テラーノベル
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私達は、各地を飛び回っていた。「暑い……。このままでは蒸発してしまいそうです」
「大丈夫か? お、見ろ! 国が見えてきたぞ」
高くそびえ立つ砂漠の山々を越えると、眼下には青い海と活気ある街が広がっていた。頬をなでる波風が、熱った体に心地いい。
入国を終え、一歩足を踏み入れると、そこは女性ばかりが住む活気ある村だった。しかし、宿で荷解きを始めた矢先、静寂は悲鳴にかき消された。
「海賊よ!」「海賊が出たわ!」
逃げ惑う人々。私達は顔を見合わせた。
「行こうぜ!」「ええ!」
私達は即座に、住民を安全な「一時的な隔離空間」へと転送し始めた。最初は戸惑っていた人々も、私達の真剣な表情に押され、自ら魔方陣へと飛び込んでいく。
私が転送に集中する傍ら、カレンが魔法で海賊をなぎ倒していく。だが、魔女の力は強大すぎる。人間を「亡き者」にしようとすれば、その体は跡形もなく粉砕されてしまう。だからカレンは、細心の注意を払いながら、器用に彼らを眠らせていった。
ようやく騒乱が収まり、避難も完了した。
「さすがに骨が折れたぜ……」
「ええ、お疲れ様でした」
安堵して魔法陣の中へ戻ろうとした時、一人の少女が駆け寄ってきた。
「ねぇ! 私のお母さんは? お母さんはどこなの!」
「はぐれたのか?」
「さっきから魔法で探しているけど、この中に反応がないの……」
「分かった。街に戻って探してみるよ」
「お願い、絶対だよ!……これ、お母さんのペンダント。中を見て」
手渡された銀のロケットには、幸せそうに笑い合う親子三人の写真が収められていた。
私達は静まり返った街へ戻り、一隻の海賊船を見つけた。船底を覗き込むと、そこには捕らえられた人々がいた。
「見つけたぜ!」
叫んだ瞬間、背後から殺気が走った。
「よくも俺たちの邪魔を……死ね!」
潜んでいた海賊が、カレンの背後から刃を振り下ろす。「危ない!」と叫ぶ間もなかった。
ガキィィン、という鈍い音ではない。肉を貫く、嫌な音がした。
囚われていたはずの母親が、身を挺してカレンを庇ったのだ。
「……ガハッ」
崩れ落ちる彼女。私は反射的に、襲いかかった海賊を瞬時に眠らせた。
「なぜ……なぜ私を庇ったんだ! 私なら魔法でどうにでもできたのに!」
カレンが叫ぶ。胸を深く刺された母親は、溢れる血を押さえながら、途切れ途切れに微笑んだ。
「魔女様……。あの子を助けてくれて、ありがとう。その綺麗な手を、人殺しの血で、汚さないでほしくて……」
彼女の手が、血に染まったままカレンの頬に触れた。それが彼女の最期の言葉となった。流れた涙が頬を伝い、二度とその瞳が開くことはなかった。
「……行こうぜ」
カレンの静かな、しかし震える声が響く。
私達は囚われていた人々を空間へ送り、その母親の亡骸も、少女の前にそっと横たえた。狂ったように泣き叫ぶ少女を前に、私達はただ、石のように立ちすくむことしかできなかった。
街の修繕が始まった。カレンが杖を振るうたび、砕けた石畳は吸い込まれるように組み合わさり、崩れた家々は新品同様に蘇っていく。
「見てよ。こんなに簡単に、元通りにできるんだぜ」
カレンは乾いた声で笑った。
「なのに……あの人の心臓の穴一つ、魔法じゃ塞げないんだ」
最後にカレンは、預かっていたロケットを魔法で磨き上げた。銀の表面は鏡のように輝き、一点の曇りもない。しかし、中を開いたカレンの手が止まった。
写真の端に、どうしても消えない一滴の血痕が残っていたのだ。母親がカレンを守った時に付いた、消えない愛の証だった。
私達は少女や街の人々と共に、母親の墓前に立った。
カレンは跪き、少女の手のひらにロケットを返した。
「ごめん……。全部は、消せなかった」
少女は血のついた写真をじっと見つめ、それを胸に抱きしめた。
「いいの。これ、お母さんの匂いがするから。……ありがとう、魔女さん」
夜が明ける。
飛び立つ鳩の群れが、美しい朝日に照らされていた。その輝きが、失われた命の重さを残酷なまでに引き立てる。
魔女とは何か。
どれほどの魔法を持っていても、指の間からこぼれ落ちてしまう命がある。
それでも、私達はこの手の中に残った温もりを守るために、歩き続けるしかない。
それが、選べぬ宿命なのだから。
私達の旅は、まだ続く。
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