超短編
柳田の口調定まってません
「…え、イチ?」
風が冷たくなってきたある日。
路地裏で猫を愛で、時間も時間なので帰ろうとした時一松は蓋をしていた記憶を掘り出され最高だった機嫌が急降下したのだった。
「まさか会えると思ってなかったよ。覚えてる?」
「…う、ん。はは…柳田…だよね」
「前みたいに呼んでよ!ほら、柳!ね!」
「ははは…や、や、…柳。」
成人してニートになって何もかもが学生時代より劣った今、一松はかつての友人には会いたくなんてなかった。
(やばいやばいやばいやばいやばい…こんな俺見て幻滅するかな?柳にはこんな姿見られたくなかったなぁ…)
グルグルと考え込んでも出ない結論に更に悩む。
しかしそんな一松を更に困らせる爆弾発言が人気のない住宅街に響き渡った。
「あのさ、イチ。いきなりなんだけど、今ニートなんだよね?だったら俺の会社で働かない?そんで…もしよければ俺と暮らそうよ」
「…え」
あんぐりと開いた口から零れる蚊のような声に苦笑した目の前のエリートは目を伏せてから、でも…と付け足した。
「でもさ、俺は強制するつもりなんてないし。嫌だったら今言ったことは忘れて欲しい。でも俺さ、もう一個言わなきゃいけない事があるんだ。」
「あ、ぅん…?」
猫のように眠たげな目で見つめる一松を愛おしいと感じる。
「俺さ、イチのこと前からずっと__。」
柳田は一松が好きだ。
高校を卒業し暫く会えていなかったが、一松についての情報だけは毎日欠かさず調べていた。盗聴器だって監視カメラだって何もかもあった。なら何故すぐ迎えに行かなかったのか。
それは、資金がなかったからだった。
一松を養うための資金を必死に貯めていたのだった。
一松はぽかんと口を開け、猫を見ている時のように微笑んだ。
「俺も柳のこと好きだよ?」
柳は伝わっていないな、と思ったが諦めず必死にアピールした。
「違う。俺、イチのこと性的に好き。高校の時からずっと好きだった。イチで…その、…抜いたりも…してた。ごめん。」
引かれると思った。幻滅されて、もう会ってくれないと思った。
「…え?だから、俺も好きだよ…?その、そーゆー…意味で…」
首をこてんと傾げて顔を覗いてくる一松はとても愛おしく、今すぐに抱きしめたい程だった。
「え、ほ、ほんと?じゃあ、あ、つ、付き合って下さい!」
背中を預けて座っていたベンチから立ち上がり、一松の前に膝を着く。
一松はふふふ、と笑って頷いた。
「よろしくお願いします。」
時刻は午後18時。
兄弟に遅れると連絡をしたが、もう遅いので帰ろうとベンチから立とうとした時。
柳田が催促するように回答を待った。
「ね、イチ。さっきの一緒に暮らすって話、どう?俺はイチと暮らしてイチャイチャしたいよ」
一松の顔はみるみる赤くなり、短く太い眉を吊り上げて照れ隠しのように小さく怒鳴った。
「いっ、イチャイチャって…!!!よくそんな恥ずかしい事を……でも、僕も一緒に暮らし、たい。」
嗚呼、何故こうも彼は可愛いのか。
「ううううイチが可愛すぎる…とりあえずはイチも家族に話してみて。俺はもう準備OKだから!帰ろっか。送ってくよ」
早口で手をブンブン振り回しながら悶える柳田を怪訝な表情で見つめていたがすぐに微笑み、重いはずだった腰を上げて帰路へ着いた。
結局柳田は家の前まで送ってくれ、またねと微笑み返していると無言で近付いてきた。
街灯の淡い光が照らす住宅街に小さな、とても小さなリップ音が木霊した。
「んにゃっ!?」
初キスをムードの欠片もない所で奪われた一松だったが、咎める気持ちなどサラサラ無く、恥ずかしさや嬉しさや驚きが混ざってお得意の猫耳と尻尾が存在を主張した。
「ははっ。イチ可愛い。よし、名残惜しいけど…またね!大好きだよ」
頬をサラリと撫でられ、赤い顔がさらに赤くなる。
素直になることが熟下手くそな一松は真っ赤な顔で馬鹿!と叫んで家へ入ってしまった。
が、すぐに顔をだしてぼそりと呟いた。
「…俺も大好き…ま…たね」
最後まで言い終わらないうちにピシャンと閉じられた玄関の引き戸が閉められた。
先程までリードしているように見えた柳田の顔は一松よりも赤く、短く息を吐きながら熱を冷ますため柳田は遠回りで自宅へ向かった。
家に入れば長男のおかえりーという声。
適当に返事をして居間に全員居ることを確認してあのさ…と話をきり出した。
説明中、祝福するものも居れば、家を出ていくのが寂しい、としょぼんとするものも居た。
「…ってこと。多分、定期的には会いに来るよ。」
誰1人否定せず、肯定の言葉を述べてもらえ、顔が綻んだ。
といった出来事から早2ヶ月だ。
爽やかな朝、優しく起こすように小鳥が囀る。
目を覚ませばキッチンから良い出汁の香りが風に乗ってやってくる。
暖かい布団から這い出し、綺麗に畳んで押し入れへ直す。
欠伸を噛み殺しながらキッチンで味噌汁を混ぜている愛おしい恋人の背後から抱き着く。
「…おはよ、起きた?」
振り返り眠たげな目で此方を見詰められ、愛おしさが込み上げる。
「おはよう。きょうもかわいいね」
寝起きで回らない呂律に苦笑しながらも照れて顔を逸らす恋人の頬にキスを落とし、毎日のように口にするおまじないのような言葉を耳元で囁く。
「いちまつ、__。」
コメント
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あーとりあえず死んだ( ˆ꒳ˆ )