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――結婚してしまった。


「ほ、本当に結婚したの? 私っ!」


朝になり、冷静になった私は、その事実に直面していた。


――リセのキスは危険すぎる。ううん、キスだけじゃない。目も指も全部。

思い出しただけで、私を魅了するリセの存在。

ろくに婚姻届も見ないで、サインして渡してしまった。


――その場の勢いもあったけど、それより問題なのは、『リセは私のどこがよかったんだろう』テーマはこれよっ!


鏡を見ても、特徴らしい特徴のない普通の顔である。

こんな普通な私が、リセとキスするなんて、申し訳なさ120パーセント。

まさかの100パーセント超え。

リアルな唇の感触を思い出し、鏡の中の自分が、赤くなっているのがわかった。


――それだけじゃない。私ったら、リセに会っただけで、デザイン画を何枚も描いてしまった。


床に落ちているデザイン画をかき集めた。

昨日、リセに会ってから、思い浮かんだアイデアの数々。

一心不乱に描き続け、部屋には大量のデザイン画が散らばっていた。


「こんな時なのに、私ったら、なにしてるのか……」


考えるのはデザインじゃなくて、リセとの結婚である。


「そういえば、連絡先に名刺をもらったんだった」


仕事にいくため、デザイン画をバッグに入れた。

リセの名刺を一度確認しておこうと思い、名刺入れを探していると、スマホが鳴った。

スマホ画面には、妹の|千歳《ちとせ》が入院している病院の名前が表示されている。


「病院から? まさか千歳になにか……」


慌てて電話を取った。


『清中です』

『もしもし、|清中《きよなか》|琉永《るな》さんですか?』

「はい、そうです。千歳になにかありましたか!?」

『いいえ。千歳さんは発作もなく、元気ですよ』


元気と聞いて、ホッと胸をなでおろした。


「あ……、そ、そうですか。よかった」


ホッとしたのもつかの間――


『先月分のお支払いが、まだなんです。千歳さんのご両親に連絡したのですが、琉永さんに連絡するよう言われてまして……』


気まずい空気が電話越しからでも伝わってくる。


――父はいったいなにを言ったのだろう。もしくは継母が私の悪口を言っていたのか。


昨日、私が|啓雅《けいが》さんの提示した契約書を拒み、サインをしなかった。

それもあって、二人の私への怒りは凄まじいものだと想像できた。


「……ご迷惑をおかけしてすみません。出勤前に寄らせていただきます」


父と継母は、病院の支払いに困った私が、啓雅さんと結婚すると思っているに違いない。


――千歳にひどいことはいわない。千歳は私を利用するために必要だから、大事な人質だ。


『|Fill《フィル》』の事務所に電話をかけた。


「おはようございます。清中ですけど……」

『おっはよーん!どうしたの?琉永ちゃん!』


なぜこんな時に|紡生《つむぎ》さんが出てしまったのか。

できたら、|恩未《めぐみ》さんがよかった。


「えーと、朝早いですね。恩未さんはいますか?」

『いるけど、今は忙しい!』


どうして、あなたはヒマなんですかと聞きたかったけど、その言葉を呑み込んだ。


「妹の病院に寄ってから出勤するので遅刻します。遅刻した分は、残業するので、よろしくお願いします」

『いいよ。千歳ちゃん、発作が起きたの?』

「いいえ、その……」


お金の支払いで呼ばれましたなんて、恥ずかしくて言えなかった。

私が困っているのがわかったのか、紡生さんはそれ以上、追及しなかった。


『あー、いいよ、いいよ。千歳ちゃんの病院に寄ってあげて。ただし、遅れた分はきっーちり仕事してもらうからね?』

「ありがとうございます」

『いえいえ』


私が千歳のことで病院へ行くのは、これが初めてではない。

周りと気まずくならないよう紡生さんは、突然の休みや早退も快く対応してくれる。


――家庭の事情も言いたくないってわかってる。だから、私は『|Fill《フィル》』が好きだし、働いていられる。


優しさに泣きそうになりながら、電話を切り、貴重品が入っている机の引き出しを開けた。

少ない貯金だけど、あるだけ持っていくしかない。

今までのアルバイトで貯めたお金は、そんなに多くない。


「足りるといいけど……」


千歳は心臓が弱く、手術をしたほうがいいと言われているけど、手術費は高額で、働きだしたばかりの私には、とても払えるような額ではなかった。

父に頼んでも殴られて終わり、継母はそんな私を笑っていた。


――私の学費を出してくれたのは、二年間だけ。それも啓雅さんに借金していたのかもしれない。


昨日の三千万円という金額を思い出し、背筋が寒くなった。

そういえば、学費がいらない特待生になった時、父は少しも喜んでくれなかった。

私を二十歳で結婚させるつもりだったとしたら、あの態度も納得がいく。


「とりあわず、千歳の病院代を払わなきゃ……!」


電車に乗り、バスに揺られて山の中にある静かな病院に着いた。

郊外の小さな病院で、交通の便の悪さからか、外来患者は少なかった。

受付の清算窓口をのぞくと、若い新人の女性事務員が座っていた。


「すみません。清中ですが、支払いにきました」

「お支払いですね。少々お待ちください」


請求書を探し始め、他の人は不在のようで、これはしばらくかかりそうだと思った。


「先に妹に面会してもいいですか? 帰りに寄ります」


そう答えると事務員の女性は助かったという顔してうなずいた。


――千歳に心配させないように、余裕たっぷりな私でいないとね!


ペチペチ頬を叩き、消毒液の匂いがする廊下を歩いて、エレベーターに乗った。

二階建てになっていて、病棟は西と東にわかれている。

千歳が入院している西病棟へ向かった。

部屋は四人部屋だけど、今は千歳だけで、同じくらいに入院した人たちは、他の病院へ転院していった。

千歳は何度も同じ病室の子を見送っている。

冬に大きな発作が起きて入院して以来、担当医の許可が出ず、今のところ退院の目処はたっていない。


「千歳。調子はどう?」


ベッドを隠すカーテンの隙間から、そっと顔を出した。

ベッドの上には青白い顔をした千歳が、高校の教科書を開き、課題をこなしていた。


「お姉ちゃん! 来てくれたの? 仕事は?」


千歳は長い三つ編みを揺らし、笑顔を浮かべて私のほうを見た。

元気そうな千歳の顔を見て、私も笑顔になった。


「今日は午前中が休みなの」

「本当?」

「本当、本当!」

「それならいいけど……。お姉ちゃんはずっと夢だったデザイナーになったんだから、忙しいでしょう? 私は平気だから、仕事を優先して」


千歳から、私に迷惑をかけたくないという気持ちが伝わってくる。

だからこそ、私は今日、病院に呼ばれた理由を絶対口に出せなかった。


「あのね、お姉ちゃん。私、大学受験は諦めようと思っているの」

「どうして!?」

「医学部はお金がかかるでしょう? それにこの体じゃ無理だし……」

「最近、発作もないし、先生は大丈夫って言ってたわよ? お金のことは心配しないで!」


青白い千歳の手を握った。

千歳には辛くても生きたいと思えるような夢が必要だ。

手術だって、夢があるから、受けたいと思ってる。

お母さんとの記憶がある私より、千歳のほうが辛く、寂しい日々を送ってきた。

だから、せめて私がお母さんの代わりに、千歳の夢を守りたい。

生活も――


「千歳は勉強だけじゃなくて、体力をもつけないとね。体力がついたら、手術をして千歳は元気になって大学に通うのよ。ちゃんと準備しておかないと駄目よ」

「でも……」

「大丈夫! 私が有名なデザイナーになって、千歳の手術代も学費も余裕で出せるようになる予定でしょ!」


千歳に不安を悟られまいと、笑顔を浮かべ、明るく振る舞った。


「じゃあ、千歳。午後から仕事があるから行くわね。勉強、サボらないのよ」

「うん。来てくれてありがとう。お姉ちゃんも仕事、頑張ってね」


また来るわねと言って、千歳に手を振った。

そろそろ支払い金額がわかった頃だ。

私の持っているお金で足りればいいけど……

千歳には強がってみせた私も、一人になったら心細くて、不安な気持ちを抱え、廊下を歩いた。

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