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『期限つきの同居契約、心までは制限できなかった』~m×r~
Sideラウール
都内にある中堅規模の法律事務所、素の法律事務所。
俺は、そこで働く若手弁護士のひとりだ。
得意分野は、労働問題とか、離婚・親権の民事案件。
困ってる人を放っておけない性分で、つい依頼人の感情に引きずられてしまうこともあるけど……それでも、俺なりに真剣にこの仕事に向き合ってきたつもりだ。
そんな俺が、事務所内で年に1人しか選ばれないという「海外人権支援プロジェクト」の赴任者への審査に参加しませんか?と声をかけられた。
期間は3ヶ月。
滞在先はL国──LGBTQや移民への法整備が進んだ国で、現地のNPOと連携して弁護士が支援活動を行うという名誉ある仕事。
メッセージの通知を見た瞬間、心臓が跳ね上がった。
「……本当に、俺?」って何回も名前を確認した。
嬉しさで言葉も出なくて、
佐久間君に「顔がニヤけすぎ」ってツッコまれたのも覚えている。
けど──その浮かれた気分は、すぐに真顔へと引き戻された。
数日後、事務局から届いたのは、渡航に関するビザの案内メール。
件名は、
『パートナー申請に関する補足書類のご案内』
開いたPDFに書いてあったのは、俺にとっては思いもしなかった内容だった。
派遣先L国における中期滞在ビザの発給においては、
単身者よりも「安定した家庭環境・パートナーの同伴」が推奨されるケースがあるため、
登録上のパートナーもしくは配偶者の有無を事前に申告してください。
……は?
え、なにそれ。
一瞬、意味が分からなかった。
何度読み直しても、つまりはこういうことだ。
──単身で行くより、「パートナーと同居してる状態」のほうが望ましい。
──同性・異性関係なく、”安定した共同生活の相手”が必要とされている。
俺みたいな若手が、短期とはいえ海外で活動するにあたって、
「生活面の安定性」とか「精神面のフォロー体制」って意味でも、
パートナーの存在が望ましいらしい。現地の団体との関係上、そういう条件があるって。
そんなもの、聞いてないよ……!
もちろん、俺にはそんな相手、いない。
恋人はずっといないし、同居人もいない。
実家も遠いし、仕事に追われて家には帰って寝るだけの生活。
そういえば恋人には最近振られたな。
振られた理由は業務多忙によるいわゆる「私と仕事どっちが大事なの!?」状態。
大体これが別れの理由トップ1。
そんな俺が、”安定した共同生活”? 笑わせないでほしい。
椅子にもたれて天井見上げてたら、自然とつぶやいてしまった。
「……誰か、俺と結婚してくれないかな……」
冗談のつもりだった。
誰にも聞かれてないと思ってた、その瞬間──
「めめとか、どう?」
後ろからふっと、飄々とした声。
振り向くと、佐久間君がコーヒー片手に立ってた。
いつも通りのネクタイちょい緩め、マイペースな表情。
こっちは人生かかってる問題で頭抱えてるのに、まるでランチの選択肢みたいなテンションで言われて、思わず素っ頓狂な声が出た。
「……え、は?」
「だからさ。めめ。独身でしょ?同年代だし、ルームシェアするってことにして申請するのはできるんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。話飛びすぎでしょ!」
俺は慌てて手元のプリントを佐久間君に見せた。
「これ見てって。ほら、”長期滞在の安定性を証明するために、同居実績のあるパートナーが望ましい”って……!なあ、これってつまり、俺に”偽装夫婦やれ”って言ってるようなものだよね!」
「うん、ちゃんと読んでるよ。分かった上で言ってる」
「いやいやいや!めめに!?俺が!?結婚してくれって頼めって!?ありえないって!」
「”結婚”じゃなくて、”共同生活の証明”ね。そこ大事。……で、実際、頼むつもりはあるの?」
「あるわけないよね!?いくら学生時代の旧友とはいえあんな少しSっ気入ってるあざとマジメ、弁護士だからっていちいち論理出して会話してくる奴に、”すみませんけどビザ欲しいから夫婦のフリしてくれませんか?”って!?l00%無理でしょ!」
佐久間君はコーヒーをひと口すすってから、ふっと笑った。
「まぁ、そう言うと思った。でも──言うだけ言ってみてもいいんじゃない?」
「……は?」
「めめって、見た目より人情あるよ。同じ事務所で何年もやってきたんだし、非常識なことじゃなければ、話くらいは聞くと思うよ?」
「いや、それが非常識なんだって……」
「でもさ、ラウールって、わりと非常識を押し通す熱意ある方だよね?」
「それ褒めてないよね!?ってか、なんでそんな軽く言えるの?」
佐久間君は肩をすくめて、穏やかな声で続けた。
「俺さ、前にそのプロジェクト、応募しかけたことあったんだ。でも結局やめた」
「え……なんで?」
「当時付き合ってた恋人に、”行ってもいいけど、辛すぎるから帰ってきたら別れちゃうかも”って言われてさ。だから、日本に残る方を選んだんだよね」
ぽつりと、そう呟いて、佐久間君は笑ったまま遠くを見た。
一瞬だけ、いつもより目の奥が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた気がした。
「行きたいって思うなら、足引っ張る理由は先に潰しておいた方がいいよ」
「……」
「無理だったら、断られるだけで済むじゃん。だったら、それを確認してから考えなよ?」
俺は何も言い返せなかった。
──行きたい。
ずっと思ってた。
日本じゃまだ認められてない制度に、最前線で立ち会える経験なんて、そうそうない。
せっかく掴んだチャンス、誰かの手を借りてでも逃したくない。
けど。
「……めめに頼むって、めちゃくちゃ怖いけどな」
「うん、それはまあ……怖いだろうね」
「どうせ『は?何言ってるの』って冷たい目で見られるんだろうな……」
「でも、お前さ、その目に耐える度胸、ちゃんとあると思うけどな」
ぐっと喉が詰まった。
佐久間君の言葉が、妙に静かに胸に響いた。
──逃げたら後悔する。
そう思って、俺は立ち上がった。
「……一度、話してみるよ」
「うん。がんばって。俺、応援してるから」
「うわ、佐久間君が素で応援してくるとなんか怖い……」
「失礼だなぁ。俺、基本的に優しいんだけど?」
「そ、そうだね……」
そう弱弱しいツッコみなしがらも、俺はもうめめのデスクの方を向いてた。
隣の席で、黙々と資料を読んでる横顔。
まっすぐで、ちょっと怖くて、でもめちゃくちゃ頼りになる。
──あいつに「夫のフリしてくれ」って、どんな罰ゲームだ。
……だけど、やるしかない。
事務所の休憩スペースから戻った俺は、そのまままっすぐ、めめのデスクに向かった。
心臓バクバク。喉カッサカサ。正直、何回も引き返そうかと思った。
けど、ここで逃げたら一生後悔する──って、自分に言い聞かせて、机の前に立つ。
めめは、相変わらずパソコンの画面と睨めっこ中。
静かで整った横顔。集中してるときは声かけづらいの、いつものことだけど……
「なあ、めめ。ちょっと、話あるんだけど」
「……ん?」
タイピングを止めて、ゆっくり顔を上げためめと目が合う。
だめ、無表情すぎる。すでに負けそう。
「いや、ちょっとっていうか、結構、わりと、まあまあ大事な……うん、話なんだけど」
「要点をまとめて」
「うっ……」
いきなり突き刺さるジャブ。くそ、予想通りすぎる。
「えっとね。俺さ、海外の人権支援プロジェクト、あれに選ばれたんだ。L国のやつ」
「あぁ、おめでとう」
「ありがとう。でね、派遣には条件があって、”パートナーか同居人と一緒の生活実績”がある方がいいって言われてて……」
「……うん」
「それで、だね……」
俺は思い切って深呼吸したあと、勢いで言った。
「めめ、俺と、結婚してくれない?」
……言った。
沈黙。
3秒経過。
5秒経過。
10秒経って、ようやく返ってきた言葉は──
「は?」
「ち、違う!そういう意味じゃないよ!?えっと、”戸籍上の結婚”とかじゃなくて、あくまでビザ用の、書類上の、フリっていうか!だからその、疑似パートナーっていうか、いや、嘘の夫婦っていうか!!」
「俺が?」
「う、うん……めめが一番条件合ってると思って……」
しばしの間、めめは俺を見つめたまま動かなかった。
まっすぐで、目の奥まで冷静な視線。
その無言が何より怖い。
「……うーん…でもさ独身俺だけじゃないよ?」
「へ?」
「佐久間君だって独身でしょ?さっき話してたみたいだし佐久間君にも頼んでみてもよかったんじゃない?」
「……」
「……」
「……た、確かに」
思わず俺は、佐久間君の方をチラッと見る。
ちょうどホワイトボードの前で別の後輩と雑談していた佐久間君。
……が。
こっちと目が合った瞬間、彼は──
両手で思いっきり大きな「✕」を作った。
バッテン。全力バッテン。すごく笑顔。でもめちゃくちゃ拒否。
「……」
「………………いやいやいやいや!!」
声に出しそうになるのをこらえながら、俺の中でいろんなものが一気に繋がった。
(……おい。もしかして、──)
(俺に”めめに頼んでみたら?”って言ったの、完全に逃げだったのか!?)
(めちゃくちゃいい感じに俺を焚きつけて、自分に火の粉来ないように仕向けただけじゃないか!!)
俺が佐久間君に感じてた尊敬と信頼の一部が、スッ……と上空へ飛んでった。
(この人、口調やわらかいけど、めちゃくちゃ策略家だ……)
脳内でのツッコミが止まらない中、目の前のめめはというと──
「……ラウール、ごめん、悪いけど断る」
ズバッと核心だけを突いてきた。
「……えっ」
「嘘をつくの、好きじゃないんだよ。必要な場面でなら割り切るけど、”旧友だから”って理由でそういう制度を利用するのは、正直納得できない」
「そ、そうか……うん……そうだよね……」
しっかり丁寧に、でもはっきりと断られた俺は、心のなかで正座して反省会を開いていた。
──撃沈。
……でも、なんだろう。
めめの言葉は、どこか”冷たい”というより、”まっすぐ”だった。
全否定じゃない。正直に、ちゃんと向き合ってくれた断り方。
それが逆に、ちょっと悔しくて。
ちょっと、嬉しくて。
俺はとぼとぼ自分の席に戻りながら、(佐久間君だけは許さない)と小さく拳を握った。
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作者名「木結」(雪だるまアイコン)でご検索ください。