あらやだ。もう少しで完結だw
――黒の嘘、愛の檻
夜。
静寂が降りた館の廊下を、悠はひとり歩いていた。
黒のドレスが月明かりにきらめくたび、まるでその足跡に影が落ちてゆくようだった。
他の誰とも違う空気をまとう少女。
どれだけ笑い合っても、ふとした瞬間に心を閉ざすその瞳は、いつも何かを拒んでいた。
(ここに来なきゃよかった)
(こんな優しさ、知りたくなかった)
言葉にできない本音が、喉の奥でじっと沈んでいる。
彼女だけが、まだ“過去”を語っていなかった。
そしてそれを、誰も責めなかった。
けれど――
「もう、逃げられへんのよ、悠」
振り向くと、そこにはいふが立っていた。
その背後から、初兎、ないこ、ほとけ、そしてりうらがゆっくりと集まってくる。
「みんなが自分の過去をさらけ出して、向き合ってきた。
せやから、次は……あんたの番や」
悠は目を伏せ、唇をかむ。
「うちは……」
「怖くても、嫌でも、ちゃんと聞く。あなたを拒絶したりなんかしない」
りうらが、まっすぐに言った。
「私はここに来て、自分の心と向き合えるようになった。
だからこそ言える。悠のことも、ちゃんと知りたいの」
悠の肩が、小さく震えた。
「本日は、黒の間にご案内いたします」
静かに、例の青年が現れた。
悠は深く息を吸い、吐いた。
「……行こか」
*
扉の向こうは、静かな住宅街だった。
いや、“静かすぎる”と言ってもいい。
人の気配はなく、風も止まり、時間だけが止まっているかのようだった。
その中に一軒、明かりの灯った家があった。
少女たちは、何かに導かれるようにその家へ向かって歩く。
玄関を開けると、廊下の奥から泣き声が聞こえた。
(やめて……やめて……)
かすれた、子どもの声。
「悠……?」
りうらが声をかけると、黒のドレスの少女は静かに頷いた。
「ここが、“うちの家”やったとこ」
場面はリビングに切り替わる。
そこには、まだ小学生ほどの悠がいた。
頬には赤い手形。
泣きながらうずくまる少女の前で、大人の男が怒鳴っている。
『お前なんかいらんかったんや! 産むんやなかった!』
少女は何も言い返さず、ただじっと目を閉じていた。
「うちの親はな、どっちもすぐに手ぇ出す人やった。
“失敗作”って、よう言われとったわ」
悠の声は感情を消したように平坦だった。
「でも、泣いたら余計怒鳴られる。喋っても、“言い訳すんな”って言われる。
だから、うちは早いうちに“感情を捨てる”って決めたんや」
記憶の中の少女は、黙って絵を描いていた。
色鉛筆を握り、ただ、黙々と“黒い花”をノートに描き続けていた。
「せやけど、学校では笑わなあかん。ええ子でおらな、また怒られる。
友達の前でも、愛想良うせな、“変な子”って思われるから」
『ゆうちゃんって、いつも明るくていいよね〜』
『うちに遊びにおいでよ、親が旅行でいないんだ〜』
『え、家? えーと、今日はちょっと……』
現実と嘘が交差する中で、少女は“理想の悠”を作り続けていった。
ある日、悠はひとり公園にいた。
ぼろぼろのカーディガンに、ノートを抱えて。
ページにはびっしりと、少女たちの名前が書かれていた。
【りうら/初兎/ないこ/ほとけ/いふ】
「……これは?」
ないこがつぶやいた。
「うち、ほんまは、ずっと前からみんなのこと知っとった」
悠はゆっくりと語り始める。
「たまたまSNSで見つけたんよ。みんなの投稿、絵、コメント、動画――
見とるうちに、どんどん好きになって、憧れて。
“この子らみたいになりたい”って、ずっと思ってた」
少女の部屋には、5人の写真が貼られていた。
日記には、丁寧な文字でこう綴られていた。
《うちは、こんな子たちと友達になれたらって、夢見てる。
でも現実では無理。だから、せめて夢の中だけでも――》
「この館で、うちは“偶然出会った”みたいやったけど……ほんまは違う」
「えっ……」
「うちが願ったんよ。
こんな自分でも、あの子らと繋がれたらええなって、
あの夜、目を閉じて――気づいたら、この館におった」
誰も言葉を発せなかった。
「でも、うちは嘘ついとった。“初対面”のふりして、“友達になりたい”って近づいて、
そやのに、優しくされればされるほど、怖くなって……」
悠は俯いた。
「このままじゃ、また全部壊れる。うちが全部壊してまう。
ほんまは誰のことも信じられへんのや。
だって、信じたら、裏切られる。
好きになったら、壊される。それが、うちの人生やったから」
そして、記憶は再びあの館の夜に戻った。
少女たちが眠る中、ひとりベッドに腰掛けていた悠の姿。
その掌に、小さなナイフがあった。
『うちがいなくなれば、きっとみんな平和や……』
「悠……!!」
りうらが抱きついた。
「そんなこと、言わないで。
あなたがいてくれて、どれだけ救われたと思ってるの!?」
「うちなんか……いらん人間や……」
「そんなわけないやろ!」
いふが怒鳴った。
「お前が最初にウチの手握ってくれたとき、どんだけ救われたか、わかってんのか!」
初兎も、涙をにじませながら言う。
「一人で強がるの、もうやめぇ! 助けて言えや、怒ってええ、泣いてええ!
……ウチら、そういう仲間やろ!!」
悠は、はじめて声を上げて泣いた。
「……うち、ずっと、誰かに抱きしめられたかった」
その言葉に、皆が一斉に、悠を抱きしめた。
「よう言うた。えらいなぁ、悠ちゃん」
「よう頑張ったね……もう、大丈夫だよ」
「ずっと、ここにおっていいから」
*
その夜、6人は全員、リビングに布団を並べて寝た。
「なぁ、明日で最後の記憶になるんやろ?」
「うん……6人そろったから、きっと――」
「じゃあさ、また全員でここに戻ってこようよ。
夢でも幻でもいい。また、みんなで……」
その言葉に、誰も反論しなかった。
悠は、隣で眠る初兎の手をそっと握った。
「……ありがとう。うちを、見つけてくれて」
コメント
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黒ちゃあああん... なんというか家庭が複雑ですなぁ...