コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
大好きな人がいた。それなりに恋愛をしてきたこの25年間で、一度だけ愛を信じたことがある。
ユイくんが最初に私の部屋に訪れたのは、20歳の12月のこと。ユイくんは私の部屋の中に入れたことをとても喜んでくれた。飾ってある綺麗な絵画を見れば褒め、割れた花瓶を見れば優しく撫でた。そのすぐ後、私もユイくんの部屋を訪ねることができた。お互いに恋人を部屋に入れたのは初めてで、恥ずかしさに擽ったい気持ちになりながらも、大きな幸せに包まれた。友人や家族には、ふたりの部屋が見つかるのもそう遠くないだろう、と言われていたし、私もユイくんもそう信じて疑わなかった。
あの日は良くない日だった。8月、ジリジリと肌を蝕むような日差しとか、朝のアラームみたいに急かしてくる蝉の鳴き声とか。何より良くなかったのは、それらの執拗さから解放してくれる夏夜の風だったと思う。ごめんね、とユイくんに言われた日。
「もう、ユウナちゃんの部屋には入れない。」
ふたりでよく来ていた公園のベンチで、缶ビールを持つ手の力が弱まる。ごめんね、ごめんね、と泣きながら呪文のように繰り返すだけのユイくんの隣で、私はただ何も言えずにいた。
私達は、恋人という関係になってから4年経ってもふたりの部屋を見つけられずにいた。ユイくんはそれを俺のせいだと、自分を責めてしまった。
23歳の夏、私はそうして大好きな人を失った。
そしてしばらくしてから、私は自分の部屋を失った。