「やだ、屋久蓑部長、やるじゃん」
だけど仁子は羽理の言葉を聞くなり大葉の独占欲を誉めそやしてはしゃいだ。
あまりに仁子が騒いだからだろうか。
倍相課長からチラリと視線を送られた羽理は、仁子に「仕事しよう?」と促した。
だがその甲斐もなく、結局仁子は倍相課長から呼ばれてしまい「きゃー、絶対叱られるー!」と言いながら課長とともにフロアを出て行ってしまう。
そんな二人を見送りながら、羽理はもしかしたら倍相課長自身の退職について告げるための呼び出しじゃないかな? と考えて……ちょっぴり寂しくなった。
だって、ちょっと注意するだけならこのフロアででも出来るはずだと思ったから。
***
ややして戻ってきた仁子が泣きそうな顔をしているのを見て、羽理は慌ててしまった。
「仁子?」
ソワソワと声を掛けたら「次は羽理の番だって……」と吐息まじりに小会議室の方を指さされる。
唇を噛み締めている仁子の様子に、羽理は(やっぱりそうなんだ)と覚悟を決めて倍相岳斗の待つ小会議室へと足を向けた。
「大葉さんから聞いてる?」
プライベートならともかく、社内で大葉のことを役職名ではなく〝大葉さん〟と称したことで、羽理は岳斗の心情を察した。
コクッと頷いたら、「そっか」とどこか寂しげに微笑まれる。
「理由も?」
倍相課長の問いかけに、詳しくは聞かされていないと首を振ったら、「僕にもね、やっと本気で守りたいって思える女性が出来たんだ」と見たことのない笑顔を向けられた。
それは今まで羽理が見てきた倍相岳斗の笑顔は全て作り物だったのかな? と気付かされるのに十分な心からの笑顔で――。
「美住、杏子さん……?」
羽理は半ば無意識に、相手の名前をフルネームで言ってしまっていた。
岳斗はその言葉を否定することなく誇らしげに肯定すると、
「そう。杏子ちゃん。彼女を守るために、僕も覚悟を決めなきゃいけなくなっちゃってね」
生い立ちも含めて、自分は『はなみやこ』グループの跡取り息子なのだと告白してくれた。
倍相課長が自分と同じように婚外子だったことにも驚かされた羽理だったけれど、彼の話は例え片親とはいえ実の母から愛されてここまで立派に育て上げてもらった自分とは比べものにならないくらい大変なものだったのだと思い知らされた。
結局のところ倍相課長は、決死の覚悟で決別した実の父親に再度絡め取られることを選択してでも、美住さんを守ろうとしたのだと知った羽理は、ポロポロと涙を落とした。
「法忍さんには一身上の都合で土恵を辞めなきゃいけなくなったとしか話してないんだ。だから申し訳ないんだけどこのことは荒木さんと大葉さんと僕だけの秘密にしてもらえると嬉しいなって思うんだけど……いいかな?」