テラーノベル
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男のいなくなった倉庫で、俺たちは元貴の方を向いて膝を着く。守れなかった。後悔だけが俺たちの腹の底を渦巻いていた。
「元貴、ひとりにしてごめんね」
俯いて表情の見えない元貴。もう大丈夫だよと、安心させたかった。抱きしめようと手を伸ばす。でもその手が届くことはなかった。
パンッと乾いた音が響いて、手を振り払われる。「ぁ…」と小さく息を漏らして震える元貴に動きが止まる。俺たちを怖がってる。なら、近付かない方がいいのか。
「ごめんね、怖かったよね。俺たち先に戻ってるから、落ち着いたら帰ろう」
「やッ……ぃ…な、で…」
元貴が細い声で何かを呟く。
一言も聴き逃したくなくて、息も止めてじっと耳を傾けた。涼ちゃんも同じようにしている。
「いかないで……離れてかないで」
いっそ痛々しいほどの元貴の本音。小さな小さな叫びだった。
それでも、近付くと元貴の方が離れていくからなにも出来なかった。元貴の殻の外から声をかける。
「元貴、俺たち離れたくなんかないよ。ずっと一緒にいたいよ」
「そうだよ。今だって元貴の傍に行きたいし、抱きしめたいと思ってる」
「や、だ……」
俯いた声が震えていて、胸が痛くなる。涼ちゃんが優しすぎるほど甘い声で話しかける。
「なんで触られるのが嫌なの?怖くなった?」
「ちがッ……おれ、よごれてる、から……」
「2人には、きれいでいてほしーの……」
体がカッと熱くなった。衝動に突き動かされるように、元貴を腕の中に閉じ込める。
嫌がって暴れる元貴を涼ちゃんと一緒に抱きしめる。絶対に逃がさない。
「元貴は汚れてない。綺麗なままだよ」
「それに…もし元貴が汚れちゃったなら、俺たちも一緒に汚れるよ」
「そんなの、やだ……2人にばっか迷惑かけて……」
「でも、僕たち元貴の傍じゃないと生きられない」
「呼吸だって元貴がいないと上手くできないのに、離れてかないでよ」
優しく、元貴の頭を撫でる。俺たちの気持ちが伝わるように。
抱きしめた腕にあたたかい水滴が落ちてくる。元貴の目から零れたものだ。恐る恐るといった様子で元貴の手が俺たちに伸びる。そして、控えめにぎゅっと抱きついてくれた。言葉はなくても、元貴の答えが伝わってくる。指の先まであたたかいものが体を満たす。この熱を逃がしたくなくて、俺たちはしばらく抱き合ったまま動かずにいた。
「そろそろ戻ろっか」
バタバタと外で俺たちを探す声がして、涼ちゃんが立ち上がる。無くなった熱に眉を下げる元貴の手を強く握った。一緒に行こうと伝える代わりに頬にキスをする。それだけで頬を染める元貴にどうにかなりそうだった。
「あー!2人でイチャイチャしないでよ」
ムッと拗ねた振りをして、空いている元貴の手を涼ちゃんが握る。元貴の唇にキスをする。触れるだけのキスなのに、呼吸を奪うほど長かった。
「続きは家に帰ってから、ね?」
クラクラと目を回す元貴に、悪い顔をして涼ちゃんが言う。ひぇ…と恋をする乙女の顔をした元貴の手を二人で引く。
早く帰って目の前の愛しい人を蕩けさせたくなった。苦しい記憶が、甘い記憶で上塗りされるように。もうこんな苦しい思いはさせないと強く心に誓って、俺たちは一歩踏み出した。
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