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まじで文才過ぎる…
デートする独日。普段から不器用なドイツさんと、恋愛にだけ不器用な日本さんのお話。
「あー…日本?」
フリーズした僕の顔を、レンズの向こう側から琥珀色の瞳が覗き込む。
「はいっ。」
「えっと…一緒に行ってくれる、で良い、のか?」
ドイツさんは不安げにそう言った。
「は…はい…っ。」
バクバクと心臓が脈打つ。意識していないと呼吸を忘れてしまいそうだ。
ふっ、と形の良い唇が弧を描く。
「じゃあ、これ。」
目の前に差し出された水族館のペアチケット。
「行けるように頑張らないと、ですね!」
「そうだな。…頑張りすぎて倒れるなよ。」
じゃあ俺こっちだから、と手を振る彼を見送る。
ドイツさんとお付き合いを始めて、初のデート。
水族館なんてどこかの恋愛漫画みたいだ。
真面目な彼のことだ。もしかしたら、どこかのサイトや小説でも読み漁って決めてくれたのだろうか。
「ふふっ、かわいい……。」
思わず笑みが漏れる。今日は久々によく眠れそうだ。
***
「…よし…。」
カレンダーを前に仁王立ちする。待ちに待った土曜日。
浮かれて『デート』なんて書き込んだせいで、全身コーデしてあげる!とにゃぽんに仕事終わりの疲弊し切った体でショッピングモールをあちこち連れ回されたのは別の話だ。
だぼっとしたシルエットの黒に近いグレーの大きめのワイシャツに、ぴっちりと足のラインに沿った白いチノパン。
にゃぽん曰く、清楚でグッとくる!!らしい。
まぁコメントの是非はともかく、僕よりファッションセンスがあるのは確かだ。
そんなことを考えていると、待ち合わせ場所にたどり着いた。
そういえばノープランで来た所か、全く目的地について調べていない。
僕の家とドイツさんの家のちょうど中間くらいの場所にあって、さすがドイツさん…なんて思った記憶しかない。
「すまん日本、待ったか?」
今更ながらダラダラと冷や汗を流していると、そんな声がした。
「あっ、ドイツさん。」
その姿を目に入れた途端、思考はどこかに飛んでいってしまった。
僕も今来ました、と微笑みかける。
真っ白なワイシャツの袖を捲り、初夏にふさわしくベージュのサマーベストを身に纏った彼の上品ながらもラフな格好にとくん、と心臓が跳ねた。
「あー…そのー……。俺はイタリアじゃないから上手くいえないが…その…、似合ってる。」
ドイツさんが照れくさそうに頬をかきながら、手を差し出してくる。その不器用さに、また鼓動が早まった。
「ドイツさんも素敵ですよ。品の良さが際立っていてとてもお似合いです。」
今日は不整脈にならないように気をつけなきゃな、なんて思いながら、ドイツさんの手を握った。
***
「クラゲ…ほわほわしてて癒しですねぇ…。」
「かわいいな。」
「あのセイウチお目目がまん丸ですよ!」
「かわいいな。」
「鮎って塩焼きにすると美味しいんですよねぇ。」
「かわいいな。」
「あっ、アザラシくんですよ!もふもふ!!」
「かわいいな。」
普段保護者じみた発言の多い彼にしては珍しく、『かわいい』を連発している。
しかもその度にぎゅっと手を握りしめてくるものだから、尊さに身悶えしてしまいそうだ。
きっと周りの人たちに、キモい人いたね、と話のネタをばら撒いていることだろう。
充実した疲労感と共に足を動かす。
アクリルの向こう側で、小さなアジの群れが泳いでいる。太平洋を再現した水槽だとドイツさんが教えてくれた。
ゆったりと気ままに水中をたゆたう魚たちが多い中、1匹のエイが真面目にアジの群れについて行っている。
「ふふ。あのエイ、ドイツさんみたいですね。」
「そうか?」
目を細め、懸命に特徴を掴もうとする様が愛おしい。
「えぇ。生真面目な感じが。」
ちゃんとついてってる、と笑う。
「…俺はあっちだと思ったんだが。」
ドイツさんは少し恥ずかしそうに目を逸らしながら、目線の高さほどのエイを指差した。
見ると、ぴったりと寄り添い合って尾棘を揺らしているペアがいる。
「…えっ……。」
「ちょっとちっさいのが日本。余りが俺。」
「サイズ指定に悪意がありませんか?」
「あぁ。結構小さい、かもな。」
「むぅ……。」
発見が嬉しいのか、饒舌なままドイツさんは続ける。
「ふたりだけじゃちょっと寂しそうだな。イタリアとにゃぽん…あとフランスぐらいは付けておくか。」
どこか子供っぽい笑顔に、いたずら心をくすぐられる。
「………僕は思いますよ。世界にあなたとふたりきりだったら、って。」
「…………えっ…?」
沈黙。
「〜〜〜っ!!忘れてください!!」
やっぱり未だに学生と間違われるような成人男性に、歯の浮くようなセリフは似合わないらしい。
フリーズしてしまったドイツさんを置いて足早に立ち去ろうとすると、肩を掴まれた。
そのままぐるりと向かい合う体制に体を回される。
「待て。……どういう意味だ。」
「だっ…だから…その……。」
「その?」
いつもは言葉を待ってくれる穏やかな目が、先を急かすように光る。
逃す先のない熱が頬に溜まっていく。
「その…えっと……。」
「えっと?」
目を瞑り、と口を開く。
「すっ…好き、です……。」
後半はすぐ空気に溶けていきそうな声量だったが、褒めて欲しい。
ぎゅうっ、と全身の力がこもったような強さで抱きしめられる。
「…はぁぁ……。」
「ひゅっ…」
ドイツさんの吐息が耳に当たり、思わず声が出た。
一度脱力したかに思われた腕に再び力がこもる。
「ん゛むっ……。」
そのまま、逃げられない状態でキスをされる。
らしくない衝動的な行動に驚いて薄く空いた口に、熱い何かが侵入してきた。
「ぅあっ……ふっ……。」
戸惑う思考ごと奪い去るかのように、舌を絡みとられる。
次第に、その動きが欲を貪るような激しいものへと変わっていく。
「ふぁ…っ……ん゛ぁっ……〜〜?」
頭の中が真っ白になり、ふわふわとした心地よさ以外の感覚が全て消えてしまいそうになった頃、ようやく解放された。
「けほっ……けほっ…、はー…っ…ひゅー…っ……。」
胸元を抑え、酸素を吸い込む。
「あっ…その…っすまん…。」
今度はドイツさんがオロオロする番のようだ。
「その…あんまりお前がかわいいもんだから…つい…。」
「…ドイツさんのバカ。」
私の珍しい直球表現に、ドイツさんがしょげ返る。
辺りを見回すと、誰もいなかった。イルカショーの時間だからだろうか。
「すまん…不真面目な俺は嫌い…だよな…?」
「…。」
そのしょんぼりと俯いた顔に、唇を触れさせる。
「っ日本…?」
「…ゆるしてあげます。」
少し背伸びをして、目を瞑った。
今度は恐る恐る、といった風に唇が触れ合う。
心地良い熱さが交わる。
世界でふたりきりになったような気がした。
(終)