人も存在しないはずの魔の森。そこで声を掛けられ、レビンは驚きを隠せなかった。
「レ、レビンくんなの…?」
「えっ!?お、おばさん?」
その言葉の直後。
バゴッ!
「いっ~~~たぁーーーっ!?」
レビンの脳天に、レイラの持つ杖が振り下ろされた。
「レビンくんで間違いなさそうね……私に向かってその言葉を言う人は、世界広しと言えど貴方だけよ」
未だに頭を押さえて蹲るレビンに、頭上から声が聞こえた。その声をよくよく聞くと、レビンにとっては懐かしくも知っている声だった。
「お、おば…ミルキィママ…さん…」
「そうよ。ミルキィのママで、世界で一番美しいお姉さんのレイラよ。
これだけ騒いでも後ろで寝てるのは、私の可愛い娘よね?」
レイラはレビンから初めておばさん呼びされた時から、ミルキィママと呼ばせていた。
そして当時のレビンは『ママってなに?』とその呼び名がわからなかったので、『ミルキィママさん』と呼んでいるのだ。
「……」
その問いに対して答えないレビンを訝しそうに見ていたレイラだったが……
「まさか…ミルキィッ!?」
レイラは娘に何かあったと察し、安否を確かめるために最愛の娘へと駆け寄る。
「ミルキィ!!起きてちょうだい!!ミル……えっ?寝てる…だけ?」
意識のない我が子を揺するわけにもいかず、顔の前で声を張り上げるが、返ってきたのは寝息だった。
「はい…。ミルキィは寝てるだけです。実はかなり困っていて…ミルキィの両親を探していたんです。事情を説明しますね」
レビンの言葉を受け、レイラはすぐにそれを止める。
「待ちなさい。ここまで騒いでも起きないのだからただ事じゃないのはわかったわ。
一旦場所を移しましょう。家が近いから話はそこでね」
「わかりました。移動の準備をするので少し待ってください」
レビンはそう言うと、いつもの移動スタイルへの準備をする。
それを見たレイラは『えっ?これでまともに動けるの?』と思うが、ここは魔の森の中。ここまで来れたのだから問題ないのだと考え、その場では何も言わずに案内を始めた。
道中、レイラは類稀な魔法の技術を駆使して魔物を避けていた。お陰で戦闘はなかった。
(…まるでお伽噺に出てくる魔王そのものね。一体何があったのかしら……)
レビンの立ち振る舞いを見たレイラは気付く。産まれて間もない時から知っている子供に怯えていると。
(ふふっ。『男子3日会わざれば刮目してみよ』とは良く言ったものね…どこの言葉だったかしら?)
人が生きてはいけない魔の森で、自身とそう変わらない大きさの人を背負い、さらに前後に荷物も持っている。
その姿だけでも異様なのだ。
さらにここまで奥に来たということは、必ず魔物とも戦ってきているはず。それなのにまるで近所を散歩しているかの様な堂々とした足取りに、レイラは慄いていたのだ。
余りの非現実と出会すと、人は笑ってしまうようだ。
「ここよ。さっ。上がりなさい」
案内されたレビンは立ち尽くしていた。
それもそのはず。
目の前に聳え立つは、故郷にある実家よりも立派で、まるで御伽噺に出てくるような森との調和の取れた建物が建っていたからだ。
外観はこの世界に馴染みのない、丸太がそのまま使われているログハウス調である。
「はい…立派ですね…他の方は?」
「?いるわけないでしょ?ここは魔の森よ」
(ということは…この立派な家はまさか…?)
そのまさかである。
レビンは大きな街でも見かけたことがないデザインの真新しい家があるのなら、他の住人も沢山いるのだろうと思い聞いたのだ。
今度はレビンが慄く番であった。
「そう…そんな事が……でも事実なのはわかるわ。頼ってくれて嬉しいけど、私にもわからないわね」
家に通されたレビンはレイラとテーブルを囲み、お茶を頂きながらレベルドレインと今回の事を伝えた。
「そうですよね……」
ここまで来て目的の人物の内の一人には会えた。
しかし、肝心のやるべき事には辿り着けなかった。
「まだ悲観するのは早いわ。今わからないだけで考察することは出来るわよね?」
レイラの言葉にレビンはハッとした。
「まさか……いえ。お願いします」
そういうとレビンはナイフを取り出し腕を切り付けた。
「じゃあ遠慮なく」カプッ
「……」
幼馴染に血を吸わせる事には慣れたレビンであったが、その母親はまた別であった。
『もしかして…ミルキィにバレたら殺されるような事をしているんじゃ?』と思うが止められない。
(起きてくれるならいくらでも怒られよう)
覚悟?を決めたレビンだが、いつまで経っても口を離さないレイラを訝しく思い、口を開いた。
「あの…ミルキィはそんなに吸いませんよ?」
これがヴァンパイアのスタンダードかと思うが、それにしても長過ぎたので口を開いたのだ。
「!?ご、ごめんなさいね!あまりにも美味しかったものだから…つい…」
「ミルキィも言ってましたね。ミルキィは僕以外の血を飲まないから他の血の味は知らないですけど」
どうやらレビンの血は美味しいらしい。
知ったところで普通は血を欲しないが。
「レビンくんの血が美味しいのは認めるわ。250年で一番よ。
肝心のレベルドレインは………していないみたいね」
冒険者のタグのようなものに血を垂らし、レベルを確認したレイラは少し落胆していた。
「それは冒険者のタグですか?僕達のと少し違うような」
250年という言葉はスルーすることに決めた。女性と話す時は年とか歳とかはスルーするのだ。
幼少期からレビンはレイラからそう学んでいた。
「冒険者のタグと同じものよ。前に人と生活していた時のモノで便利だから持ってきていたの。
レビンくんはレベル31だけど、実際のところはいくつなの?」
「そうなんだ。僕のレベルは130です。厳密にいうと、今のレベルにミルキィのレベルを足したのが僕の実際のレベルアップの回数ですね」
「なるほどね……つまり、あの子はこの半年でまともに戦っていないと?」
我が子がレビンにおんぶに抱っこで楽をしていたと、怒りを沸々と湧き上がらせているレイラ。実際にもおんぶされていたが……
それを見て、レビンは慌てて口を開く。
「そ、そんなことは!レベルドレインに気付いてからはなるべく僕がレベル上げの為に戦わせてもらっていたんです!
むしろ僕のわがままばかりで…ミルキィはそれにいつも文句一つ言わずに着いてきてくれて…」
弁解のために口を開いたはず。それなのに、次第に思い浮かぶのは幼馴染との過去の出来事。
ミルキィが自分のためにしてきてくれた事を今一度思い出し、レビンの口元が震える。
「ふふ。大丈夫よ。ちゃんとわかっているわ。村ではあの子がレビンくんを引っ張り回していると言われていたけど、実際はいつもレビンくんのしたいことをしてたわね」
成人前はいつもレビンと遊びたいが為に、ミルキィはレビンがしたいだろうと思う事を提案して引っ張り回していたのだ。
他人は気付かなくとも、双方の親は気づいていたのだ。
相変わらず揶揄われるのかと思わないでもないレビンであったが、大切な幼馴染の理解者がいる事を思い出せ、落ち着きを取り戻した。
「そうです。ミルキィはいつも僕の事を一番に考えてくれてました。
それで他に何か気づくことはありませんか?」
「美味しすぎたことね」
こっちはまじめに聞いているのに!と少し思ったレビンだったが、自分よりも親の方が心配しているに決まっていると思い直し、その真意を確かめることに。
「すぎた?」
「えぇ。私は今まで色んな血を吸ってきたわ。それこそ自分より高レベルな人の血も吸ったこともある。
でも、ここまで美味しかった血はないわ。
多分だけど、レベルドレインはあの子だけの力じゃないのかもしれないわね」
レイラの話は歴史の話へと移っていた。
自分達が生きている時間なんて、この世界からしたら瞬きに等しい。
そんな自分達が出遭ったレベルドレイン。その条件だと思われるヴァンパイア×エルフの子供が過去にいなかったとは思えない。
「つまり、ミルキィの父親の国であるエルフの国に行けばわかる?」
「いいえ。逆よ。その可能性を過信出来ないってことね」
長い歴史があり人族よりも長生きしているエルフ。その国であれば書物や口伝により、何がとは言えないがわかる可能性が高いと考えていた。
しかし、レイラは違うと述べる。
「貴方よ」
「僕?ただの村人ですけど…」
「レベルドレインの原因が、ミルキィだけだとエルフが知っているはずよ。
でも、そうじゃなかったら?
私はあの子だけじゃなく、二人が原因の事象だと考えるわ」
レイラが言いたいのは、レベルドレインが発生する可能性は極小の確率だということ。
そうでなければ長命種であるヴァンパイアの自分も親から聞いている、又はエルフである夫から聞くはず。
「今回の出来事はこの世界が生まれてから初めてか、それに近い事なのじゃないかしら?」
「もし……もしそうなら…」
レビンは俯き、身体を震わせながら呟く。
「ミルキィは……ミルキィはどうなる?」
「信じて待つしかないわね」
ダンッ!
レビンが一枚板のテーブルを叩く。
その衝撃により家全体が揺れる。
「そんな事っ……出来るわけがないっ!」
レビンに魔法は使えない。しかし、怒りのあまりその身体から魔力が迸る。
常人であれば、近付いただけで身体に害を及ぼすだろう。そんな怒りの化身と化したレビンに、レイラは冷静に応える。
「ええ。そうよ」
「…えっ?」
レビンはてっきりミルキィが起きるまで待てと言われたのかと思っていた。レビンの昂った感情がその一言で霧散し、力無い口元をレイラに向けた。
「レビンくんにはエルフの国に行って来てもらうわ。私は人族よりも嫌われているから無理ね。
だから私はあの子をここで見ているわ。頼めるかしら?」
えっ?さっきの話は?とレビンは聞きたくなったが、それよりもまず最初にすべき事を知っている。
「はいっ!必ず起こして見せます!」
それは前を向くこと。レビンは立ち止まらない。大切なモノを守るために。
「ふふっ。それは貴方にしか無理そうね。頼むわね?」
二人はいつも互いを起こしあっていた。
それを見つめていた親の一人であるレイラは、レビンなら必ず起こせるだろうと理由もなく信じていた。
(柄にもないわね)
迷信は嫌いだった。自分を生い立ちで苦しめてきたそれに、今は自分が縋っていた。
「その前に。考察は考察よ?実際はキチンと調べるわ。だからレビンくんにはエルフの国に行ってもらうの。
それと、テーブルを叩いた罰として……」
レイラはここぞとばかりに溜まっていた仕事(力仕事)を、レビンに罰として与えたのだった。
(くっ…。まんまと騙された…)
これもいつものことだな…と諦めたレビンだった。
レベル
レビン:31(130)
ミルキィ:???
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