街を通り過ぎたのは結構前だが、まだ着かない。思いの外教会までの道のりが遠かった。ディオンはというと、やはりまだ完全ではなかったようで、未だに起きる気配はなく熟睡している。
リディアは退屈していた。唯一の話し相手はずっと寝ているし、やる事もない。そもそも抱き抱えられていて身動きすら取れないから、例え此処に本があろうと読む事すら出来ない。
「……寝顔は可愛いのよね、寝顔は」
だがこのままでいるのも悪くないと思っていたりもする。ディオンの寝顔を見ているのは嫌いじゃない。
(何だか、私も眠くなってきたかも……)
大きな欠伸をすると、うとうとと始める。瞼が重い。リディアは自然とディオンに体重を掛けて完全に身を預けた。
「おい、起きろ」
「う~ん……もうちょっと……ゔぅっ⁉︎」
気持ちよく寝ていたかと思ったら、いきなり両頬を強く指で挟み伸ばされた。地味に痛い……。
「何、しゅるのよっ」
摘まれている所為で、上手く話せない。
「着いたんだけど。ほら、何時迄涎垂らして寝てるんだよ」
「分かったから! 掴まないでよ……て言うか垂らしてないし!」
苛っとしながらリディアは手を払い除け、頬を摩る。年頃の娘の顔を一体何だと思っているのだろうか……据わった目で睨んでやった。
「此処?」
外へ出ると目の前にあったのは、随分と古びた小さな教会だった。
「そうだよ」
「……なんか、思ってたのと違う」
普段リディアも教会へ行く事はまま有る。だが今目の前に広がっている光景は、リディアの知っているものとは随分とかけ離れていた。
「地方の教会なんて、何処もこんなもんだよ。お前が知っているのは、綺麗な部分だけだ」
ディオンはそれ以上何も言わず、さっさと歩いて行ってしまった。リディアにはディオンの言葉の意味が分からない。ただ、胸に突っかかった。
◆◆◆
「ねぇ、ねぇ! 遊ぼうよ~」
リディアは子供達に囲まれ、スカートの裾を遠慮なしに引っ張られていた。
「こら‼︎ やめなさい! 領主様の妹君になんて事してるの⁉︎」
シスターは子供達を叱責するが、肝心のリディアは全く気にしていない様子だった。
「シスター、私は大丈夫です。じゃあ、何して遊ぼうか?」
「やった! じゃあ勇者ごっこ!」
「ダメ~! お姫さまごっこ!」
子供達に揉みくちゃにされながらも、リディアは笑顔で外に出て行った。無論従者も後を追わせる。
「領主様、申し訳ございません……」
「構いませんよ。妹も随分と愉しそうだ」
ディオンとシスターは、窓の外を眺めながら話す。外ではリディアと子供達が走り回ったり、抱き付かれたりと大はしゃぎしていた。笑い声も聞こえてくる。
意外だった。あの妹があんなにも面倒見が良いとは。ディオンの中のリディアは、何時迄も甘えん坊で頼りない少女のままだ。これまで余り一緒に過ごす時間がなかった。こうやってリディアといる時間が増えたのは此処最近の事に過ぎない。
幼い日の妹の事はどんな些細な事までも把握していたが、今のリディアの事は思えば何も知らない。
(何時の間にか成長していたんだな……)
ディオンは、一抹の寂さを覚えた。
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