青葉に扉のインテリアを褒められ、あかりはちょっと嬉しくなっていた。
昨夜、外にかけていたあのランプ。
中に置いているときは、あの扉の側にかけている。
ほんのりとしたランプの灯りが照らす蒼い扉を見ていると、その扉の向こうに、あの人と過ごしたあの部屋がある気がしてくる――。
だが、何処にもつながっていない扉の向こうに、もちろん、あの人はいない。
青葉が言った。
「その、この間言ってたお前を捨てた男だが。
……そもそも、どうやって出会ったんだ?」
青葉はそんな話を振ってきたが、ほんとうは、なにか違うことを訊きたいように見えた。
青葉はフラれるために、告白しようとしていたが。
その告白がまず、できず。
思わず、あかりを捨てた男のことを訊いてしまっていたのだが、あかりには、そんなことはわからない。
どうして、私を捨てた男のことばかり気にするんですか、とあかりは思っていた。
青葉は無意識のうちに、
こいつに好かれる出会い方とかあったのだろうか?
まあ、『植え込みに突っ込む』は100%不正解だろうが、
などと考えて、うっかり、そう訊いてしまったのだが。
そんな青葉の心理も、もちろん、あかりには伝わってはいなかった。
「どうやってって……」
とあかりは思い出す。
「道で出会ったんですよね。
彼は真正面からやってきて。
私が右に避けようとしたら、彼も右に。
左に避けようとしたら、左に動いて、こう着状態に……」
「ずいぶんと愉快な男だな。
そんなんで、どうやって、恋に落ちるんだ」
「身動きとれなくなって、見つめ合ってしまったんですよ。
そのとき見た瞳が綺麗だったんです。
恋に落ちて、彼がいなくなるまで、一週間くらいだった気がします」
「手の早い男だな」
「はあ、そういう風な人には見えなかったんですけどね。
意外に情熱的でしたね」
と言うと青葉は嫌な顔をする。
……不思議な人だな、この人は。
何故、今、この話を聞きたがる、と思いながら、あかりは言った。
「ロミオとジュリエットなみの恋の落ち方と破滅の速さでしたよ」
「なにいいい感じに言ってんだ。
単に手の早い男にもてあそばれて、捨てられたってだけだろう?」
「……そうかもしれませんね」
「何故、機嫌悪くなる。
図星だからか。
そんな悪い男のことは、さっさと忘れるんだな」
「そうします」
あかりは知らなかったが。
青葉はフラれに来たはずなのに、相手の男が気に入らなくて、つい、そう言ってしまっていたのだ。
青葉は、そのままサイトの話をして帰っていったので、結局、フラれないままだった。
あかりは夕刻、支度をした。
知り合いの仕事の関係で、例のミュージカルのいい席が四枚手に入ったと寿々花から連絡があったからだ。
孔子と行くと、劇場前で、寿々花が待っていた。
「遅いじゃない」
「いや、お店があったんで……。
っていうか、そんなに急がなくても、指定席ですよね?」
「早く来て、劇場の雰囲気を味わいたいのよ。
同じ空間に貴之様がいらっしゃるのよ」
なんと尊いことでしょうっ、というように寿々花は言う。
「まあ、それはわかりますけど」
とあかりが言ったとき、駐車場から小柄なご婦人が走ってきた。
この間の人とは違う女性だった。
「ごめんなさい、木南さん。
遅くなっちゃって」
「いいのよ。
この子も今来たところだし」
「あら、可愛らしいお嬢さん。
どなた?
あっ、もしかして、青葉さんの?」
二人は沈黙する。
少し迷って、寿々花は、
「今風に言うなら、青葉の元カノってやつね」
と言う。
「やだ。
なのに、一緒に推し活してんの?」
木南さんらしいわ、と彼女は、ほがらかに笑った。
「いいから、行きましょ。
はじまるわよ。
行くわよ、あかりさん」
さっさと歩いていってしまう寿々花に、あかりたちは、寿々花の友人と目を合わせて笑ったあとで、劇場に向かって歩き出す。
夕暮れに浮かび上がる劇場の明かりを見ながら、あかりは先ほどの青葉を思い出していた。
『ずいぶんと愉快な男だな』
いや、それ、あなたなんですけどね。
『手の早い男だな』
だから、それ、あなたなんですけどね。
あのとき、妊娠がわかったあかりのもとに、寿々花に連れられ、青葉がやってきた。
『お前は誰だ――』
そう言い、別人のように冷たい瞳で自分を見下ろした青葉の目を思い出していた。
いかん。
心がすさむな。
堀様で癒されよう―― と、
「待てっ。
お気に入りの俳優見ただけで癒されていい問題か、それっ?」
と青葉に突っ込まれそうなことを思いながら、あかりは劇場に入った。
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