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アオイが手紙と未来の「証明」をポストに投函してから、一日の時間がひどく長く感じられた。
ポストの闇に吸い込まれたメッセージが、ナギの人生の転機となるよう、ただただ祈るしかなかった。
窓の外の海はいつも通り穏やかだったが、アオイの胸の内は嵐の前の静けさのようにざわついていた。
「手紙は、届いたかな…」
アオイは海猫軒のカウンターに頬杖をつき、
無意識にナギの最後の絵、あの「荒れた海と小さな船」の写真をスマホで見ていた。
あの絵は、周囲の期待と自己否定の波にもまれながらも、必死で航路を探すナギ自身の心の風景だったのだろう。
夕方、町役場の職員から電話がかかってきた。
「ナギ君のお引越しですが、予定より一日早まり、明後日になりました。お母様からの連絡で…」
アオイの心臓が、ドクンと大きく鳴った。
(あと二通どころじゃない、もう一通しかやり取りできないかもしれない!)
最後のチャンスが、突然、目前に迫ってきた。
アオイは電話を切り、すぐにナギへの最後の手紙を書き始めるべきか迷った。
しかし、ナギからの返事を待たずして「最後の手紙」を送ることは、
彼の心をさらに追い詰めるのではないかという不安が、アオイの手を止めさせた。
その夜は、ほとんど眠れなかった。
朝になり、慌ててポストを覗くと、昨日の不安を打ち消すように、少し厚みのある封筒がそこにあった。
「ナギ君からだ!」
アオイは震える手で封を開けた。
中には、いつものナギの丁寧な文字で書かれた手紙と、数枚の薄い紙が入っていた。
ナギは、アオイからの手紙と、未来からの「証明」を読んで、深く感動していた。
アオイさん、
印刷されたメッセージ、何度も何度も読みました。
2000人以上の人が、僕の絵を見てくれて、心を動かしてくれた… 美術の先生たちが、僕の絵を認めてくれた…
「絵は、人の心を救い、勇気を与えることができる」
この言葉が、僕の頭の中で何度も響いています。
お母さんが言う「役に立つこと」とは違うかもしれないけど、
僕の絵が誰かを救ったという事実が、
こんなにも僕を強くしてくれるなんて、想像もしていませんでした。
嬉しくて、恥ずかしいけど、また泣きました。
お母さんのことも、少し考えてみました。
お母さんは、僕に苦労させたくないんだと、アオイさんの手紙を読んで少しだけ理解できました。
でも、僕はもう、絵を「隠すもの」「悪いもの」として見つめることができなくなりました。
「筆だけは絶対に手放さないこと。」
約束します。新しい町に行っても、僕は絵を描き続けます。
誰かに見せるためじゃなく、僕自身の心を守るために。そしていつか、未来の誰かを救うために。
僕の旅立ちは、予定より一日早くなりました。
だから、この手紙が、アオイさんとの最後の文通になるかもしれません。
本当にありがとうございました。
アオイさんの言葉と、未来からのメッセージは、僕の人生の宝物です。
もし、これが最後の手紙になるなら、未来のアオイさんに、
僕の決意を込めた「未来の約束」を届けたいです。
同封した紙は、僕がこの町で最後に描いた絵のスケッチです。
もしよければ、未来で、僕がこの絵を完成させているか見てほしい。
さよなら、そして、ありがとう。
ナギ
同封されていたのは、鉛筆で描かれた、まだ粗いスケッチだった。
描かれていたのは、荒れた海ではなく、静かに朝陽を浴びて輝く灯台だった。
灯台の光は、暗い海原を照らし、未来への希望を象徴しているように見えた。
アオイは、そのスケッチを握りしめ、安堵と、胸を締め付けるような寂しさに包まれた。
ナギは、自ら新しい一歩を踏み出す勇気を得た。しかし、これが、本当に最後の手紙となるかもしれない。
「約束…絶対、筆は手放させない。」
アオイは、ナギが旅立つ前に、もう一通、
「未来で会いましょう」という希望に満ちたメッセージを届けたいと強く思った。
彼の旅立ちが早まった今、最後の望みを託して、アオイは急いでペンを取った。