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#ちょんまげ
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朝の電話は、いつもよりずっと弱々しかった。
「……ターボーごめん。今日休ませてほしい……」
受話器越しに聞こえる声は鼻にかかり、時折混じる咳が酷く、体調の悪さを物語っていた。
息も浅く、言葉の合間に小さく空気を探すような音が混ざる。
「無理するな。しっかり休め」
本当はそれだけじゃ足りなかった。今すぐ仕事を放り出してでも、あの小さな身体を抱きしめに行きたかった。
けれど今日はどうしても外せない会議がある。
ターボーは電話を切ったあと、暫く動けなかった。
(……くそ)
机に置いたスマホを見つめながら、奥歯を噛みしめる。
——あいつ、ちゃんと寝てるか。水は飲んでるか。一人で大丈夫か。
心配は尽きない。
それでも社長としての責任が足を縛る。無理矢理気持ちを切り替え、ジャケットを羽織った。
会社に着いてからのターボーは、誰が見てもわかるほど機嫌が悪かった。
「……社長、資料の確認を——」
「あとにしろ」
短く切り捨てる声は低く、空気を震わせる。
秘書が小さく肩をすくめ、周囲の社員達は視線を交わしながらひそひそと囁き合う。
「今日、社長やばくね?」
「絶対なんかあったよな……」
「羽立さん風邪で休みらしいよ」
「あー……それか」
「まあ羽立さんいないと寂しいのはわかるよな」
その一言に、ターボーの視線がピクリと動いた。雑談していた男性社員達をじろりと睨みつける。一瞬で空気が凍る。
「……仕事しろ」
低く落とされた声に、全員が慌ててデスクへ戻った。
——ちょんまげの名前を軽々しく口にするな。
胸の奥で、独占欲に似た感情がざらりと広がる。
(俺のだ)
そんな思考に自分でも少し苦笑する余裕もないほど、今日は余裕がなかった。
会議は長引いた。時計を見る度に苛立ちが募る。頭の中に浮かぶのは、ベッドでひとり丸まっているであろうちょんまげの姿ばかり。
ようやく全てが終わった頃には、外はすっかり夜になっていた。
帰り道、ターボーはドラッグストアとコンビニに寄った。
ゼリー飲料、消化にいいスープ、スポーツドリンク。冷えピタ、解熱剤、体温計。
袋はすぐにいっぱいになった。それでも不安で、少し多めに買い足す。
ちょんまげの家の前に立つと、心臓が妙に早くなった。合鍵で静かに扉を開ける。
「ちょんまげ?」
部屋は静かで、明かりも薄暗い。寝室へ足を向けると、ベッドの上に小さな塊があった。毛布にくるまり、身体を丸めている。
「……おい」
声をかけると、ゆっくりと動いた。
顔を上げたちょんまげは、頬が赤く、目が潤んでいた。
「……ターボー……?」
掠れた声。息が少し苦しそうで、胸が上下する度に喉がひゅ、と鳴る。その弱った姿が、やけに無防備で——
(……何考えてんだ、俺)
一瞬よぎった不謹慎な感情に、ターボーは眉をしかめた。
しかし次の瞬間——
「ターボー、きて……」
小さな手がこちらへ伸びる。その仕草は子どもの頃と何も変わっていなかった。
親を早くに亡くし、ずっとひとりで耐えてきたやつ。強がって、でも大人になっても時々こうして寂しさを隠せなくなる。
ターボーは迷わずベッドに腰を下ろし、その身体を抱き寄せた。ちょんまげの小さな身体はすっぽりと腕の中に収まる。
「……遅くなって悪い」
「ううん……来てくれたから……いい」
額が胸に押し当てられる。体温が高い。苦しそうな呼吸が、シャツ越しに伝わってくる。
「俺がそばにいる」
低く、ゆっくりと言い聞かせるように。背中を撫でると、ちょんまげは力を抜いて身体を預けてきた。
「……さみしかった」
「ごめんな」
「朝から、ずっと……」
「もう大丈夫だ」
暫くそのまま、静かな時間が流れた。ちょんまげの呼吸は少しずつ落ち着いていく。
そして、腕の中でふと顔を上げた。潤んだ瞳が真っ直ぐターボーを見上げる。
「……キス、して」
「……熱あるだろ」
「おねがい…」
弱々しく、それでもどこか甘えるような声。
ターボーは一瞬迷った。だが、その距離はもうゼロに等しかった。額に軽く触れるようなキスを落とす。
「……それじゃ足りない」
小さく不満をこぼす。
「わがまま言うな」
そう言いながらも、結局折れる。
唇にそっと触れた。柔らかくて、少し熱い。ほんの一瞬のつもりが、離れがたくなる。
「…はぁっ」
ちょんまげがかすかに息を漏らし、指でターボーの服の裾を掴んだ。
ゆっくりと離れると、目がとろりと緩んでいた。
「……安心した」
「そうか」
「ターボーいると…平気」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
「……当たり前だろ」
もう一度、強く抱きしめた。
「これからもずっと、そばにいる」
ちょんまげは小さく頷き、そのまま安心したように目を閉じた。規則正しい寝息が、やがて聞こえてくる。
ターボーはその髪を撫でながら、静かに息を吐いた。
(……やっと、掴んだ)
幼い頃から、ずっとそばにいた存在。
失いかけて、やっと取り戻した距離。
もう二度と、手放す気はなかった。