ほのぼの仏日。r仏日はまた今度書きます。
穏やかで平和ボケしたわかりやすい人なのかと思えば、とんでもない手を涼しげな顔で打つ老獪さを見せる。
一言で言えば『気味が悪い』。
ならば距離を取ればいいものを、グロテスクな絵画さながらの魅力で、駄目だとわかっていながら惹きつけられてしまう。
それがフランスの恋人、日本である。
自分のことをわかりきったような行動をとる一方で、鈍感な彼は自分の魅力についてまるっきりわかっていない。
彼に言い寄る国が自分の目の届く範囲にいることが唯一の救いだ。
ひとりきりの部屋で悶々と考え事をしていると、スマホが鳴った。
しかし、画面を見て落胆する。
数時間前送られてきたメッセージの下に、「ごめんなさい。やっぱり定時は無理そうです…先にお休みください。」
という文が綴られていた。
そっかおやすみ、と送る。気遣うようなスタンプの送信も忘れない。
再び通知音がなる。
「ごめんなさい。愛してます。」
この文字が、やけに冷たく光っているのは、自分の心が荒んでいるからだろうか。
***
泣く泣くメールを送信する。
帰宅しようとしたタイミングでメールボックスを確認したのが運の尽きだった。
いや、明日の朝に発見された方が悲惨なことになったんだ、と自分に言い聞かせる。
読んでいく内にどんどん暗雲が立ち込め、残り1行の地点で見事な積乱雲に発達したのだ。
要約すると、原料高騰で下請け企業が夜逃げ倒産した。すでに完成している製品は郵送する。違約金も払う。しかし、発注を受けた数を期限内に制作することは不可能だ、ということらしい。
そこからはもう、地獄絵図、閻魔様もドン引く阿鼻叫喚っぷりだった。
上司に急いで報告して縁のある会社に片っ端から鬼電し。
お互い混乱しながら違約金の交渉をし、人手が足りずに仮眠中のドイツさんを叩き起こして文書を作って。
経理部に土下座して違約金を足しても足りない分を緊急用の予算から融通してもらい……。
「すみません、ドイツさん…。」
ふたりして、椅子に座って放心する。
「いや…お前は悪くない…。」
眼下に深いクマを刻んだドイツさんに居た堪れなくなり、すみません、と繰り返す。
ドイツさんは、むしろよくやったよ、と呟くとエナドリを煽った。もちろん僕の奢りだ。
「…俺は元より残業の予定だったし…。」
「それよりお前は大丈夫なのか、日本?」
一瞬何のことかわからず、首を傾げる。
「いや、朝…『今日は定時!』ってやけに張り切って…。」
「……あぁっ!?」
いけない。大掛かりなプロジェクトが終わったので、早く帰ってフランスさんとご飯を作る約束をしていたのだった。
慌ててスマホを取り出す。
終電まで残り2本。まずい。非常にまずい。
「すみません失礼しますっ!!」
「お、おう……。」
気を付けてな、という声を背に受けてオフィスを飛び出し、タクシーに転がり込む。
この際お金なんてどうでもいい。間に合え、の一心でスマホを睨む。
ふと、自分のメッセージが目に入った。
何が『愛してます』だ。恥ずかしい。謝罪の後に付けるだなんて、これで許してと言っているようなものだ。
うぅ、という呻き声と共に、顔が火照る。
「…嘘っぽいじゃんか…///」
駅が見えた。どうにか間に合いそうだ。
***
「…はぁ……。」
駄目だったんだろうな、と息を吐く。時計は24周して久しい。
軽薄だと言いながら『愛してます』の5文字に縋る自分が、女々しくて情けない。
スケッチブックを閉じ、灯りを消そうとした時、ガチャリ、と控えめな音がした。
「…へっ、フランスさん?」
開きかけの扉をこじ開けて、その細い体を抱きしめる…
「おかえり、日本。」
額に軽くキスを落とす。待っててくださったんですか、とくすぐったそうに日本が言った。
「まぁね。」
「すみません…急に取引先から連絡が来て……」
大変だったねぇ、と頭を撫でる。
「いえ。ドイツさんがいたので。」
思わず手が止まる。
「…そっか。凄いよね、ドイツ。」
「そうですよね!本当助けていただいてます。」
その一言に胸がざわりと音を立てた。
「…そう。僕もだよ。」
「憧れちゃいます。」
日本は頬を染めて笑った。
「……。」
別に、毎日目にクマを従えて帰ってくる日本を疑うわけではない。
実際、部署は違えど修羅場だという噂は聞く。
別に、何もなかった夜の翌朝「腰が痛い…」と言う日本を疑うわけではない…
デスクワーカーだしなぁ、と理解している。
ただ、フランスの中の何かが切れた。
「…ねぇ日本?」
日本はかわいらしくこてん、と首を傾げる。
「疲れてるとこ悪いけどさぁ…。」
「お勉強、しよっか。」
もうここでいいや、とソファに日本を縫い付ける。
「へっ…?」
なんて好都合。今日は金曜日だ。
明日なんて気にせず、好きにやれる。
(終)
リクエストはここのコメ欄からどうぞ。(詳細は「キャラ濃い外国人実録」へ)
コメント
3件
素敵な作品ですね!