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⧉▣ FILE_031: 頂点 ▣⧉
Aは、パンケーキの甘さに包まれたまま、知らぬ間に眠っていた。
どこか、久しぶりに深く呼吸できたような──そんな、安心に近い微睡みだった。
目を覚ましたとき、既に正午をまわっていた。
隣には誰もいなかった。
「……あれ? L……?」
Lがいなくなってしまったと思い、Aは立ち上がり、隣の部屋を除くと──
──いた。
Lは、床に倒れ込むようにして眠っていた。
仰向けでもうつ伏せでもなく、身体を丸めるようにして。意識を手放した直後に、ただ崩れ落ちたような、そんな姿勢。
けれど、Aの目を捉えたのは、Lの姿そのものではなかった。
──床に“影”があった。
それはLのものではない。
照明の方向も、Lの影がそこに落ちる理由にはならない。
違う。
あれはもっとこびりついたもの。
“焼き付いた影”。
黒く、濃く、動かない影──誰のものなのかは分からない。
ただ、Lはその影に寄り添うように眠っていた。
それが隣に誰か“いる”ことを知っていて、そこに身を預けるように。
Aは自分の肩に掛かっていた毛布をそっと持ち上げ、Lの眠る背中にかけようと手を伸ばした。
その瞬間──
ピピッ。
電子音が室内に響いた。
パソコンの通知音だ。
Aが思わず振り返るよりも早く──Lの目がすっと開いた。
何の迷いもなくLは立ち上がり、そのままトタトタとパソコンの前へ向かっていく。
スリープ中だったモニターが、同時に目を覚ますように明るくなった。
Aもその隣に腰を下ろす。
並んで画面を覗き込んだその先に、開かれていたのは──
《From: E.C》
コイルからのメッセージだった。
────
import string
def solve():
# Ω
Omega = list(string.ascii_uppercase)
# X→A : 平方数列
squares = [n*n for n in range(1, 10)]
# Σ : 計算不能
try:
Sigma = sum(squares) % None
except:
Sigma = None # すべて無効化
return Omega[-1]
print(solve())
─────
Lは、口元に指を当て、目の前の数式を見つめた。
──読める。読めるが、“答え”には辿り着かない。
これはコードではない。
難解に仕組まれた、知性への挑戦──
“パズル”だ。
途中にひとつ、明らかに破綻を誘発する行がある。
sum(squares) % None──
存在しない値で割ることで、計算結果が永遠に返ってこない。“未定義”を、意図的に埋め込まれている。
その先に、いくつもの象徴が並んでいた。
Ω(オメガ)、Σ(シグマ)、X──
どれも「終端」や「総体」を意味する文字だ。
そして最後に置かれた一行。
── Omega[-1]
「……終わり……?ラスト……。最後の……アルファベット?」
Aの声が、呟きのように室内に落ちた。
最後は──?
「Z」
その一文字を口にしたとき、空気がわずかに変わる。脳裏に走ったのは、久しく思い出すことすら避けていた名前。
Z──
終端を示す文字でありながら、そのイニシャルの意味は《Zero-One》──“01”。
始まりを意味する。
アルファベットの終わりであり、始まりでもある者──
《最初で最後の頂点》。
それは、Lの次位に位置づけられる高位称号のひとつだった。
一方で──A。
彼はファーストアルファベット。
《始まりの文字(Alpha)》を冠する存在。
そして同時に、その名にはもうひとつの意味がある。
“APEX”。
頂点。
到達点。
最上位。
ワイミーズハウスにおいて、Aは“初期ロット”であり、“始まりにして完成形と目される存在”だった。
──AもZも、同じく“頂点”を意味する記号を背負わされている。
だが、その在り方は対極だ。
Aは《始まりの頂点》。
Zは《終わりにして始まりの頂点》。
同じ高位概念でありながら、決して重ならない座標。
『始まりと終わりはいつも同じ』。
ライバル──そう呼ぶことすら、どこかためらわれる。
なぜなら。
彼はまだ──《13歳》なのだから。
未完成であるはずの年齢で、“頂点”の記号を背負わされた少年。その重さを、彼は誰よりも理解していたはずだ。
そんなZは、自らの名を嫌っていた。
《Zero-One》。
Aと同じ、“01”の象徴。
それはZにとって、誇りではなかった。
彼が望んだのは、皮肉にも──
Lと同じ──ラストネーム。
《LAST》──
その名は、ワイミーズハウスにおいて特別な意味を持つ。
絶対的象徴であるLが背負う、唯一無二の終着名。
Zは、その名に固執していた。
Lと同じになりたかった。
だが現実に、与えられたのはAと同じ記号。
同じ“01”。
同じ始点。
まるで──《コピー》だと。
その事実に、彼は激しい嫌悪を抱いていた。
結果として、Zは孤立する。
子供たちと馴染めず、職員とも衝突を繰り返し、制度上の“例外措置”として、里親に引き取られる形で施設を去った。
記録上は──ただの「脱落者」。
だが。
もし、そのZこそが、エラルド=コイルに直接依頼を持ち込んだ張本人だとしたら──
ひとつの疑問が浮かび上がる。
Zは、正式なL候補として育成される前に──“すでに施設を去った存在”だった。
ネットワーク上にも名を残していない。
それなのに──どうして
“Lがイギリスに帰ってきた”などという噂が、ハウス内部に広がっているのか──?
(どこから、どうやって──)
Aが考えを巡らせる暇もなく、Lが急に背後へと声をかけた。
「──ワタリ」
即座に応答が返る。
「はい」
「Zを、探してください。必要であれば、あらゆる手段を使って構いません」
ワタリの返事は一瞬遅れた。
けれどその意味を理解した上での、一歩踏み込む間だ。
「──承知しました」
もう、これは捕獲指令だ。
噂の出処を追う段階は終わった。
今や、標的は明確──
──しかし、ほんとうに?
Aは、思わず思考を押しとどめた。
──13歳。
たった、13歳の少年。
その相手を、僕とLで、「捕まえよう」としている……?
この事件の黒幕が、あの免疫暴走事件の首謀者が──
──たった13歳の“子ども”だっていうのか?
「……っ」
Aは唖然とした。
考えれば考えるほど、思考が滑っていく。
現実味がない。
否定したいのに、Lはもう犯人を捕まえるために動いている。
「……そんな……」
その呟きが口から漏れた、ちょうどその時だった。
ピッ──
通知音。
また、エラルド=コイルからだった。
画面にはただ、1本のURLが貼られている。
【Live Stream Access Granted】
From: Eraldo Coil
Subject: For L - From the Client
「……生中継……?」
クライアントから──ということは、『Z』からの動画。
Lは警戒すらせずに、そのリンクをクリックした。画面が切り替わり、動画ストリームが立ち上がる。
無音。
真っ白な背景。
数秒のブランクのあと、黒いフォントで、中央に一文だけが浮かび上がった。
▌
Z ▌
Z… ▌
Z…? ▌
疑問符。
明らかな“揺さぶり”。
Aは言葉を失った。
その文字列を指差すようにして、唇をかすかに動かす。
「……疑問形? どういうことだ……?」
すると──
ピ──ィ……
耳障りな、機械音が空気を震わせた。
次の瞬間、スピーカーから不意に声が流れ出す。
《バレちゃったか》
その声は、機械的な加工音と、どこか子供のような気まぐれさを混ぜ合わせたような、異質なトーンだった。
けれど、そこに漂う自己肯定感と嘲笑の気配は、Zのものだと直感できた。
《でも、ここまで──ぜんぶ計画通り》
《L、あなたを閉じ込めるのも、思ったより容易かったな》
Aが思わずLを見やる。
Lは無言のまま、画面を見つめていた。
《今、僕──あ。『アタシ』は──》
声のトーンが微妙に揺らぐ。
《飛行機を操作できる立場にある》
「……飛行機?」
Aの背筋に、冷たいものが走った。
そして、次の言葉が決定打となる。
《フランスの『ストラトス』──あれ、アタシが動かせるんだよ》
その瞬間──
「……ストラトス!?」
背後から、ワタリの声が飛ぶ。
その穏やかだった声に、明確な緊張が混じった。
──“ストラトス”。
それは、フランスに配備されている大型の、《軍民両用航空機》である。
もともとは純粋な軍事用途──戦争で使用された機体だ。民間転用後も、機体構造の根幹は変わっていない。
しかし現在、その所有権はイギリスにある。
開発・管理も、イギリス主導。
フランスに置かれているのは、政治的緊張を避けるための措置に過ぎない。
名目上は民間機。
だが実態は、「軍事技術をそのまま引き継いだ民間航空プラットフォーム」。
──そして今日。
そのストラトスは、『フランスのワイミーズハウスの子供たちを、避難のために乗せている』。
Aの鼓動が一気に跳ね上がった。
「……やばい……………」
Zが、あの機体に関与している──
Zが、その操作権を持っていると宣言した──
Zが、“ワイミーズの子供たち”に手を伸ばせる位置にいる──
「ワタリ!」
Lの声は、焦るような緊張感のある悲鳴だった。
「至急、子供たちのリストを確認。ストラトスの搭乗者名簿、すべて照合を!急いでください」
「はい……!」
ワタリは即座に、通信端末へと向き直る。
画面の中、再び機械音。
《この機体は、約四十分後に、アメリカのホワイトハウス──ワシントンD.C.上空に到達し、墜落させる》
Zの声が、どこか楽しそうに囁いた。
《──『LAST』・『APEX』お前らに見せてやるよ》
《誰が『ラストネーム』にふさわしい『頂点』か》
「「……ッ」」
《王の座はただひとつ。座るのは一人。落ちるのも、一人だ》
《上には上がいるってことを。──上位互換は旧式を排除する》
《この空の上で──僕と命懸けの勝負だ!》
堕ちたら、死。
その空は、逃げ場のない“頂点”。
いよいよ、この欧州バイオテロは──
──地獄に堕ちる。