テラーノベル
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あれから、私はリタの家に住み込んで働かせてもらうことになった。毎日食べさせてもらって、寝床や服にお風呂も貸してもらって……。けっきょく、通報されるということもなく、この町――フィーネスへ来てからは信じられないほど穏やかな日々が続いていた。
自分なりに町で少し調べてみたけれど、この町に私に関する情報は届いていないようだった。でも用心しなければいけない。外見を変えるために、髪を切るということも考えてたけど、リタに怪しまれそうだったので、頭の後ろで縛って少しでも髪型を変えるようにした。
この先のことも考えて、こっそり故郷へ――ヴィータに向けて手紙も書いてみたけれど、返事が来る気配はなかった。
この町もリタの家族も、嫌いではない。でも、ここで何かに怯えながら、一生生きる……とも、考えられなかった。アウレリアさまの真意も知りたいし、誤解も解きたい。でも、そのために素直に王都へ戻れば、おそらく私は殺される。本当に、どうすればいいのだろう――
リタの家、ハーニス家のパン屋さんでリタとその妹、ミリーと一緒に店番をしていると、不意にリタがこんなことを言い出した。
「そういえば最近このあたりで泥棒が出たらしいんだけど、アニーは何か見た?」
「別に、怪しい人とかは見てないかな。何が盗まれたの?」
「えっと……私が聞いただけでも、アーノルドさんの結婚指輪、アスターシャさんのネックレス、ヒナシアおばあちゃんの宝石、ファリスさんの眼鏡……だったかな?」
「宝石とか指輪は分かるけど……眼鏡?」
「泥棒さん、目が悪かったのかな?」
ミリーが言う。そんなわけないだろう、と思う。
「眼鏡はピカピカ綺麗な銀色をしてたみたいでね、泥棒はそれで高いと勘違いしたんじゃないかって。本当は安物らしいよ。でも取られちゃって不便で仕方ない、だってさ~」
さすがに泥棒ならその程度の高い安いは気付きそうなものだけど。奇妙な事件だ。単純な泥棒ではない気がする。
そんなふうに考えていると、お店の前の大通り、ここからちょうど反対の位置に、すっと小さな女の子が現れた。
それはまるで空気に霧散していた女の子の姿が、時間を巻き戻すかのように、すーっと女の子の姿を形作って、突然そこへ現れた。そしてそれを不思議に思う人は、まったくいなかった。大通りにはたくさん人がいるのに。
すぐに理解した。あの子は幽霊だ。そしてそう思ったところで、あろうことかその子は私に向かって手招きしてきた。……どういうこと?
その子が何か言う。口の動きで、「こっちに来て」だと分かった。何の……何の誘いだろう? でも、なんとなく……悪いことではない気がする。
「……ごめん、リタ。そういえば私、配達頼まれてたんだった。ちょっと行ってくるね」
「えっ、そうなの? 分かった! 気を付けて行ってきてね」
「いってらっしゃ~い!」
二人の声に送り出されて、私はパンの入ったカゴを手に店を出ていく。もちろん、配達なんて嘘だ。
私は大通りを渡り、女の子に近づいた。その子は私が近くへ行く前に、路地へ入っていく。どこへ行くつもりだろう。
女の子はどんどん路地を進むけれど、私が見失うことのない絶妙なスピードで私の先を行く。そして、ある場所の前で立ち止まった。そこは指輪を盗まれたという、アーノルドさんの家の前だった。入り口が一階にある二階建ての建物だ。私が建物を見上げたことを確認すると、また女の子は走り出す。私はなんとなく想像が付いた。
そうして女の子はアスターシャさんの家、ヒナシアさんの家、そして最後に、ファリスさんの家を訪れる。私は見てきた三軒のことを思い出しつつ、目の前の一軒を見て、そして気付いた。どの家も一階部分が店舗になっていて、入り口の扉が開けられているのだ。そして中には、それぞれの人たちが店主として座っている。ファリスさんが私に気付いて、手を振ってくれた。私は手を振り返す。
「伝えたいことは分かったけど……うーん。でも、さすがに犯人の見当はつかないな……」
今ある情報だけだと、正直不用心だから泥棒に入られた……以外の感想が出てこない。この子が伝えたいのはそのことなの……?
悩む私を見て、女の子はふっと微笑んだ。そして、空気に溶けるようにして消えていってしまう。一度、店に帰ろうか――そう思った私の前を、大きな犬が通り抜けた。
その子の名前は、アンディー。黒くて大きくて、近所でも賢いと評判の犬だ。今も口におつかいらしいカゴを咥えて道をのしのし歩いている。私は道を行くアンディーをなんとなく目で見送った。
アンディーが角を曲がったところで、その場所にまた、今度は私より少し年上らしい、女性の姿がぼんやりと現れた。きっと彼女も霊だ。私にしか見えてない。私は少し歩いてその人の近くまで行った。
女性はずっとアンディーを見たままだった。私に気付いた様子で、彼女はアンディーを見たまま口を開く。
『……知ってる? あの子の家のおばあちゃん、最近ちょっと具合が悪くて、ずーっと寝てるんですって。だからあの子、最近はいつ見ても、不安そうな顔してるのよ』
確かにアンディーは人間みたいに表情豊かで、すごくそのときの感情が分かりやすい。さっきもどこか悲しそうな表情だと、私は感じていた。
『あの子のおばあちゃん、キラキラ綺麗なものが好きでね、私も小さい頃は、色々見せてもらったなぁ……。近くで取れた宝石の原石や、川で見つけた砂金の詰まった小瓶……特におばあちゃんの自慢は、大好きなおじいちゃんからもらった、金の指輪だって言ってたなぁ……』
そう嬉しそうに言って私に微笑むと、彼女もまた、消えてしまった。私は今までの出来事を振り返って、推理とも呼べないものを頭の中に思い浮かべた。
◇ ◇ ◇
数日後。朝の忙しい時間を乗り越えて店先でのんびり過ごしていると、いつも以上に元気な様子でリタが店に戻ってきた。
「アニー、聞いて!! 事件のこと、解決できちゃった! 全部アニーの言ったとおりだったよ! すごいすごい!! アニーってすごいことに気が付くね!」
「えへへ、ありがとう……。そっかそっか。無事に解決したみたいで良かった……」
「そのお礼ってことでね、いろんな人からこんなに色々もらっちゃった!」
リタが重そうに置いたカゴは、新鮮な野菜やら果物やら乾物やら、色々と食べ物で一杯になっている。それを見てミリーも目を輝かせた。
あの窃盗事件、真実はとても可愛らしいものだった。
――結局あの事件に、犯人はいなかった。犯、犬……?はいたけれど。
結論だけ言えば、あの事件の犯人はアンディーだった。
アンディーは元気のないおばあちゃんのために、おばあちゃんが好きなものを集めようと思った。そこでアンディーは、近所から宝石やアクセサリーを拝借し、おばあちゃんに届けてしまった。でも、そのことにおばあちゃんの家の人は、まったく気付かなかった――
私の推理を聞いたリタがおばあちゃんの家へ行くと、ベッドの下に盗まれたものが一式揃っていたとのことだった。それを聞いて、私はばつが悪い表情をしたアンディーを頭に思い浮かべた。
◇ ◇ ◇
夜明けとともに野営地を出発し、数時間、馬を駆った。丘を越えたところで、町の外縁にある建物が見え始めた。
馬の歩みを止めて、ルクスは街道の先にある町――フィーネスを見つめた。
「あそこですね」
隣で馬に乗る腹心――アドレーが地図と確かめつつ、彼にそう告げる。
ルクスはアドレーの言葉に、ゆっくりと頷いてみせた。
コメント
9件
アンディーは賢いワンちゃんですね! 無事に解決して良かった😊 ほっこり日常回ありがとでした!

アンディーが目元を下げて「くぅーん……」とか言ってるのが目に浮かぶ穏やかな日常エピソードでした。 そしてこういう日常が見えたがゆえ、追いついてくる非日常が怖い。 捕縛指示や噂話がまだ流れてきてない、というのと、野営地を挟んで馬で数時間、というところを見るに、都から相応に離れているはずなのに、どこからリティアの情報が彼に届いたのか気になるところ。 あと現状、とりあえずルクスは敵方ではなさそうだけど、怖いのが彼の行動が引き金でリティアの情報が刺客にも露見するかも、という点か。 いろいろ想像しつつ、続きを楽しみにしています。