コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「陽さんってば、もう!」
「はじめてのイブと、雅輝の両親に認められた記念日に乾杯なんだから、ちょっとくらい大目に見てくれてもいいだろ」
「酔っぱらった陽さんの相手をする、俺の苦労を思い知ってほしいです」
宮本は面白くないと言いたげに、ぶーっと唇を前に突き出して、思いっきり不貞腐れた。
「歩ける状態で帰れるように、ちゃんと調整するから」
「それもそうなんですけど、酔うと際限なくエッチになるせいで、相手をする俺が大変なんですよ」
「ブッ!」
もう一口飲もうとしていたのだが、告げられた内容が衝撃的すぎて、思わず吹いてしまった。
「おまっ、声のトーンもう少し落とせって」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「わかった、わかったから。ちょっとずつ飲むことにする……」
「お願いします!」
いつも通りのやり取りをしてやり込められた橋本が、不満を残しながらワインを飲み込んだ瞬間だった。
「お話し中のところ失礼いたします。ワインのお代わりはいかがでしょうか?」
さきほど橋本たちにワインを給仕したウェイターが微笑みながら、ボトルを片手にいつの間にか傍に控えていた。
「あ……」
グラスの中はあと三分の一くらいしか残っていなくて、これから料理が出てくることを考えると、お代わりしたいところだったが、目の前にいる宮本の顔色を窺ってしまうのは必然だった。
「陽さん、俺に遠慮せずに飲んだらいいじゃないですか」
「じ、じゃあお願いします……」
苦笑いしながら頭を下げると、「よかったですね」なんていうことをウェイターから告げられてしまった。その言葉に橋本が目を瞬かせると、その視線に絡めるようにまなざしを向けられる。
「ご自分だけアルコールを嗜んでいると、ご一緒している方に気を遣うのは当然のことです」
静かに白ワインを注ぎながら、橋本の心中を察するセリフを、内心ウザく感じた。
「はあ、まぁそうですね」
ウェイターからのねちっこい視線を感じて顔を背けると、正面にいる宮本が憮然とした表情で不快感を露にしていた。
「私当店でソムリエをしております、前園と申します。今日お越しのお客様の中で、一番美味しそうにワインを召し上がっていたので、お声がけさせていただきました」
「一番美味しそうに、ですか……」
広いフロアには30名前後の客がいるというのに、その中で一番と指摘されてしまった手前、なんだか気恥ずかしくなる。
「同席しているお客さまのお選びになったアップルタイザーも、料理の邪魔にならない糖度になっておりますので、お楽しみいただけるかと思います」
「へっ?」
自分が口にしている飲み物について、語られるとは思ってもいなかった宮本が、素っ頓狂な声をあげたというのに、前園は柔らかな微笑みを絶やさず話しかける。
「次の日のお仕事の関係でアルコールを断念しているお姿に、大変感銘を受けました。機会がありましたらお仕事がないときにでも、美味しいワインのある名店にご案内したいです」
(あー、はいはい。俺はフェイクということね。だよなぁ。年増の俺を誘うよりも、若い雅輝のほうが食いごたえがあるだろうよ! それに見た目がまんまネコの雅輝を誘えば、簡単に挿入できそうだしな。や~い、騙されてやんの!)
「ぉ、俺ですか?」
含み笑いしながら、心の中でヤジを飛ばしている橋本を尻目に、宮本は自分を指差しつつ驚いて椅子に座りなおす。
「はい。お客様はアルコール、いける口なんでしょう?」
「それなりにいけると思いますけど、お酒を飲むと車に乗れなくなるので、俺は飲みません」
「ですからお仕事がないときに、ご一緒したいなぁと思っているんですが」
「恋人に呼び出されたときに、お酒のせいで逢いに行けなくなるのが嫌なんです。だから俺は飲みません」
言いながら、宮本は橋本に視線を飛ばす。会話に加われと無言でいきなり無茶ぶりしてきた恋人に、めんどくせぇと思いながら前園を見た。すると、瞳を細めてニッコリ微笑まれてしまう。
「あのさコイツ、こんなふうに見えるけどタチだから」
意味のわからない前園の笑みをジト目で返しながら告げると、呆けた顔に変わった。
「はい?」
橋本が告げたセリフが信じられなかったのか、何度も目を瞬かせて自分を見つめる前園に、不機嫌を示すべく、眉間に深いシワを寄せながら説明する。
「だからアンタが誘っても、跨ることはできないって話だ。わざわざ恋人がいる前で、誘うんじゃねぇって」
「ああ、そうでしたか。てっきりご兄弟かと思いました。年が離れていたようにお見受けしたので」
「陽さんとは兄弟以上の関係ですので、お引き取りください。ワインのお代りは無用です」
彼氏らしくキッパリ断った宮本に、前園は残念そうに去って行った。
「雅輝、モテるじゃねぇか」
羨望と嘲りの混じった笑みを浮かべると、顔を歪ませながら肩を竦めて小さなため息をつく。
「てっきり陽さん狙いだと思いました。俺を誘うなんて、趣味悪いですよね」
「それってさりげなく、俺の趣味が悪いって言ってるだろ?」
わざと不貞腐れてみたら、金魚のように口をパクパクさせる。
「やっ、そんなことはないですって。むう……」
あからさまに慌てふためく様子は見ていて滑稽だったが、虐めるのはこれくらいで勘弁してやろうと考えて、橋本は会心の笑顔を見せた。