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わんくっしょん。
プロローグなのに終わってません。
頑張ってください(白目)
パジャマ代わりにエーミール達に配られたのは、ゆかりが仕立てた浴衣であった。八雲教授が着ているのを見たグルッペンが気に入ったのだが、グルッペンもエーミールも日本人の規格より体格が大きいので、手作りするしかなかった。
八雲教授もまた、日本人にしては大きい方なので、こちらもまた、ゆかりのお手製である。
「いやーしかし、この浴衣ってやつはええなぁ、エミさん。身ごろを合わせて腰のあたりで紐で結ぶだけで、こうも決まるとか」
「機能美の塊ですよね。日本の気候に、よく合ってる」
「何より」
そう言うと、グルッペンはエーミールの背後に回り込み、前合わせの間に手を滑り込ませた。
「脱がんでも、地肌に触れられる」
エーミールが露骨に嫌そうな舌打ちをする。
「……もう我慢効かんくなったんか、貴様」
「かなり我慢した方やで? しかも、あんなプロポーズみたいなデートのお誘いまで見せつけられて」
「焚き付けたのは…ッ、貴様だろうが」
背後から抱き寄せられ、耳に息を吹きかけられる。
「だから…ッ、貴様と一緒に暮らすのは…イヤなんだ…ッ」
耳を這うグルッペンの舌の感触に、エーミールは身をよじって抵抗する。しかし、そんな些細な抵抗など、グルッペンには通じない。
「日本家屋の防音のガバは、解っているだろう? イヤなら声を出せばいい」
エーミールの浴衣の衽(おくみ)が割られ、下半身が露出する。エーミールの意思と裏腹に盛り上がってきた部位に、グルッペンの手が触れる。
「~~~~…ッ!!」
エーミールは両掌で口を押さえ、溢れそうな声を必死で飲み込んだ。
「ほんま浴衣はええな、エミさん。服脱がんでも突っ込めそうや」
グルッペンはエーミールを背後から押し倒すと、腰を上げさせてパンツを下ろした。
エーミールは自分の右腕に噛みつき、声を押さえ痛みで自我を保つ努力をする。
いつまで保たせられるか、わからない。
だが、グルッペンの思惑どおりにだけは、なりたくない。
口の中に血の味を感じながら、エーミールは全身を震わす快楽に耐えようと、そればかりを考えていた。
「うーん。思ったより講演後の挨拶に、時間食ってもうたな~」
「山陰線乗り換えの時間、それほど余裕ないですね」
「いや、新神戸から新幹線で岡山行って、そこで乗り換えって手もあります」
「さすがグルちゃん。エミちゃん、新神戸まで行ける?」
「わかりました」
「結局、ギリギリなってもうたな~。せっかく神戸来たし、手伝ってもろた二人に神戸牛食べさせたかってんけど」
「そんなことより、何とか間に合いそうでよかったです」
「すまんな、二人共。また改めて神戸牛食い行こな」
「教授!神戸牛気にしすぎで、荷物忘れてます!」
「すまん、グルちゃん。帰ったら、絶対に行こうな」
八雲教授はそう言うと、ふと何かを思い出したようで、大声で驚愕の声をあげた。
「せやったー!悪いけどエミちゃん、タバコ買ってきてくれへん?キャスターマイルドの3ミリ。あったらカートンで」
「わかりました」
「これ、代金な。おつりはあげるから」
「子供のおつかいやないから、いいですよ。領収書は?」
「ボクの名前でもらってきて」
「行ってきます」
エーミールは八雲教授から千円札数枚を渡されると、売店まで急ぎ足で向かっていった。
人混みの向こうに消えるエーミールの姿を横目に、グルッペンが口角を少し上げ、八雲教授に問う。
「……八雲教授、タバコ吸いましたっけ?」
「たま~~にね。それに、日本の限界集落だと、酒とタバコが通貨になることあるんや。交流の潤滑油、やね」
「ほう」
「民俗学は話聞くんが商売やからね。相手の機嫌損ねたら、アカン」
「そのへんは、どこの界隈も同じですね。経済学部教授の本来の専門が民俗学なのも、納得です」
飄々とした顔でのんびり答える八雲教授の仕草と口調に、グルッペンは内心で『食えない男だ』と腹の中で笑った。
エーミールは八雲教授から渡された千円札の束に違和感を感じたが、教授から視界が切れるまで気付かない素振りでいた。
支払い前に、こっそり抜いた違和感の元をスーツのポケットに突っ込むと、急いで八雲教授の元に戻った。
「お待たせしました教授。こちらがタバコと、これが領収書です」
「ありがとう」
タバコが手渡されると同時に、発車ベルが鳴る。
「おっと。もう出るんか」
「二人共、ゆかりさんとらんちゃんのこと、よろしゅうな」
「ちゃんとお守りいたします」
「教授もお気をつけて」
車窓から手を振る八雲教授が見えなくなると、二人は顔を見合わせて大きなため息を吐いた。
「いや~~。八雲教授も慌ただし人やなぁ、エミさん」
「ああ。さすがに疲れたわ。車回して来るから、駅のロータリーで待っててく…」
エーミールの指先を、グルッペンが意味ありげに掴んできた。
「折角二人きりなんだぜ?このまま普通に大原へ帰るんか?」
「……当然だろ。車も教授のなんやで」
エーミールはグルッペンの手を、雑に振り払った。
「防音設備のしっかりした広い部屋のホテルと、声の通りもよく同居人の多い家。どっちでキミの声を聞こうかな」
「……」
「ま、俺はどっちでもええけどな」
「……。車を回してくる」
改札を出る前に、エーミールはトイレの個室に入り鍵を閉めた。
先ほどポケットの中にしまいこんだモノをよく見ると、八雲教授の健康保険証と大学附属病院の診察券。雑紙の切れ端に書かれた走り書きの手紙。
エーミールは手紙を広げ、小さな文字に目をやった。
『保険証と診察券を渡す。私の名義だが、君が使っても問題ないようにしてある。右腕の噛み傷は感染症の恐れがあるから、早目に病院へ行くように。
p.s.守ってやれなくてすまない。目下対策中。 Q』
「……」
やはり教授は気付いていた。
自分とグルッペンの異様な関係を。
エーミールの右腕の傷を。
ここまで警戒しなければならない、グルッペン・フューラーの脅威を。
エーミールは八雲教授の手紙を細かく千切ると便器の中に落とし、水と共に流した。
帰路の途中、グルッペンのナビに従うままに、エーミールは車を進めていた。
大阪市内にある大きなホテルに入るよう言われると、黙ってグルッペンに従い、ホテルの駐車場に車を停める。
「うッ、あっ!あ…ンッ、あぁ…ッ!」
大きなホテルの大きなベッドの上。エーミールは裸に剥かれ四つん這いになるよう、グルッペンに言われる。両腕はネクタイで縛られているので、思うように身体を支えられない。その上、昨夜の噛み傷がずっとジンジンと痛み、余計な負荷となっている。
存分に鳴くといい。
グルッペンの言葉通り、快楽と暴力に苛まれたエーミールは、鳴いた。
エーミールの艶声は、グルッペンの加虐性を更に刺激し、責め苦は激しくなる。
貴様が誰の所有物なのか、その身体に刻んでやる。
我が腕(かいな)の中から、逃げられると思うな。
どれだけの間、責められていたかはわからない。途中、意識を失ってしまったようで、エーミールが気付いた時には、エーミールもグルッペンもきっちりと衣服を着こんでいた。責め苦の痕跡は、エーミールの身体の痛みだけ。
痛みを与えた当人は、何やら電話でお話し中のご様子。
寝転がりながら手首に目を遣り、エーミールは小さなため息を吐いた。
拘束の痕跡が、くっきりと残っている。他の人間ならば誤魔化しようはあるだろうが、エーミールの聡いナニー(養育係)は、決して見過ごしたりしないはず。
右腕の傷の治療は、道具を借りることすらしていない。なのに、八雲教授は、エーミールの怪我を心配し、密かに手紙を送る。ゆかりが一枚噛んでいるのは、明白だった。
これが終わったら、大人しく病院に行こうと、エーミールは思った。下手に隠して、彼女達に深入りさせてはならない。
今やエーミールが一般人である以上、八雲家はエーミールに深入りしてはいけない。彼女達の安寧のためにも。小さな命のためにも。
電話を終えたグルッペンが、エーミールの方に歩み寄る。
「起きたか、エミさん。具合はどうだい?」
「……最悪や」
「それはそれは。ところでエミさんに、いい報せと悪い報せがある」
「私個人の急用ができてね。3日ほど東京に行ってくる。キミにも来て欲しい」
「……拒否権はあるのか?」
「ない。と言いたいところだが、今回はあるぞ。私個人の挨拶回りなだけだからな」
「キミの知人に顔を売れる、いい機会だな。だが、今回は無理だ。キミと違って、一般留学生の私は、明日明後日の講義は休めない」
「それは残念。だが、学生の本分ゆえ、致し方ないな」
「悪い報せというのは?」
「ワイ将、先方の都合で、今すぐ出発せなアカン」
「……は?」
怪訝なエーミールの声に、振り向いたグルッペンの表情は怯えたように凝り固まった様子で、若干鼻水も垂れているようだった。
「たっけて、エミさん。準備とか切符の手配とか、どっから手ェつけてええのんか、マジわからん」
「……教授のマネジメントは完璧だったのに、何で自分のはできひんねん。この五歳児がッ」
「ン誰か~、たすけて~」
結局、東京行きの新幹線から滞在先の宿の手配、最低限必要な日常小物の購入などに、エーミールが奔走する。グルッペンもグルッペンで、矢継ぎ早に来る連絡の対応に忙しかった。
東京行きの新幹線にグルッペンを積み込むと、エーミールはホームへ出た。タラップで次々とグルッペンに注意事項を述べる。
「ええか、グルさん。最低限の小物はカバンに積めたが、あとの足りないものは自分で買え。日本は銃火器以外何でも揃っとるから、問題ないやろ。ホテルの名前と住所と電話番号はメールで送った。場所がわからんかったら、迎えが要請できるよう頼んであるから、ホテルへ電話しろ」
「ありがと、エミさん」
「それとこれ。神戸牛書いてあった駅弁や。中身は知らん。昼飯もまだやったからな。車内で食っとけ」
「うーん、オカン」
そうこうしていると、新幹線ぼ発車メロディが流れてきた。
ドアが閉まる寸前まで、エーミールはグルッペンに向かって叫ぶ。
「戻る時、ちゃんと連絡入れるんやで!ヒマやったら迎えに来たる!」
出発合図のホイッスルが鳴り、東京行きの新幹線は動き始めた。
【PROLOGUE③ に続く】