テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「みんなごめんね〜? お姉ちゃんの説明が足りなくて……。でも、落ち着いて自分の魔力を感じてみて! 増えてるから!」
ボードゲームの駒を片付けながら、沙耶がいつもの調子で画面に向かって頭を下げた。
テーブルの上にはカードとチップとサイコロが散乱している。さっきまでの配信とは思えない、ぐだぐだなアフタータイムだ。
新しく手に入れた端末でコメント欄を覗くと、
「……!?」「マジじゃん」「ほんとに増えてる」「これってずっと続くの?」
驚愕と戸惑いと、半信半疑な文字列が入り乱れて流れていた。
沙耶がちら、とこちらを見て、目だけで合図してくる。
――ほら、説明してあげて。
そう言いたげだ。
「今やったのは、自分の魔力を入れておく“器”を大きくする技術だよ。一時的に増えるんじゃなくて、“最大値”そのものが増えるから、そのままずっと続く」
「痛いのは最初の1回だけだから安心するっす!」
七海がすかさずフォローを入れる。
コメント欄はまだ疑い半分といった空気だが、私はそのまま説明を続けた。
「可能なら、暇な時は魔力増加法を続けるといいよ。回数制限は無いから、やればやるだけ魔力は増える」
「日常的に取り入れるといいかもね! 最初は慣れるまで難しいだろうけど、慣れてくれば意識しなくてもできるようになるよ!」
沙耶がうんうんと頷きながら、画面に向かって付け加える。
画面越しの人の何割が、今この痛みを乗り越えて継続してくれるのかは分からない。
それでも、見えない場所で誰かの生存率がほんの少しでも上がるなら、やる価値はある。
「しばらくは魔力増加法を試してね。次の講座は……三日後かな。内容は――魔力を効率よく使う方法だよ。車で言うと燃費かな」
「じゃあ今日の聖女通信はここまで! みんな、まったね〜!」
沙耶が手を振って締めに入る。
カメラの横で七海が腕をぐるっと回して、丸サインを出した。配信が無事終了した合図だ。
ほっと息を吐いたところで、すぐに沙耶の端末が震えた。
画面に表示された名前を見て、沙耶が「あー」と顔をしかめる。
「もしもし相田さん? どうしたの? ……お姉ちゃんに変わって欲しいって」
こちらを見て、端末を差し出してきた。
「変わったよ」
『おう、嬢ちゃん。さっきの配信の件なんだがな……? 思ってた以上に国外からのアクセスが多かったんだ。内閣府の野郎共が他国に情報がーー』
「相田さん。私、前にも言ったよね?」
嫌な予感しかしない前置きが聞こえた瞬間、私はそこで言葉を挟んだ。
具体的な文言は違っていても、国が言いたいことの方向性は大体わかる。
――他国に技術を流すな。情報を囲い込め。
そういう類の話だ。
「敵は人じゃない。モンスターだって。五年前の対抗戦で言った事だから覚えてないのかもしれないけど、これだけは覚えてて」
意識して一拍置き、呼吸を整える。
感情だけで怒鳴るのは簡単だ。でも、それをしたところで届かなくなる相手もいる。
「――私の技術でハンター全体のレベルと生存率が上がるなら、それに越したことは無い。その技術は“知りたい人は全員知れる状況”にしたかったから、配信したんだよ」
端末の向こう側で、相田さんが息を呑んだ気配がする。
「もし、勝手に門戸を閉じようものなら……その時は、私の身の回りの大切な人を全員連れて、この世界から姿を消すよ」
脅し、と言われればそうだろう。
でも、それくらいの覚悟はとうに決めている。
魔界にはカレンに頼めば帰れる。
向こうでなら、少なくとも“人間の政治”に振り回されずに済む。
『……すまなかった。確認のための電話だ……あまり気を悪くしないでもらえるとありがたい』
少しの沈黙の後、低く抑えた謝罪の声が返ってきた。
「大丈夫だよ。相田さんなら理解してくれるって、信じてるから」
そう言って通話を切ると、すぐ横で話を聞いていた沙耶が、ぱちぱちと瞬きをした。
「今の話って……」
「うん。聞いてた通りだよ。もし……私たちを取り巻く環境が、私たちを抑圧したり、敵に回るようだったら――」
少しだけ間を置いて、わざと明るい声色で続ける。
「――みんなで一緒に魔界に行こっか」
「ん、それは名案。父上も喜ぶ」
いつの間にか近づいてきていたカレンが、腕を組んで真面目な顔で頷いた。
その後ろでリシルが手に持っていたお菓子をぽとりと落として、きょとんと目を丸くする。
「お父さまを知ってるの……?」
「うん。……ってカレン、説明してないの?」
「ん……? 忘れてた……。話してくる」
カレンがリシルの肩をぽん、と叩いて、そのまま肩を組むようにして家の中へ消えていく。
廊下の向こうから時々聞こえてくるリシルの驚いた声が妙に生々しい。
……どうせ、ところどころ盛って話しているに違いない。
「よし! この話は終了!」
自分で仕切って自分で締める。
「そうだね、考えても仕方ないことだしね〜」
沙耶も、わざとらしいくらい軽い声で同意してくれる。
その後は、皆と取り留めのない話をしながらテーブルを片付け、いつものように笑い声を交わしながら、私たちも家の中へと戻っていった。
ーーーー【相田 side】ーーーー
「――信じてるから」
受話器の向こうから届いたその一言のあと、短い電子音と共に通話が切れた。
しばらくのあいだ、老いぼれた自分の手の甲を眺めていた。
皺だらけの皮膚が、やけに重く見える。
「林、聞いてたよな」
机の向こう側に立っている男に声を掛ける。
「はい。一応、私たちハンター協会は独立組織のため、政府の指示を受ける必要はありません」
「よし。今回騒いできた議員共の裏金問題など、こっちの知ってる情報を知らせて黙らせろ」
「そう言われると思いまして、すでに部下に命令を出してます」
即答する林に、思わず口元が緩む。
この男のこういう抜け目のなさには、何度も助けられてきた。
「……儂としたことが、耄碌していたようだな」
ぽつりと本音が漏れる。
せっかく嬢ちゃんが帰ってきたというのに、あんなことを言わせちまうとはな。
“門戸を閉じるなら消える”――あの言葉は、本気だろう。
正直なところ、今嬢ちゃんたちが居なくなったら、日本という国は、地図から名前を消すだろう。
ハンターの持つ力はそれほど大きい。
海外には、国家権力に匹敵する、と言われている待遇のハンターすら存在すると聞く。
儂には、嬢ちゃんが今どれほどの強さを持っているのか、もう分からん。
五年前までは、まだ「手の届く範囲」にいた気がする。
だが今は、まるで霧の向こう側にいるみたいだ。
――儂が衰えたのか。
――嬢ちゃんの強さの次元が変わったのか。
どちらにせよ、それは近いうちに嫌でもはっきりする。
「……まあ、それは国際交流戦でわかるだろう」
自分に言い聞かせるように呟いて、儂は椅子の背にもたれた。
ーーーー【とある研究室 side】ーーーー
薄暗い研究室の片隅で、一人の女が椅子に沈み込み、ぬるくなりかけた紅茶を啜っていた。
壁際には配線だらけの機器と、魔石を組み込んだ謎の装置が積み上がっている。
机の上には、寝落ちした時に枕代わりにしていたらしい論文の束と、食べかけのクッキー。
女の目の下には、深刻なほど濃い隈。
髪は結ぶのを放棄してボサボサのまま、いかにも「研究室から三日は出てません」と言わんばかりの風体だ。
「……は? ――何で?」
休憩ついでにネットで話題になっていた配信を開いたところ、そこに映っていたのは、数日前から行方不明になっていたはずの所長の姿だった。
お菓子を美味しそうに食べて、紅茶を飲んで、
画面の向こう側にいる“聖女”と呼ばれている人間に、穏やかな笑顔を向けている。
「……私にはそんな笑顔、向けてくれないのに」
ぽつり、と胸の底が滲むような声が漏れた。
所長は、私の好きで使っているマークを「かわいい」と言ってくれた。
ぎこちない私の手を取って、初めて一緒にお茶に行ってくれた人。
休憩のたびに「外の空気を吸いに行こう」とランチに誘ってくれた人。
――私の唯一の理解者。
端末の画面に映る所長は、優しい笑顔のまま、聖女の隣に座っている。
胸の奥に、じくじくとした感情が溜まっていく。
嫉妬とも悔しさとも、名前の付けられない何か。
女は配信画面を閉じ、通話アプリを立ち上げた。
迷う時間もなく、ある番号を押す。
「国際交流戦……私も出してください」
要件だけを手短に告げて、さっさと電話を切る。
しんと静まり返った研究室に、自分の心音だけが大きく響いているような気がした。
「私から所長を奪った聖女め……。覚悟しとけよ……」
誰もいない部屋で、女はぼそりと呟いた。
研究机の上で画面を下に置かれた端末の背面。そこには、“骨付き肉から花が咲いている”マークが小さく刻まれていた。