コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
汐音さんと真由佳と、山崎さんが繋がっていることが、水萌の入念なリサーチのおかげで分かった。
一足早く、うちには、水萌に来て貰った。話す必要があったからだ。水萌は最初ウィッグを被っていたが、外して、わたしのことを驚かせてくれた。
トレードマークのパーマヘアが、なんということ……。夏木マリばりの大胆なイメチェンに驚いた。
「真由佳には内緒にしといてね」ウィッグをつけて水萌は笑った。「……にしても。気になることだらけだね。なんで、あんたの義理の妹と、真由佳と、あんたの職場の同僚が繋がっているのか……」
「そのことなんだけれど」とわたしはスマホを操作し、「汐音さんの過去のブログを探っていると。熱心な信者が結構いるんだよね……。
てっきり、主婦って。不倫する女を目の敵にしているのかと思ったら」と、自分の気持ちも振り返り、わたしは言う。「不倫する気持ちを赤裸々に打ち明ける汐音さんに、素敵、とか、羨ましい、とか言う女の人が結構いてね」
まるでカリスマ芸能人のごとく崇め奉られている様子に、率直に、面食らった。汐音さんのブログのコメント欄は賞賛の嵐で、アンチコメントなど、ごくわずか。
「そりゃそうだよ。……あんただって。好きなひとでも、いるんじゃない?」
言い当てられてドキッとした。その反応を、水萌は笑う。ああ、やっぱりね、と。
「道理で綺麗なわけだ。……そんなあんたに真由佳は嫉妬して、あんたの旦那を誘ったのかもしれないね。タイミングとしては、うちらの女子会の前だったのかもしれないけれど」
水萌にはまだ、すべてを話せてはいない。先ずは、手紙を送ってくれたこと。探偵めいた、真由佳の見張り役まで引き受けてくれたことに深く、礼を言った。
「確かに有香子のためではあるかもしれないけれど。……自分がしたかったことだから。友達が、友達を巻き込んでなにか、悪いことをしているのなら、知らないふりは出来ないし」さらりと水萌は語った。でも、それって、すごいことなんだよ。
「うちの夫は、わたしの妊娠中と、産後にも浮気をしていた可能性がある。……その相手が、真由佳や、山崎さんだった可能性も。
真由佳と山崎さんがどうやってうちの夫と繋がったのかは……謎だけれど」
「ああ、山崎さんとあんたの旦那は、むしろ、あんたよりも前に繋がっているよ?」
え、という声が喉の奥から漏れた。やっぱり知らなかったか、と水萌は複雑そうな面持ちで、
「むかーしmixiのコミュニティ覗いていたときに、結構ね。あんたの旦那と山崎さんが会話しているの、見ちゃったんだ」なんとまぁ、ミクシィとは、懐かしい言葉が出てきたものだ。「山崎さんって結構なインフルエンサーだったからいろんなひとと会話していて。人気あるひとだったんだよ」
「夫は東京のサポーターだけれど。山崎さんも、ってこと……?」
「そう」
「時間が足りないね」と水萌は腕時計を見た。「パーティーでみんなの様子を確かめてから、またあとで話そう」
確かに。パーティ開始の時間まで残り一時間と迫っていた。ケータリングの出迎えやセッティングなど、することが山積みだ。
「……ねえ。水萌」
「うん?」再びウィッグを被る水萌にふとわたしは尋ねた。
「もし。……真由佳がうちの夫と浮気をしていたら。水萌がわたしの立場だったら……どうする?」
不敵に笑って水萌は言った。「決まってんよ。ぶっ殺す」
* * *
「初めまして。畑山《はたやま》と言います。有香子の大学時代の友達です」
「初めまして。山崎と言います。有香子さんは職場でも優秀で。すごく、活躍されていますよ」
「……そう言われると友達として鼻が高いです」
てへ。
いや、照れてねーよ。……このふたり、元々は知り合いのくせしてなにをしらばっくれてるんだか。山崎さんと真由佳の寸劇に、わたしは白けた気持ちになった。
子どもたちは、トリックオアトリートを満喫した後は、詠史の部屋で、ゲームをしている。大人たちは談笑。
ひとは、集団となると、属性が近い者同士群れたがる性質があり。子どもたちは子どもたちで。男たちは男同士で。女子は女子たちで談笑している。
ほぼほぼ初対面の一同をどう絡ませようか、と思っていたら、中島さんや水萌がうまく会話を回してくれる。自然と全員の表情が緩む。……そういえば、真由佳は、いつも、わたしの大学時代の友達、って言うけれども。厳密には、真由佳は短大出身で、単純にわたしが大学生の時に合コンで知り合った友達なんだよね。
……もしかして、学歴コンプレックスとか?
わたしに対して劣等感を抱いている、それが、動機――なのか。
みんなの前で和やかに笑う真由佳の姿からは想像もつかない。彼女がわたしの知らないところでわたしを……裏切っているだなんて。
すこし、気分が悪くなり、部屋で休んでいると、ドアをノックする音がした。顔を覗かせたのは才我さんだ。「……大丈夫?」
わたしは起き上がり、「……大丈夫」
「お水持ってきたからよかったらどうぞ。――大丈夫じゃないひとに限って大丈夫、って言うんだよね。――辛い?」
うん。でも。これは、「……わたしが向き合わなければならない、避けては通れないプロセスだから。少し休んだらまた合流するわ。心配してくれてありがとう」
「有香子。……ぼくは、どんなことがあっても、きみの味方だから」
おでこにちゅ、とキスをくれて離れる才我さんを……名残惜しいような、複雑な気持ちで見送った。わたし、とことん、結婚する相手を、間違えたのかもしれない。
* * *
とりあえず、山崎さんと真由佳は、知らない他人同士を演じている、ということが分かった。
更には汐音さんも絡んでくるとは。ややこしい……。
パーティーの後片付けをひとりで済ませ、水萌や才我さんと話し合った後(みどりさんはZOOMで参加)、ひとり、部屋で、スマホで執念深く汐音さんのブログを辿って読んでいると。気になる文言を見つけた。
『そんなことないです』
『Hさんは頑張ってらっしゃいますね。もっと、自分を誇りに思ってもいいんですよ?』
『そんなことないです』……これ、ひょっとして……。
会社で彼女と交わした会話を思い返してみる。なんでもないです、そんなことありません、これは――彼女の口癖。
汐音さんのブログに熱心にコメントをくれているHさんと言う方は、書き込む文章の性質が……なんというか、非常に、似ている。やたらと自分を謙遜するところとか。ものすごく相手を持ち上げるところなんかも。
「これも、……なにかの材料になりそうだわ」スクショを撮って保存保存。決戦の日のために、材料は、可能な限り、集めて置いたほうがよい。
そして、間もなくして、わたしは、夫には、例のごとく、イヴには、詠史と広岡課長と外食をしてくる、と嘘をついて、かつ、義理両親を外食に誘った。――が、実は、レストランの予約なんかしておらず。元々わたしは、自分の宅にて、浮気相手と鉢合わせをするつもりだった。そのための伏線を張った。
場面は冒頭へと戻る。――夫の寝室のベッドの上にいたのは、山崎さんと、真由佳と、うちの夫の三人だった。
「な、なんでおまえが……おまえ今日は用事があるって」
うちの夫は、トランクス一枚を身につけているのが不幸中の幸いか。
「可哀そうだから録音だけにしておくわ」とわたしは録画をONにしたスマホを掲げたまま、「……にしても《《あなたたち》》だったなんてね。どう? なにも知らないわたしを裏切って気分がよかった?」
「おまえいったい……」
「どうぞ。ご覧ください」と、扉の裏に隠れていた義理両親に声をかける。彼らの顔面は蒼白である。
「おまえいったい……自分がなにをしているのかを分かっているのかっ!?!?」
「ち、違うんだ父さんこれは……」
「証拠はほかにもあるのよ。……そのままの格好だとなんだから、着替えてからリビングにいらっしゃい」
大丈夫。みんながついている。わたしは呼吸を整え、自身を鼓舞して、彼らに背を向けた。……よりにもよって、三人で楽しむ目的だったなんてね。悪趣味にもほどがあるわ。
――さて。
身支度を整えた三人が、リビングにやってくる。山崎さんと真由佳に関しては、いつもの、金髪のウィッグを外した素の頭で。されど奇抜な服装で。
その奇抜な色の服装が罰なのだと思った。まだまだ――戦いは、始まったばかりだ。
この場には、今回の騒動に関わりのある、全員に集まって貰っている。なお、子どもたちは部屋でゲームをして貰っている。明日奈ちゃんも、合わないかもしれないが、男の子たちのゲームに付き合って貰う。
仕方がない。それだけのことをしでかしたのだから。
「……みなさん、師走のお忙しい中、お集まりくださり、ありがとうございます」
リビングに。ソファに。入りきれないほどの人数を集めたわたしは、一同に視線を向けつつ、口を開く。
「今回お集まり頂いたのは。……家庭内の恥ずかしいお話で申し訳ありません。
夫が、わたしの妊娠中から繰り返していた、不貞行為に関して。
明るみにするため、――とそれから」
他人事のような顔をしている彼女へと目を向ける。そう。知っているのよわたしは。
「中島さんがこれまで前野さんやわたしになにをしてきたかについて――明らかにするため、です」
驚愕に彼女の目が見開かれた。――そう。あなたの行為も関係しているのよ。この一連の事件に。
「なにから話しましょう――先ずは」
びくびくとなにか、おびえたように見える義理両親を見据え、わたしは、
「鷹取汐音さんの不倫について言及しましょうか」
部屋の隅で、なにしに呼んだの? とうちに来て早々に悪態をついていた彼女へと目を向けた。そもそもの発端が、あなただった。
*