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あれはそう、ちょうど真っ赤に燃え上がった紅葉が、折りを見て静々と散りゆくように、わが生涯もいよいよ晩年に差し掛かる頃だったろうか。

その頃の自分は、まったくと言っていいほど陸(ろく)な作品を打てず、日々苦心していた。

でき上がるものと言えば、処女作にも等しい出来損ないばかり。

はやる気持ちとは裏腹に、精神はどんどん磨り減ってゆく。

ついには“あの頃は良かった”などと、昔日を偲ぶ愚心が芽生え始めていた。

そんな折り、ある貴人から注文を受けた。

嫡男の初節句の祝いに、守り刀を打って欲しいという。

この依頼に、自分は大いに悩んだ。

何分(なにぶん)にも老いぐみの齢(よわい)である。 年若い頃の気概もない。

仕方なく、この注文打ちは断ろうと思った。

しかし悲しい哉(かな)、目の前に大金を積まれてしまえば、それも憚(はばか)られる。

斯くして、当該の依頼を渋々ながら引き受けた自分は、通例のとおり鍛冶場に籠もり、黙々と作業に勤しんだ。

出来(しゅったい)はなるべく急(せ)くとのことだったので、心血を過分に注ぐゆとりも無い。

でき上がったものは、さらにも増して出来損ないの一刀だった。

初節句の祝物(いわいもの)ということで、少なからず侮(あなど)りはあった。

“刀剣の形(なり)をしておればいいか”と、それなりに高(たか)を括(くく)ってもいた。

自然、先方の屋敷へ向かう足取りも軽くなる。

しかし、それが帰り道ともなると一転、いたく重らかなものに様変わりしていた。

“このような出来損ないを持参するとは不届き至極”

そんな風に突き返されてしまったのだ。

当方も当方で、元来から気性の荒い質(たち)である。

“おう上等だアホたれ! びっくりするようなもん拵えて、てめえの鼻明かしてやらぁ!”

そんな風に息巻いてしまったので始末が悪い。

斯くして、ふたたび鍛冶場に籠もりきりの生活が続き、ようやくこれぞと納得に足る作品が完成した。

一尺三寸六分(約40cm)の刃長に、重(かさね)厚く、身幅広く──、見栄えは恐ろしく悪い。

どことなく、底意地の悪さはあったように思う。

“これでいいや。 とにかく、あっと驚くだろう”

然(しか)して、屋敷に向かった軽やかな足取りは、すなわち強(こわ)い足取りとなって帰路をズカズカと歩んでいた。

“なんだこれは! 巫山戯(ふざけ)ているのか!?”

なるほど道理だ。 子の祝いに扱う品としては、あまりにも酸鼻の香(か)が立ち過ぎている。

けれども、元来から融通の効かぬ職人気質である。

“黙らっしゃい! とにかく斬れりゃいいんだろ!?”

昔から、刀剣の優美な形(なり)というものには、そこまで気を遣ったことがない。

実戦で取り扱われる消耗品である以上、美しさに何の価値があるのかという思いが根底にあった。

この頃の自分は、刀剣が後の世でどういった位置づけになるかなど露知らず。 よもや美術品に格上げされる事など、当然ながら知る由もない。

ともかく、形はこれでいい。 あとはいかに刃味を効かせるか。

豊富な経験則を頼りに、まるで憑かれたように灼鉄と向き合う日々が続いた。

こうなると意地だ。 もはや、鬼気迫る心魂もなかば枯れかかっていたように思う。

幾歳(いくとせ)が過ぎた。

数度にわたり完成品を持参するものの、その度に突き返される始末だった。

いい加減、堪忍袋にも限界がある。

時は、件(くだん)の嫡子が初冠(ういこうぶり)を迎える頃。 つまりは十一歳から十五歳ほどに差し掛かる頃合だったろうか。

その日も通例のとおり、こちらが持参した一刀に先方は良い顔をしなかった。

“しばらく!”

そこで、ふと思い立った。 いまで言う実演販売だ。

これが、思わぬ効果を発揮することになる。

まず、辺りをさっと見渡した自分は、手頃な二階棚を見繕い、その上に唐櫃(からびつ)をドンと乗せた。

さらに火桶・冠箱・鏡箱と、順に載せてゆく。

そうして己の作刀をキラリと払うや、客の制止も聞かず、瞬時にそれらを斬りつけた。

手前(てめえ)で言うのも何だが、こうなるともはや魔剣か妖刀か。

豪壮な刃は、うずたかく積まれた調度品を手もなく両断し、挙げ句には床板に深々と食い込む働きを見せた。

この絶後の刃味を目(ま)の当たりにした先方は大いに喫驚し、長年の仕事振りにようやく深謝をくれた。


「そのような事が……」

「もそっと派手な話を期待したかい? 切先から雷が出たり、刀身に火が巻き付いてるような」

「いえ、それもまた御噺と実話の差異…のようなものかと」

「言うね? まぁ、年寄りの追想だわな。 面白くも何ともありゃしねえ」

重要なのは生い立ちではなく、どういう意義を与えられ、どういった道々を辿ったか。

それが物言わぬ道具であれば尚更だ。

それが人畜を殺傷し得る道具であれば尚更だ。

かの一刀が、如何なる経緯(いきさつ)を経てあのおヒトの手に渡ったか。

これについては、単に巡り合わせによるものじゃないだろう。

言うなれば歯車の是非か。

初めからそうなるよう仕組まれていたと考えるのが自然だ。

世界を了するための止(とど)めの刃。

人呼んで天国(あまくに)番外、号を“了(すみ)”という。

宿す神通は──。 いや、産親(うぶおや)としちゃそんなモンに興味はないが、恐らくは“結末”に通ずる何かなんだろうとは思う。

今となっては、その辺の事情に分け入るのはまことに億劫で、直(じか)に質(ただ)すのも憚られる。

手前で拵えといて何だが……、いや止(よ)そう。

人間の頭には、理解が追っつく限界の容量ってもんがあらかじめ設定されてるそうな。

今はただ、己の作刀が築いた骸の山を思っては、朝な夕なせめてもの慰めにと、念入りに手を合わせるのが常だった。

「………………」

やむにやまれぬ心持ちで、視線を庭へ。

果たして、当の縁側に二人。 のんびりと月を見上げる女将、ならびに若女将の小さな背中は、屈託とは無縁の風情が纏綿(てんめん)としていた。

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