テラーノベル
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新魔王の即位から数ヶ月。
魔界は驚くほどの静けさと安定を取り戻していた。
主戦派、共存派、孤立派の過激派どもは、俺が張り巡らせた絶対的な防衛線と厳格な交易ルール、そしてハンス経由で配備した現代兵器の抑止力を前に、完全に毒気を抜かれていた。減税で暮らしが楽になった民草は、相変わらず俺の180倍のオッズの話を居酒屋で酒の肴にしている。
「……はぁ。静かで結構なことだ」
魔王城の自室。俺は冷えた缶コーヒーを喉に流し込みながら、愛用の消音拳銃のオイルメンテナンスを終えたところだった。
静寂の中、ドアがノックもなしにスッと開く。
入ってきたのは——風のシエルだった。
いつも静かで、感情をあまり表に出さないダミ声気味の落ち着いた声調。派手な大技やキャピキャピとした騒がしさに頼らず、コンマ01秒の死角を突く風の結界と、正確無比な状況分析ができる女。
要するに、騒々しい脳筋どもやゴシップ好きの三人組の中で、唯一俺の「静寂」を乱さない、最も俺好みの女性だ。
「……クロード。ハンスから頼まれていた、境界線の新しい暗殺・監視用光学センサーの試作品、届いた」
シエルは静かな足取りで寄ってくると、小さな革袋を机の上に無造作に置いた。
「助かる。……お前は相変わらず手際がいいな」
「……シエルだから。クロードの好みの距離感、一番分かってる」
そう言って、シエルは俺の隣にある小さなパイプ椅子に、ごく自然な動作でちょこんと腰掛けた。
他のヒロイン共——シャーロットのように爆発的な勢いで押し寄せてくるわけでもなく、エレナのように感情をぶつけてくるわけでもなく、セリスのようにツンツンと騒ぎ立てるわけでもない。
ただ、隣で静かに風を纏い、俺の空間を邪魔しない絶妙な距離感。
俺が一番重宝し、そして一番「居心地が良い」と感じていた存在だ。
「……他の奴らはどうした」
「……セリス様は領地の行政書類と格闘中。シャーロットとエレナは、どっちがクロードの1番の側近かで模擬戦中。……だから、シエルだけ抜け出してきた」
「ハッ……相変わらずあいつらは騒がしいな」
俺が呆れ半分に紫煙を吐き出すと、シエルはゆっくりと俺の外套の裾を、小さな手でキュッと掴んだ。
「……クロード」
「ん?」
「……『全てをあげる』って言ったシャーロットも、『負けたら付き合う』って言ったエレナも……セリス様も、みんなクロードのことが好き。……でも、クロードが選ぶのは、一番静かで、一番クロードの邪魔をしない奴がいいはず」
じっと俺を見つめてくる、澄んだ風のような瞳。
そこに嫌味や押し付けがましさは一切ない。ただ、冷徹で現実主義な俺の性格を、誰よりも深く理解した上での静かな「おねだり」だった。
「……シエルは、クロードが拳銃の手入れをしてる横で、黙ってコーヒーを淹れるだけでいい。……クロードが眠い時は、風で部屋を静かにするだけでいい。……だから、シエルを隣に置くべき」
「……フッ」
俺は手にしていたメンテナンス用のクロスを置き、盛大に欠伸を噛み殺した。
「……お前、意外と計算高いな」
「……風の教え。欲しい獲物は、音もなく背後から奪う」
シエルはほんのわずかに、誇らしげに唇の端を上げた。
派手な魔法も、大層な愛の告白もない。
だが、この静けさと、互いの領域を荒らさない冷徹で合理的な信頼関係こそが、俺にとっては一番心地が良かった。
「……いいだろう」
俺はシエルの頭に無造作に手を乗せ、雑に髪を撫でてやった。
「俺の隣は、お前にやる。……ただし、コーヒーは苦めで頼むぞ」
「……了解。死ぬまで、クロードの隣で風を吹かせる」
シエルは嬉しそうに目を細めると、俺の腕にそっと自分の頭を預けてきた。
魔王の座も、世界を揺るがす覇権もどうでもいい。
欲しいのは、最新の兵器と、十分な資金、そして……この静かで冷めた時間を共有できる、たった一人の相棒だ。
俺は愛用の拳銃をホルスターに収め、隣の温もりを感じながら、静かに目を閉じた。
コメント
3件
うおお…これはめっちゃ良い…!シエル、ずっと静かに計算してたのか。クロードが求めてるの「邪魔しない静寂」だって見抜いて、他のヒロインたちが騒いでる隙に黙って隣の席確保するスタイル、最高に好きだわ。銃の手入れ横でコーヒー淹れるだけでいいって台詞がもう、二人の関係性を完璧に表しててグッときた。この静かな信頼関係、至高。
#創作
バガラジー
75
#初投稿