テラーノベル
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いつもの場所、御所の裏手の野原に、三人で腰を下ろす。
「父上様は…不死沢の水を独り占めなさっているんじゃないかな…。」
リョウカが、涙目になってそう零した。
「その様な…。」
モトキがリョウカの背中に手を置く。
「…本当なんだな、御所の中に不死沢があるってのは。」
ヒロトが、空を見つめて呟いた。リョウカは、静かに頷く。
「…実は、私も、その水を飲む様に言われて…。」
リョウカがポツポツと話し始める。
「幼い頃から、時々、この水を飲みなさい、と父上様に言われて、飲んでいたの。最初は、井戸水だろうかと思っていたけれど、元服の際に、この水は不死沢の水だ、と教えられて…。」
リョウカが、膝を抱えて、顔を埋める。
「きっと、私の身体が弱いから…。でも、何故ここまで皆が苦しんでいる時にも、あの不死沢の水を配ろうとしないのか、私には分からない…。」
ヒロトとモトキが、両側からリョウカの背を撫でる。優しい風が、三人の歯痒くも悲しい気持ちを、攫う様に撫でていった。
それから数日後の夜、モトキが父から呼ばれた。
「今宵、帝が崩御なされる。」
モトキの目が見開かれる。
「…占術…の結果ですか…。」
「…今は、そうだ、と言っておこう。」
モトキは、俯いた。何か、自分のまだ及ばない所で、父達は動いているのだ。もしくは、動かしている、かもしれない。
そして、いずれ自分がその跡を継ぐのだという事も、察した。だからこそ、父は今、自分に伝えて来たのだ、と。
「…リョウカ…様が、帝に…なられるのですね。」
「そうだ。お前が、ヒロトと共に、リョウカ様をお支えするのだ。」
「…相、分かりました…。」
夜更けに、モトキはあの野原へ散歩へと出掛けた。夜風に当たりたい、そんな気分だった。
御所を振り返り、今宵崩御なされるという帝へ向けて、静かに頭を垂れた。深く深く、追悼の意を込めて。
ふと、モトキの耳に、可憐な旋律の音が風に乗って届いた。この音は、…横笛…?
音の方向を見ると、御所の裏側の上の方、小さな部屋に明かりが灯っており、人影が揺れている。
「リョウカ…。」
愛しい人の名を呼ぶと、風が吹き、その華麗な音がより良く耳へ届く。
「…結い、結い、結い、結い…。」
その音に合わせて、懐かしい唄を口遊む。
僕の唄に力が宿るなら、どうか、どうか、貴方との縁を結んでおくれ…。そんな想いを乗せて、モトキは真っ直ぐにリョウカを見上げて、唄い続けた。
ふと、その人影が大きく動いて、細い腕を上に掲げてゆらゆらと揺らした。
「モトキー…!」
リョウカのよく響く声が、自分に向かってくる。モトキは、大きく腕を揺らして応える。
その時、リョウカの横に、大鉈を背負った影が揺らめく。ヒロトだ。
遠くからでも、嬉しそうな顔が見えるかと思うくらい腕を振るリョウカに対し、ヒロトはおそらく、鋭い眼光をこちらに向けているだろう。
ヒロトはリョウカの護衛のため、常にその寝所に身を置いている。当たり前だ、それが彼の役目なのだから。そんな仕方のない事にも、心が騒めくのを苦々しく思いながら、モトキは自宅へと踵を返した。
翌日、モトキの父の言った通り、帝が崩御なされた、という話が都中を駆け巡った。
流行病の渦中という事で、帝の意向により粛々と葬儀が執り行われた。
しばらくの間は、喪に服すため、リョウカは御所から外へ出ることは叶わなかった。
冷たい霧雨がさらさらと降り注ぐ中、傘もささずに、モトキは野原に佇んでいた。
もうすぐ、リョウカが帝になる。父の言う通り、僕が陰陽師として政を支える事になるだろう。
果たしてその時に、僕は一体どの様な裏の闇を知らなければならないのか、それが薄ら恐ろしかった。父のあの言い様は、明らかに裏を含んでいた。
モトキは顔を上に向け、目を閉じて霧雨を浴びる。自分の中の様々な思考が、溶かされて流れていく様だった。
ふと、自分の上に傘をさされた。驚いて後ろを見ると、ヒロトが傘を掲げていた。
「…ヒロト。」
「…昨日の夜、リョウカ様に逢いに来たのか?」
「そんなんじゃないよ。散歩。」
「あんな夜更けに?」
「いいだろ、別に。」
「…帝が崩御なされる前夜に?」
「………。」
「お前、なんか知ってんの?」
「…知らない。父上は、ただ、占術で、帝が崩御なされると言い当てただけだ…。」
「…いつ?」
「…昨夜。」
「…そうか、だから、あそこに居たのか。」
モトキは静かに頷いた。
「…なあ、ちょっといいか。」
ヒロトは、御所裏にある東屋へと誘った。
「これ、いいだろ。」
ヒロトが背中から取り出したのは、大鉈…の根本に取り付けられた、琵琶だった。
「…琵琶?なんでそんなもの…。」
「いくぞ?」
ヒロトが琵琶を軽快に弾き始めた。その音色が青い光を纏って、大鉈へと集まる。モトキが目を開いて驚いていると、ヒロトはニヤリと笑って、その光を纏ったまま、野原の大岩へと近づいていった。
大岩の前で一呼吸して、大鉈を振りかぶったと思ったら、ものすごい衝撃と光を放って、大岩が砕け散った。
「どうだ、すっげーだろ!?」
「…すごい、力がまた強くなってる。」
「日々鍛錬!だからな。」
ヒロトは、ニヤニヤと嬉しそうに東屋へと戻ってくる。
「あとこれ、知ってたか?」
ヒロトが、右腕の袖を肩まで捲り上げる。ヒロトの示す処をモトキが覗き込むと、右上腕部に、大きな赤茶の痣があった。
「なんだ、これ。 」
「俺も最近気づいたんだけど、どうも俺たちが力を使うと、身体に痣が出来るらしい。」
モトキも、左脚の裾をたくし上げると、大きな赤茶の痣が出てきた。
「あ…これ、生まれつきだと思ってたけど、確かに言われてみれば大きくなっているような…。」
「な、これが全身に広がったらどうなると思う?やっぱ死ぬのかな?」
ヒロトがあっけらかんと言うので、モトキは息を飲んだ。
「…だったら、もう余計にリョウカには力を使わせられないな。」
モトキは、俯いて呟く。そして、ヒロトに向かって声をかける。
「…お前も、余計な力は使うなよ。」
「…なに、心配してくれんの。」
「僕たちで、リョウカを守っていくんだ。だから、勝手に死ぬなと言ってるんだ。」
「…わかってる、死ぬ気なんかさらさらねーよ。」
ヒロトが、力を溜める為ではなく、純粋に琵琶を弾く。モトキは、その音に合わせて、旋律を口にする。ヒロトは驚いた顔でモトキを見上げ、その後、嬉しそうな顔をしてさらに爪弾いた。モトキも、身体を揺らしながら、旋律を繰り出す。霧雨の東屋の中が、心地よい音で満たされていった。
帝の崩御に都中が悲しみに暮れる中、流行病が瞬く間に終息へと向かった。皆、驚きと喜びで、崩御の悲しみも薄らいでいく様だった。
そして、リョウカが帝に即位する御大礼の日が、もうすぐそこまで迫っていた。
コメント
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やばいやばいやばい最初のほう読めてなかった リョウカ様は、、なんて読むんだ馬鹿すぎて分からないどないしましょ馬鹿すぎるあといつの間にか話し方が大人になってるなぁあいうえおじゃなくなってますね
続きがどうなるのかがわからない… 読むたびにすっご…ってなってます 続きが楽しみ♪(殴