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第5節 桐生百合香『その花を受け取ったら』―1―
今日は、相良京介と神田芽生の結婚披露宴の日だった。
本来なら――。
この日を、誰よりも祝いたい人たちがいる。
けれど、その人たちはここには来られない。
相良は、裏の世界と決別した。
だからこそ、相良のことを大切に思えば思うほど、裏社会に生きる人間は、その場に足を踏み入れることができないのだ。
***
昨夜。
「……俺たちの分まで、祝ってやってくれ」
祝い金を手に、雄二は百合香へ頭を下げた。
本当は、
『――一人で行けって言うの?』
そう言ってしまいたかった。
でも、喉まで込み上げた言葉を、百合香はぐっと飲み込んで、
「任せて」
そう告げて、笑ってみせた。
大好きな人に本音を言えなくなったのは、いつからだっただろう。
(きっとあの日からね……)
雄二が、義理と恋情、そのどちらかを選ばなければならなかったとき、選ばれたのは百合香ではなかった。
組に繋がる存在である女性。
その人を彼が選んだ。
それが〝極道としては〟正しい選択なのだと、百合香にも分かっていた。
分かっていたからこそ、何も言えなかった。
でも本当は――。
すべてを捨てて私と結婚して? と言いたかった。
隣に立ちたい。
本来なら、そうなっていたはずの未来みたいに……堂々と彼の名前を呼び、彼の子を産み、共に育てていける存在になりたかった。
けれど百合香は、自分から言ったのだ。
――日陰のままでいいから、雄ちゃんのそばにいさせてほしい、と。
都合のいい女になることを、自分で選んだ。
その結果――。
百合香は、雄二の心を縛り続けている。
そしてきっと、彼の奥さんの心も壊している。
こんなの、許されるはずがないと分かっている。
分かっているのに、離れられない。
そんな自分が、何より嫌いだった。
***
そして迎えた、披露宴当日の朝。
予定より少し早くマンションまで迎えに来た雄二は、車を走らせながら少し言いにくそうに口を開いた。
「……すまん、百合香」
その声に、百合香は顔を上げる。
リアシートからルームミラー越しに、ハンドルを握る雄二と目が合った。
「朝一でオヤジに呼ばれてな、会場まで送ってやれなくなった」
「え?」
――じゃあ、どこへ向かっているの?
そう問いかける前に、
「だから一旦事務所へ寄る」
そう言われて、百合香はすべてを察した。
「……そう」
「佐山に送り迎え、頼んである」
短い説明だったけれど、やっぱり……と思った。
「すまん」
もう一度済まなそうに鏡越し、重ねられた謝罪に、雄二の本音が透けて見える。
だからこそ――。
「分かった」
百合香は、雄二を安心させたいみたいににっこりと微笑んでみせる。
「そんなに申し訳なさそうにしなくても大丈夫だよ」
そう付け加えると、雄二はほんの少しだけ眉を寄せた。
***
雄相会の事務所へ着くと、既に構成員たちが外へ出て待っていた。
「百合香さん」
名前を呼ばれ、顔を上げた百合香へ、誰からともなく頭を下げてくる。
「今日はよろしくお願いします」
「俺たちの分まで、しっかりあの人の晴れ姿、見てきてください」
頭を下げる男たちの姿に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
世間からは怖がられる人たちだけれど、こうして実際に関わってみると、仲間想いの優しい一面もたくさん持っていると感じられる。
雄二が、相良から託された彼らを大切にしたいと思う気持ちが痛いほど分かって、百合香は何度も何度も彼らに頷いてみせた。
「これ、ちゃんと相良さんに渡して、彼の幸せそうな写真、たくさん撮ってきますね」
昨夜のうちに雄二から託されていた皆からの祝儀袋を、ぎゅっと胸元へ抱きしめながら言う。
相良に会ったら、みんなから祝福されていることをちゃんと伝えよう。――そう思った。
そして同時に、本来ならこの役目は雄二の正妻が担うべきものだったのではないか、と考えてしまう。
(ああ、でも……)
コメント
2件
この呼び出しはゆきえさんのけんでの呼び出しだよね
うわあ……百合香の心の内が痛いほど伝わってくる回でした。「日陰のままでいいからそばにいさせて」と自ら選んだのに、心の奥では「すべてを捨てて私と結婚して」と言いたかった——その二重の感情の描写が本当に切なくて。構成員たちが「俺たちの分まで見てきてください」と頭を下げるシーンも、裏社会の人間なりの優しさがにじんでいて、じんと来ました。百合香が「本来なら正妻が担うべき役目」と自分を責めるところ、胸が詰まります。