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雨と土の匂いと、女装した涼から漂う甘い香水の匂いが喧嘩している。何か可笑しくて、ちょっと笑った。
「お前まだ帰ってなかったのか……しかもまだ着替えてないし。羞恥心とかないのか」
「残念ながらまったく。むしろ鏡に映った自分に性的興奮を覚えてきました」
残念すぎる。すぐにでも目を覚まさせてやらないと……そっちに走り出したら、こいつの場合二度と戻ってこれない気がする。
准が本気で心配してると、涼は急に弱々しい声音で俯いた。
「それに帰れませんよ。俺には、准さんを見守る義務があります。あの佐藤さんだか加藤さんだか……誰だか知らないけど、彼が准さんのカラダだけを狙ってるド変態とも限らないじゃないですか」
だから加東だと言うに。
加えて涼の推測はかなり失礼だけど、そういうケースもあるんだろうか……世の中には。
「ところで、何でおひとりなんです? まさかフラれたわけじゃありませんよね」
「大丈夫だよ、フラれてない。告白してないしな」
道のど真ん中にいたから、とりあえず歩き出して話した。
「何もなかった。でも変な感じなんだ。……なんでだろ」
「……」
笑いながら尋ねると、涼は何も言わずに俺の方へ傘を翳した。でもそれだと、今度は彼が雨にぬれることになる。
「涼、俺はいいよ。お前が使いな」
「いいえ! 准さんが使ってください」
ひとつしかない傘を片手で押したけど、その倍の力で押し返されて逆によろめく。
「歳上の言うことは素直に聴けって」
「いいえ。……嫌です」
前から思ってたけど、ほんとに頑固だなぁ……。
「わかったよ。じゃあこれなら良いだろ」
涼の手から傘を受け取り、彼を抱き寄せた。
絶対ぬれるけど、何もないよりはマシのはず。
肩周りは徐々にスーツの色が変わっていくけど、頭がぬれるのは防げた。大人ふたりの相合傘だ。一応視線を下にさげると、何故か涼の頬は紅潮していた。
「涼? どうした?」
「い、いや……近いなぁと思って。俺はいいんですけど、准さんが嫌じゃありませんか」
予想外な質問に少し間を開けてしまったけど、キッパリ言ってやった。
「全然」
「へへ。俺達ハタから見たらカップルに見えちゃうかもしれませんよ?」
彼の茶化すような言葉に、つい鼻で笑ってしまった。
「見えてもいいじゃんか。気にしないよ」