テラーノベル
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衛兵からリティアが川に身を投げたと聞いてから、アウレリアの行動は早かった。アウレリアはリティアを、諸国では禁止されている死者を使役する魔術師、「禁忌の魔女」として、王都全域へ捕縛のお触れを出す。
当然、彼女との婚約も破棄し、自らを悲劇の令息として触れ回った。ただそこまでしても、アウレリアはリティアの遺体を見るまで、安心できそうになかった。アウレリアはリティアが生存していたときのことを考え、屋敷へフラウを呼び出す。
「フラウ。君が無事で良かった」
恐ろしい野望をうちに秘めて、アウレリアは優しさと悲しみに満ちた仮面を顔に貼り付けた。
「アウレリアさま……どうしてこのようなことに?」
「私にも分からないんだ……。だからリティアの口から本当のことを聞くために、ああした。本来なら、リティアには処刑の命令が下っても、おかしくない……」
「そんな……。でも、まさか……そのようにおっしゃるということは」
「ああ。リティアは、どこかで生きている可能性もある。だから……君に頼みがある」
アウレリアはフラウの手を取る。瞳を潤ませ、フラウのそれを切実な眼差しで覗き込む。すぐにフラウの頬が赤くなるのを、アウレリアは見逃さなかった。
「アムニス川を調べて、リティアが生きていないか、探してくれないか? 王国として捕縛の命令を出してしまった以上、もうこれを頼めるのは……君しかいないんだ」
そしてきゅっと、手を握りしめた。
「……アウレリアさまのご命令とあらば、もちろん承ります。私も、まだリティアさまが生きておられるなら……またお会いして、あの方の無実を証明したいです」
「ありがとう、フラウ。では、頼んだよ。何かあれば、その都度、手紙で知らせてほしい」
「承知いたしました」
すぐにそこを発つフラウを見て、アウレリアはほくそ笑まずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
アウレリアの屋敷を後にして、すぐにフラウは苛立ちを露わにした。
(あの女を見つけて、無実を証明……? そんなこと、するわけない)
何年もグラウツヴァルト家に仕え、すっかりアウレリアに心奪われていたフラウにとって、リティアは目の上のたんこぶでしかなかった。その彼女が今回の一件で追い詰められ、フラウは清々していた。王城でのリティアの絶望の表情を思い出すと、フラウは笑いが堪えられない。
(あの高さから落ちて、生きているとも思えないけど……)
リティアが飛び降りた窓から川までは何メートルもあり、もしも彼女が無事でいるならそれは奇跡と言うほかない。しかし、リティアはいまだ、死体すら上がっていない。川に落ちた人の遺体が見つからないことはままあることだが、もし仮にリティアが生きているなら――
(もし生きているなら……この手で殺す)
アウレリアの隣で平然と笑っているリティアが、フラウは嫌いだった。いつもいつも、リティアが不幸になることだけを願っていた。
(むしろ、私はずっと……この機会を待っていたわ)
リティアを殺すためにずっと隠し持っていたナイフを鞄に仕舞い込んで、フラウは王都アウクトリスを発った。
◇ ◇ ◇
お触れが出されてから、城下町はリティアの話題で持ちきりだった。俺は彼女を信じたいけど、とか。まさかこの時代に禁忌の魔女が出るなんて、とか。アウレリアさまが無事で良かった、とか。
リティアを捕縛するため、王都には彼女の生い立ちに関する情報も周知がなされた。もしリティアが生きていたら行きそうな場所を、国民へ知らしめるために――
その情報は、当然ルクスの耳にも届いていた。そして彼の中で、ただの妄想だったものが輪郭を帯びていく。
ルクスがかつて会った女の子は、驚くほどリティアに境遇が似ていた。辺境に生まれた孤児で、長年孤児院で暮らす女の子――ルクスは彼女がずっと、あの辺境の地で暮らしていると思っていたが、もしも彼女がリティアなら、命だけでも助けたい。それに――
(今のこの状況は、はっきり言って異常だ)
もし彼女が本当に魔女なら、なぜアウレリアもその周囲の人も、それに気付かなかった? 普通なら、そういった調査を、事前にしかも入念に、行うはずだ。由緒正しい家系ならともかく、リティアは孤児院の出身。まさか、調査は行われなかったのか? それとも、彼女は実は、潔白なのだとしたら――?
(もしかしたら、彼女がアウレリアを告発する糸口になるかもしれない)
ルクスは次の目的地について、思いを巡らせるのだった。
◇ ◇ ◇
さあっと、穏やかに続く音が、鼓膜を打つ。ときどき、ちちちと鳥のさえずりも聞こえる。これは多分……昔よく聞いた、セキレイの鳴き声。これが聞こえるということは、おそらく……。
体が重い。冷えていて、よく動かない。温かな指先を見れば、そこには日の光が差していた。今いる場所を、確認する。私は川岸に横たわっていた。ゆっくりと水から体を引き上げて、濡れた服をしぼる。そして、何があったのかをゆっくりと思い出す。
「アウレリアさま……」
絶望と奔走を思い出し、その場にへたり込んだ。涙が溢れ出し、止まらなかった。声を上げて泣いた。暖かな風が吹き、身を震わせる。火を、火を起こさなきゃ……。
私は周囲の様子を確認し、人気がないことを確かめてから、火を起こした。私が流れ着いた川岸は木々に覆われ、反対の川岸には草原が広がっていた。川の上流に目をこらすと町が見えたけれど、あれは多分、王都ではない。ずいぶん遠くまで流されたようだった。
「これから、どうしよう……」
老婆の霊に導かれ、ここまで逃げ延びてきたけれど……よく考えたら、私には行くあてがない。それにもうああなってしまっては、正直、もう生きる意味も薄くなってしまっていた。
「いっそあのとき死んでいたほうが、幸せだったかも……」
悲しみと寒さに身を震わせ、死ぬことに希望を見出してみるけれど……それでもお腹は空いた。私は近くの木々に食べられる木の実を見つけ、空腹を満たす。そのまま何をするでもなく、焚き火の前にいると、
『リティア、ここにいてはダメよ』
気配のなかった背後から、声がかけられた。ゆっくり振り返ると、そこには若い女性が、ボロボロの服で立っていた。靴も履いていなくて、素足には傷が多く、血が出ていた。でも、地面は濡れていない。すぐに彼女が、幽霊だと気付いた。
「どうして?」
『ここはあなたにとって、危険だから……。ほら、この道をまっすぐ行って』
「危険でもいい。もう、今の私に……生きる意味なんて……」
『死ぬことなんて、いつでもできるわ。だからもう少し……今は、生きて』
彼女は地面に膝をつき、触れられない私の手を両手で掴んだ。
『生きなさい』
死んでいるはずなのに、力強い瞳で、そう言った。自分の無念を、私に託すみたいに。
「……」
私は言葉には応えずに、ゆっくりと立ち上がった。そして彼女の言うほうへ、歩いていく。ゆっくりと。一歩ずつ。
それから代わる代わる、幽霊が私に語りかけてきた。子供も大人も、老人も。昔の人も、最近の人も。大勢が私に語りかけ、私はそのささやきに、素直に従った。そのおかげなのかは、分からないけれど、いかにも不審な姿の私は何事もなく、幽霊たちの言う先へと進んでいった。そしてどこかの町へ入ったところで、幽霊たちの導きは、ぱったりと、途切れた。
私は胸の痛みにさいなまれ、路地裏にへたり込む。きゅうっと胸の下のあたりが、縮み上がるような感じで痛んだ。空腹感が限界を超えて、痛みになったのだと気付いた。もう最後に食べたのはいつなのか、思い出せない。
「……おおっ! すごい量だな。こんなに買い込んで、どうしたんだ?」
「ウェスペルでいい商人に会ってな。扱ってる種類も多いってんで、大量に仕入れさせてもらったんだ。質も悪くないし、こりゃあ売れるぞ!」
「羨ましいねぇ。俺もたまにはそっち、行ってみるかぁ」
「ちょっと前、鉱山のあたりで何かあったみたいでな。町には王国軍が増えてるらしい。だからしばらくは、それ相手の商売人が増えるって話だぜ」
「いいことを聞いた。じゃあさっそく、仕入れに行ってみっか。ありがとよ。ほら、これ。持ってけ!」
「おおっ、ありがてえ!」
路地の向こうには商店が並んでいるらしく、そんなふうに活気のある声が私にも聞こえた。寄り掛かっている木箱の向こうに、色鮮やかな何かが見える。いい匂いも、かすかにする。近くに食べ物があるらしいのは嬉しいけど、でも今の私にはどうしようもなかった。お金もないし、食べ物と交換できそうなものは何もない。むなしくて、私はすっと目を閉じた。眠気なのか、気絶しそうになっているのかは分からないけど、ゆっくりと意識が遠のいていく。
「――ちょっとあなた。こんなところで何してるの?」
人が近づいてきたことにも気付かなかった。私はゆっくりと顔を上げて、声の主を見た。赤い髪を短く切りそろえた中に、不思議そうな表情が据えられていた。
「わぁ、ひどいお顔。どうしたの? 夜逃げ? 人さらい?」
「違うけど……行くところがなくて、お腹も空いて……」
「そっかそっか。じゃあとりあえず、うち来なよ。ほら、立って立って!」
手を引かれ、立たせてもらい、そのまま彼女に、ずるずると引っ張られていく。
「やめっ! ちょっと!! 手、話して……!」
抵抗してみるけど、体力も気力もない私が彼女の手を抜け出すのは無理だった。悪い人ではないのかもしれない……。でも何をされるのか分からなくて、ひどく不安に襲われた。
そのまま彼女に引っ張られ、何度か道を曲がると、少し大きな通りに出た。通りを渡ると、小麦の焼けるいい匂いがして、また胃が少し痛んだ。
「うち、家族でパン屋さんやってるんだ~。さっきの道、近道でさ。女の子が座り込んでるんだもん、びっくりしちゃった」
にひひと明るく女の子をは笑う。くったくなく笑うとはこういう表情なのだろうと、ぼんやり考えた。状況に不安は残るけれど、今は衣食をなんとかしたかった。
女の子は迷いなく一軒の店まで進むと、元気に扉を開ける。
「ただいまー!! 見て見て、女の子拾ってきちゃったっ!」
そんなふうにあっけらかんに言うものだから、元気もなくへとへとなのに、吹き出してしまいそうになった。
「ええー!? いきなり何っ? どうしたの?」
長い赤髪を一つにまとめた女性が駆け寄ってくる。おそらく彼女の母親だろう。
「って、ひどい格好。顔色も悪いわね。大丈夫? 何か食べる?」
気前よく、そんなことも聞いてくれる。
「お母さん、何か用意しといてくれる? 私はこの子、お風呂に入れてくるから」
「はいはいっ。何か着るものも用意しなくちゃね。ちょっと丈が足りないかもしれないけど、リタの服を着せてあげましょ」
「あっ! 私、リタ。こっちはお母さんだよ! あなたは?」
「わ、たしは……」
そこまで言って、私は自分の状況を振り返った。王都では、あのあと私の捕縛命令が出されただろう。川に落ちて私が死んだとアウレリアさまは考えるかもしれないが、もしそうでないなら……ここで私が素直にリティアだと名乗るのは、危険だ。彼女、リタが私を見て通報しなかったことを考えると、私の顔まではこの町にも伝わっていないと考えていいと思う。
「大丈夫……? 自分の名前、分かる?」
顔を覗き込んでくるリタに、私は考えた末の結論を伝えた。
「私は……アニー。それ以外のことは、思い出せないの……」
名前は適当だ。あのとき川岸で食べた木の実から取った。
「えっ! 記憶喪失ってこと!? そっかそっか。大変だったね~。でも、もう大丈夫だから! とりあえずお風呂に入って、綺麗になろー!」
そんなふうに、暗くなりそうな雰囲気を煙に巻いて、リタは陽気に私の背中を押した。
それからリタは宣言どおり、私を風呂に入れてくれ、彼女の服を私に貸してくれた。私のほうが背が高かったから、確かに丈は少し短かった。彼女のお母さんが食事も用意してくれた。あたたかくて美味しくて、私はそれを泣きながら食べた。泣くほど美味しいかなぁ、とリタは軽口を叩いた。不安は拭えなかったけれど、今はただ、そのあたたかさが身に染みた。
コメント
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予想を大きく上回る展開が続いていくので、とっても面白いです♪ 続きをお待ちしています! 思わず一気読みしました🎵 すみませんが……誤字がございましたよ……「手 話して」になってます…… 「離して……」ですね💦
ルクス鋭い!! 孤児院時代の知り合いなのかな? 味方になってくれそうだし助かりますね! 新キャラのリタも出てきたし今後も楽しみ! いい人もいてくれて良かった…