テラーノベル
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「んー…なんだこれ。」
放課後の空き教室。
開け放たれた窓からは、運動部の声が聞こえてくる。
締め切った扉の遠くからは、吹奏楽部のチューニングの音がする。
なんとなく視線を感じるけれど、ずっと外から人の気配を感じてるせいだからだろうか。
数学の参考書とにらめっこ。
「ここはこの公式使うと簡単だよ。」
「え…!本当だ!これをこうして………できた!」
「正解!やればできるじゃん!」
「えへへ…って、え、誰!?」
サラサラの黒髪の青年は、くすくす笑って私を見つめてきた。
メガネの奥、切れ長の目が笑顔で薄くなっている。
「一応同じクラスなんだけど…?やっぱり僕影薄いかな?」
通った鼻筋、弧を描いた唇の左端にはほくろが一つ。
「学級委員町の人だ!」
「お、顔ぐらいは覚えてくれてたんだ!嬉しいよ。」
「ど、どういたしまして。」
なんだか距離感の掴めない人だった。
頭が良くて、学級委員長、それに眼鏡をかけた黒髪…まるで漫画の登場人物みたいだ。
「さ、続きやろっか?」
「う、うん。」
雑談はそこそこに、私はその日、最後まで勉強を教わった。
「はぁー、疲れた。」
「お疲れ様。浅田さん、数学嫌いなのによく頑張ったね。」
「まあ、もうすぐテストだし…。」
「1週間後だっけ…頑張ってね。」
「うん…。ところでなんだけど、お名前確認してもいいですか?」
帰り道、どうやら家の方向が一緒らしく、夕方の商店街を歩いていく。
「いいよ。飯田なと。よろしくね。」
「浅田花織です!よろしくね!」
「うん、よろしく。なとって気軽に呼んでくれていいからね。」
「私も、花織で大丈夫!」
「本当?花織さん、ありがとう。」
「こちらこそだよ!」
同じクラスなのに一度も話したことないのが不思議だけれど、これから仲良くやっていけそうだ。
その日の帰り道は他愛のないことをたくさん話して、解散した。
次の日の放課後、たまたま私たちはまた教室で出会った。
そのついでに勉強を教えてもらう。
そして一緒に帰る。
テスト当日まで、そんな日々は続いた。
テストが返却された日。
「はぁ!?何であの花織がそんな点数とってんの!」
「お前カンニングしたぁ?」
クラスの仲いい男女グループ、みんなして私を訝しげな目で見てくる。
「この花織、テスト前勉強しました!!」
グループ内でのざわめきが、その一言でクラス全体に伝染する。
「え、ちょ、みんな、私をなんだと思って…、」
「浅田ー、先生はお前がその調子で次も頑張ってくれることを期待してる。」
慰めるように、担任の先生が教卓から声をかけてくる。
「頑張ります!!」
「おう、先生からは以上だ、学級委員長の飯田、お前からもなんか言ってやれ。」
「え、僕ですか?」
「今回も飯田学年トップだろ。そういうやつから声かけられたら多分やる気出る。」
先生の雑な無茶振りの理由に困惑しながら、飯田くんは私を見据えた。
「次も一緒に頑張ろうね!”浅田さん”!」
その呼び方に違和感を覚えた。
「うん…?」
いつもなら、”花織さん”って呼ぶのに。
「学級委員長からのありがたいお言葉だぞ、花織。」
目の前の男子が不思議そうに私を見た。
「花織、なんでそんな反応薄いの? 」
隣に立つ仲いい女子も不思議そうにしている。
「わかんない…とりあえず頑張る!」
疑問を持ちつつも、ヘラっと笑う。
その日の夜のことだった。
スマホに一件の通知が届いていた。
飯田くんからだった。
『今日どうしたの?』
なんだか心配をかけたのが申し訳なくて、正直に話す。
『人前だったから、下の名前を呼んで何か思われないようにしようと思って。』
答えはそんなわかりやすいものだった。
私は男女関係なく仲良くするから、誰も何も思わないだろうけど、という考えは一旦捨てることにした。
ずっと遠くから君を見ていた。
可憐であどけない君は、僕の目に色濃く映った。
少し明るめの長い茶髪が、歩く度に揺れて目が離せなかった。
クラス内で人気者の君の周りには、たくさんの人がいた。
女子はもちろん、男子だって。
そんな君が、一人きりになっていた放課後の教室。
絶好のチャンスだと思った。
みんなに向けるその明るい笑顔が、僕だけに向いたその時。
『あぁ、いいなこれ。ずっと、僕だけのものにしたい。』
心の中で何かが揺れて固まった。
その日以降、僕は毎日放課後の教室を”わざと”訪れた。
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