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鳴海弦は、もういない。
なんてことない討伐任務。
子供を庇って命を落としたらしい。
あの人らしいっちゃあの人らしいか。
――鳴海隊長は、孤児院出身だったそうだ。
第一部隊に入る前も、入った後も苦労したんやとか。
何も知らなかったと、後から気づいた。
だから子供を…とあの人の過去を知っていた人は嘆いたそうだが。
別にそれだけが理由やったわけでもないと思った。
そんな簡単な話じゃない。
そもそもこれは美談じゃない。
人はただ一つの理由を貫いて生きるわけやないし、残された人々は、もういない人のことを英雄に仕立て上げる節がある。
あの人のことを全部知ってるわけじゃない僕が言えるのかはいささか疑問やけど。
一応といった風に手渡された書類には、殉職した旨がたった数行だけ綴られていた。
このたった数行に鳴海さんの生きた証が書いてあるわけもない。
物理的にそれは厳しいし。
そんなもん、数行で書き切れるわけがないやろ。
たった数行で書き切れるほど、あの人の人生は軽くない。
きっと今回の話も、人から人に伝わっていくうちに尾ひれがついて数年以内には別の話になるんやろな。
それも人間の本質やし、しょうがないとは分かってるんやけど。
以前訪れた時、相変わらず汚かった部屋は、すでに綺麗に片付けたようだった。
長谷川さん当たりの苦労が見える。
あの人がここにいた名残も、ここで生きた証も、ここに過ごした温度も、もうない。
そもそも、鳴海さんがここに居った時、僕がこの部屋に入ったこと自体だいぶ少ない。
ただ、対戦型ゲームで遊んで勝った。
不貞腐れた鳴海隊長の機嫌をとるために、四宮とカフカと三人でゲームを教わったっけ。
携帯型ゲーム機。
たしか、長谷川に見つかるから、と、部屋の無数の段ボール箱の中に入れて。
そのまま棚の上に…
「あ」
まだ箱は棚の上にのっていた。
…随分埃を被っていたけど。
手をそっと伸ばす。
たった4㎝。されど4㎝。
あの人がひょいと置いた高さに、絶妙に届かない。
ほんのわずかだったはずの差が、今は妙に遠かった。
自分より30㎝近く身長のある長谷川がこれを見逃したのか。
それとも、
残しておいたのか。
背伸びで差を埋める。
存外に軽い箱を回収し、舞った埃を回避して、後ろに下がる。
揺らすと、確かに中身がある。故に重心が移動した。
薄く積み重なった埃を払う。
これまで、戦闘時以外で躊躇したことなんか数える程しかない。
なのに。
なんで今。
「…ためらうんやろ…」
この箱を最後に触ったんは多分鳴海さん。
この箱の中身も、十中八九あの人の持ち物。
開けたら、過去になってしまうかもしれない。
あの時あったことが、過ぎ去ったことを認めることになる。
数分間、悩んだ。
「…何考えてんねやろ」
あほらし。
過去なんか乗り越えないといけない。
僕らは進まないといけない。
箱の中身は、案の定携帯ゲーム機で。
ショッキングピンクと黒の本体が、妙に鳴海さんを想起させた。
ゲーム機を持ち上げると、まだ箱の底に紙が入っていた。
また、一瞬視線が止まる。
でも今回こそは、迷わずそれを手に取った。
小さな、おおよそメモ帳当たりを、少々乱雑に破り取ったような紙。
裏返すと、たった4文字。
たった4文字だけだった。
罫線をまるまる無視した走り書き。
走り書きのくせに、どこか丁寧で。
あの人らしく、雑なのに、なぜか整った字だった。
「次は勝つ…ねぇ…」
ゲーム機と走り書きをポケットにしまった。