が、止まらない。視界が真っ白に塗りつぶされ、全身が強い力で圧縮されるような不快な感覚に襲われた。
まるで、巨大な掃除機に身体ごと吸い込まれるような感覚。劇場に満ちていたはずの声が遠ざかり、代わりに聞いたこともない「重い風の音」が鼓膜を震わせる。
(……機構のトラブルか……?)
意識が急速に薄れていく中、僕はマジシャンとしての冷静さを保とうと努めた。けれど、次に感じたのは劇場の絨毯ではなく、冷たく湿った岩の感触だった。
鼻腔を突くのは、土とカビの匂い。遠くで聞こえるのは、観客の拍手ではなく、滴り落ちる水の音。
(ここは……どこだ……?)
燕尾服の胸ポケットにあるトランプの感触を確認しながら、僕はゆっくりと意識を手放した。