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「……慎吾、少し良いかな?」 凛は珍しく、俺単独に声をかけてきた。俺達は中学からの友達だが、男女ということもあり直接話すことは珍しい。小春の言葉は凛が、俺の言葉は翔が取りもち、話をしていく。別に仲が悪いとかそうゆうわけではないけど、あまり話さない小春と俺に対して二人が気にかけてくれる。そんな関係だった。
凛の申し出に頷き、翔に小春を託して、俺達は下の一階へと降る。玄関付近に行くと機動隊員の方を身構えさせてしまう為、理科室へと入って行く。
「慎吾さ、小春のこと好きなんだよね?」
開口一番に告げられた、色恋のこと。確かに現在、カップルデスゲームという狂った催しの真っ最中だが、想定しない言葉に、俺の顔が赤面していく。
「ま、まあ……」
冷静を装うが声が裏返り、それがより隠しきれない気持ちを露わにしてしまい、俺は言葉を失ってしまった。
「だったら、何で守ってあげないの? あそこまで彼女が攻められていて、何か思わないの?」
凛は表情を険しくし、口調を強める。凛と小春は、小学校からの幼馴染。俺以上に付き合いが長く、思うところがあるだろう。だからこそ。
「……ごめん」
心より、その言葉を発していた。
弱い俺は、中学の頃より、いつも凛に怒られていた。
もっとハッキリ言いなさいよ。そんな態度だから、利用されるの。慎吾はお人よし過ぎ、だからダメなんだからね。
そう言った後の凛は真顔に戻り、「ごめん」と言葉を残して去って行く。……それが凛と直接関わらなくなった、一つの理由でもある。
凛みたいなしっかりした女子からしたら、俺みたいな軟弱な男は受け入れ難いのだろう。勿論、それは凛の悪意からではない。言葉通り、気が弱すぎて何でも押し付けられていた俺を見かねて言ってくれていたことだった。
おそらく、今も。
「次は私達が指名されるかもしれない。……そしたら、小春を守れるのは慎吾だけなんだからね?」
「そんな、縁起でもないこと言うなよ!」
自分達が死ぬみたいな、そんな言い方。
「慎吾は分かってないから言ってるの! ……次に指名されるのは内藤達か、私達。もう、猶予がないの……」
険しかった表情はどんどんと崩れていき、真顔になっていく。中学生だった、あの頃みたいに。
……さっき、内藤さんも選ばれるのはどちらかみたいな前提で話をしていた。残っているのは三組なのに、そこに小春と俺は入っていない。
つまり凛と内藤さんは、選ばれる順番の法則に気付いたのだろう。
「なあ、教えてくれないか? どうして順番に目星をつけられたんだ?」
情けないことに、俺だけが何も分かっていない。情報という武器を持たない情弱さでは、大切なものを守れない。
だから、頼み込んだ。
その言葉に目を逸せてきた凛は、「私、そうゆう言葉嫌いだから」と理由は教えてくれなかった。
その代わりもう一つの情報を教えると、凛はそれを口にした。
「このゲームね、生き残れるのはおそらく一組だけだと思う」
「……は?」
あまりにも想定外の言葉に、俺は情けない声しか返せなかった。
「ゲーム説明を読み直してみて」
その言葉にポケットからスマホを取り出し、目を凝らす。するとその答えは、一行目に記載されていた。
1.このゲームはカップル対抗戦です。
「まさか……」
ゾクッと、背筋が凍り付く感覚がした。このゲームは……。
「そう。争いが前提だった。その方法が、暴露ってわけだったみたいね」
窓より広がる空を見上げる凛は、俺に目を向けてくれない。俺達は最初からこの地獄から生存する仲間ではなく、互いを蹴落とし合う敵だったと言うのか。
「どうしてそんなこと、俺に話すんだよ?」
この情報を伏せれば、小春と俺を出し抜くことぐらい出来るのに。生存率は格段に上がる。それなのに、わざわざ呼び出してまで。
「……私は、死ぬ運命だから……」
目を細めた凛は、ただ空に浮かぶ入道雲を眺めていた。
「私には許されない秘密がある。翔に絶対許してもらえない。だから……」
言葉に詰まる凛に、俺は黙っていなかった。
何があった? 一緒に謝るから。翔なら分かってくれる。
そんなことを放っていた。
「……ありがとう。本当に、優しいね。……だから、慎吾はダメなの。そんなんじゃあ、大切なものは守れない。だから、しっかりしてよ」
「俺は、友達として……!」
しかし勢いはなくなり、言葉は胸の奥に詰まっていく。
生存出来るのは一組。凛を助けるように動いたら、小春は……?
だからこそ俺は、何も言えない。二人が仲良くいてくれることさえも。
「慎吾……」
俯いていた俺にしがみついてきたのは小春ではなく、凛で、当然ながらそんなこと一度たりともなかった。
「ごめん。今だけ、こうさせて……。私……」
深く吐いた溜息は、速く、浅くなっていき、俺の腰に回した手は小刻みに震えていた。
凛と出会った中学生の頃は、俺は小さく、凛が俺を見下ろしていた。しかし、いつの間にか小柄な小春を抜かし、凛をも抜かし、見下ろす立場へと変わっていた。
いつも強くて、頼もしい。だけどこんなに小さかったのか。
俺は、ただ強く抱きしめる。死の恐怖に震える女子を。
何度、目の当たりにしても、人の命が散ることに慣れることなんてなかった。その瞬間は瞼に焼き付いており、不意に過った途端トイレに駆け込む。口をゆすいで、顔を洗い、涙を流し、精神をなんとか保っている。
それをしなかったら今頃。発狂して校舎から出てしまうか、指輪を外して自らの終わりを決めていただろう。
だけどそうしないのは、これがカップルデスゲームだから。
自分が死ねば、相手は指輪を抜いてもらえずに死ぬ。
今抱えているのが、自分だけの命ではない。
そう自分に言い聞かせて俺達はこの場所で立ち、いつ途絶えるか分からない命を抱えて生きていた。
パートナーに許されないであろう恐怖、指輪を外してもらえないかもしれない裏切り、狡猾な主催者により命を弄ばれるかもしれない可能性。それらを抱え、今を生きている。……パートナーの命を守る為に。
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